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「おい、何をやってるんだ、お前ら!?」

 ディンが治療を受け、鎮静剤で眠りにつくのを見届ける。それからファンとともに再び格納庫へと戻ってきたグエンは、断りもなく機体に取り付いている男たちの姿を目にして、かっとなって怒鳴りつけた。

 側面のスライド式のドアを外し、客室(キャビン)の床に機銃架を取り付けようとしている。いずれもこの辺りの土地の地肌に準じた、薄いオリーブブラウンの迷彩服に身を包んでる。そんな男達が機体に群がって作業をしている様子を見てると、まるで戦争をしていた頃に引き戻されたようで、湧き起こる苛立ちおさえられなくなる。

「構わん。そのまま作業を続けろ」

 さほど気にする様子もなく、ファンが続行を命じる。

「おい!」

「そんなに騒ぐことじゃないだろう。動力機銃を載せてるだけだ」

「そんなことを許した覚えはない!」

「あんたの許しは必要ない。専門家としての意見は拝聴するが、作戦上、必要と判断することがあれば、こっちの判断で実行する。それだけだ」

「作戦だと……」

「いい機会だから、ここで作戦の流れについてざっと説明しておく。

 現地へ飛んで、俺たちを下ろす。あんたには、そのまま上空から地上にプレッシャーを掛けてもらう。あの機銃はそのためのものだ」

「何時間、現地上空に待機させるつもりだ? ドアを外したおかげで空力が悪化して、機体が不安定になる。燃料消費だって増える。それに俺の機体で運べるような少人数で山狩りしても、効果なんか──」

「別に山狩りなんかするつもりはないさ」ファンは素っ気なく答えた。

「見つけるのはあっちの方だ。ジャイロ機使って鳴り物入りで現地入りしてやれば、向こうから見つけてくれる。それを迎え撃つ。勝っても負けてもそれで決まる。ざっと見て、いいとこ一時間ってところかな」

「………………」

 よく判らない。手を抜いている様子はないのに、ファンの口調からは復讐譚にありがちな熱量を感じない。事務仕事を淡々とこなすように、必要なことをこなしているだけ──そんな口振りだった。

「あの男……ザンと言ったか。あんたから逃げてるわけじゃないのか? 何だか、現地で待ち合わせてるみたいに聞こえるが──あの場所に何か意味があるのか?」

「………………」

 ここまで饒舌だったファンが不意に圧し黙る。言い淀んでいる──というより、ここにきて急に胸中に湧き起こる感情を扱い兼ねているかのような、そんな困惑した表情のようにも感じられた。

「おい、あんた──!」

「カバラス峠」

「は?」

「俺たちは、あの場所で生れたんだ。だから、あそこに戻るのは当たり前なのさ」

 そこには、余人の斟酌(しんしゃく)を頭から拒絶するような響きがあった。

 だが、何を言ってるのか。

 ファンの口にした「カバラス峠」は、こうして西部辺境領が戦争で荒廃する前から、人を寄せ付けない峻厳な北部山脈地帯のど真ん中だ。中原(ハートランド)から来た開拓民はおろか、地元の少数民族だってそこに集落を構えていたなどという話は聞かない。特に何かが採れるわけでもない、地元民だって滅多に寄り付かない。そんな場所だ。

 そこで「生まれた」などと、一体、どんな寝言──

 呆れて(さじ)を投げかけたグエンは、はたとその場所の持つ意味に気付いた。

 古戦場。若く天才的な将校に率いられた、寄せ集めの敗残兵を掻き集めた一箇小隊。それが無謀にも<同盟>の機甲軍に挑みかかり、大打撃を与えた伝説の戦い──その戦場だった。

 グエン自身は直接関与していないので、実際にどういう状況だったのかは知らない。だが、戦闘の直後から軍の広報部門が「英雄的な戦いだった」と大々的に触れ廻っていたので、話としては知っている。もっとも、実際にその戦いに参加した兵士と顔を合わせるのは、これが初めてだった。

 こいつは、そしてあのザンという青年も、「カバラス峠の戦い」と称されるあの戦いの生き残りなのか……。

 だが、その生き残りのふたりが、こうして思い出の場所を舞台にして殺しあおうとしている。

 訳が分からなかった。



「ファン!」先ほど事務所にいたヴーが、書類を挟んだクリップボードを片手にこちらにやってくる。

「機内に乗り込む人員と持ち込む戦闘資材の一覧だ」

「ふん」

 受け取ったファンはつまらなさ気に一瞥すると、そのままグエンに引き渡す。

 ジャイロ機の積載可能重量を意識しながら、反射的にリストのチェックに取り掛かったグエンは、すぐに唖然とした。

「何だ、これは!?」

「何を驚いてる?」

「あんたの部下が一六人ってのはいい。軍用ヴィーグル一台も判った。

 だが、この山ほど積まれることになってる型番は地雷だな? 他にも迫撃砲に対装甲用の速射砲まで。こんなもの、一体どこで──?」

「戦争中に武器庫から抜いたはいいが、強力過ぎて娑婆(しゃば)じゃ買い手がつかなかった代物だ。在庫品のバーゲン一掃セールってとこさ」

「……お前ら、本気で戦争でも始める気か?」

「勿論」ファンは屈託なく笑って言った。

「上から眺めてても、結構な見世物になるぜ。楽しみにしててくれ」

「………………」

 たったひとりの人間を相手にするのには、あまりにも過剰な火力だった。何のつもりだ、こいつら。訳が分からない。訳が分からない。

 戦争は終わった。終わったんだ。

 鉄と血と死に支配された戦場へ、機内にたっぷり詰め込んだ兵士と兵器を送り届け、一目散に逃げかえる毎日。火だるまになって撃墜された僚機のことも、戦場に放り出した兵士たちの迎える運命も、決して振り返ることなく基地へと逃げ帰る。

 逃げて逃げて、何もかもすべてを振り切って辿り着いたはずのこの場所で、こいつらは今も戦争を続けている。平和を取り戻したはずのこの辺境の空に、こいつらは戦争を持ち込もうとしている。

 いかれてる。狂ってる。理解できない。訳が分からない。

「どうした? 顔色が悪いぞ」

「……いや、大丈夫だ」

 グエンは吐き気を抑えきれなくなりつつあった。

「なら、いい。離陸チェックを始めてくれ。日没までにすべてを終わらせたい」

 それだけ告げると、ファンは背を向けて機内への搬入作業を行っている部下たちの下へと向かう。

 その背中を睨みながら、グエンはもう一度、「殺してやる」と呟いた。



 人手や小型フォークリフトで搬入可能な資材を機内に積み込むと、クローラーで格納庫から機体を引き出し、離着陸パッドへ。一番の大物の軍用ヴィーグルは、そこで後部ハッチから機内に載せた。

「全員搭乗した」

「そうか」

 身に染みついた離陸前チェックのプロセスを続けながら、グエンはファンの言葉に素っ気なく応えた。

 と、そのファンが断りもなく自分の横の副操縦席に座ろうとするのを見て、グエンは思わず声を上げた。どこで見つけてきたのか、ディンが使っていたヘルメットまで被っている。

「おい、あんたがそこに座ってどうする? パイロットを連れてきてるんだろ。そいつをそこに座らせろよ」

 この辺の空に慣れてなくとも、パイロットならいざという時、機体を任せることもできる。少なくとも航法の支援くらいはできるだろう。わざわざ副操縦席に座らせる意味はある。

「ああ、そのことか。あれはウソだ」

「はぁ?」

 さらりと言ってのけたファンの言葉を、グエンは一瞬理解できなかった。

「おまえさんがその方が納得しやすいだろうと思ってな」

「ふざけるな!」反射的にファンの胸ぐらを掴んで怒鳴っていた。

「案外、手が早いな、あんた」

「黙れ! この話はここで終わりだ。俺はここで降りる!」

「それはないな」グエンに掴まれたまま、ファンは何の動揺も見せずに言った。

「あんたにここで降りられると俺たちは困るが、あんたはもっと困ることになる」

「何だと?」

「あの坊やを殺す」

 ストレートに告げられたファンの言葉が、一瞬、グエンの胸に冷たいナイフのように刺し込まれる。

「……そ、それがどうした」

 この手の輩との交渉には弱みを見せては駄目だ。たとえそれが致命的な弱みであっても、どうということはないように見せかけねばならない。

「強がってもダメだ。操縦桿を握ってる時はどうかしらんが、こうして地上にいる間は、あんたにあの坊やは見捨てることはできない。あんたがここで降りるのは自分の意地でしかない。それが所詮、意地にすぎないと自分で判っている以上、そのために他人の命を平気で捨てられるような人間じゃない。それがあんたの限界さ」

「……何で、そんなことが──」

「さっきあの坊やを撃った時のあんたの取り乱しようを見れば判る。あれであんたの底は割れた。交渉事でタフさを気取るなら、あの時点から始めとくべきだったな」

「………………」

 図星だ。唯一の社員であり、ほとんど家族のように接してきているディンを見捨てることはできない。激昂する感情に任せて、何もかも見捨てて、放り出す。気持ちよくテーブルをひっくり返して、後は知ったことかと開き直ることはできない。

 社会人として当然のこと……?

 いや、自分はかつてそれをやってのけたことがある。周囲の迷惑も考えず、何もかも振り切って、こうして辺境(ここ)まで逃げてきたではないか。

 それなのに、いつの間にかそれができなくなっている自分にこそ愕然とする。

「……あんたには、出来るっていうのか?」

「さて、どうだろうな」

 苦しまぎれのグエンの問いに、ファンは軽く肩をすくめて見せた。

「さぁ、手を離して、離陸準備に戻ってくれ。これ以上もたもたしてると、日が暮れちまう」

「殺してやる」

「三度目だな、あんたにそう言われるのも」

 二回目も聞こえてたのか、とグエンは眉を顰めた。こんな男でも油断や隙などを見せることなんてあるのだろうか、と今度こそ聞かれないように胸で呟いた。

前章の事務所に続いて、格納庫→ジャイロ機機内に場所を移してグエンとファンの駆け引きが続きます。

で、本編中に出てくる「カバラス峠」なる地名についてが『棺のクロエ2 超高度漂流』http://bit.ly/9C2tL3 内でちらと出てきた地名です。

この場所と縁のある「あの人」が本作でも出てくるかどうかは……その辺はお楽しみに。



次回はいよいよ離陸。カバラス峠の奥深くで、遂にザンとも接触するのですが……。

更新は来週10月2日(日)の予定です。

ではまた

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