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「……ちょっと待て。それじゃあ、あんた、ただファンに会いたかっただけで……そのために、こんな──」
グエンは愕然とした。どう捉えればいいのか判らなかった。ついさっきまで命賭けで凄惨な殺し合いをしてきた相手の中身が、子供のような精神を持った殺人機械だった──ならば、罪に問うべきなのは、子供の無邪気さなのか。それとも殺人機械であるべきか。あるいはそれを造った者こそ、その罪を責められるべきなのか。
だが、ザンの話が事実なら、ザンを造った女は既にザンの手に掛かって死んでいることになる。
何なんだ。何だったんだ、この戦いは……?
自分の足元がぐらぐらと揺れているようで、立っていられない。思わず片膝をついた。
いや、駄目だ。ファンは受け入れられなかったろう。自ら手に掛けた親友が目の前に戻ってきたとして、はい、そうですか、と受け入れられるはずがない。
だとしたら、結局、同じプロセスを踏むしかなかったのか? こういう形で、お前たちは「再会」するしかなかったのか?
このふたりは、どこで道を間違ったのだろう。どこからやり直せば、こんな悲劇に陥らずに済んだのだろう。
カバラス峠──ここでの戦いの日々が、そうだったというのか? ここから、もう一度やり直そうとしたのか……?
だがそれは、結局、他人である自分が考えて始まるものでもない。
その単純で、厳然たる現実の前に、ただ呆然と立ち尽くすしかないのだ。
「……もう、いいかな?」
「え……?」
「僕の身体は、もうすぐ機能を停止する。警告が出てるんだ。生命維持に必要な機能のいくつかが壊れて、修復不能らしい。たぶん、もって数時間くらいだろう」
「………………」
「だから、ファンとふたりだけにして欲しい。ファンとはずっと話さなくちゃいけないことがあって、ずっと話をしたかったんだ。話し合えば、また前みたいに仲良くなれるって、ずっと思ってたから。ずっと──」
「……そうか……」
そうとしか、言えなかった。
「じゃあ……さよなら」
「さよなら」
ザンは穏やかに微笑んで言った。
グエンはやり場のない思いを抱いたまま、背を向けて歩き出そうとした。
が──
獣が絶命するような、野太い悲鳴が背後から聴こえてくる。
慌てて振り向いたそこには、真っ黒なプロテクター付きのライダースーツに、同じく真っ黒なフルフェイスのヘルメット、といった全身黒尽くめの男が、ザンの肩を足蹴にして、その胸を長槍で貫いていた。
「な……何やってんだ、あんた!」
『何? 見て判んねぇかな。故障した機材を回収に来てるんだよ』
電子合成された男の声──いや、あるいは女なのかも知れない、と一瞬思った。電子合成の声と男言葉で誤魔化されてはいるが、何となく、イントネーションが女のものに近かったのだ。
「男」が、絶命したザンの身体から長槍の穂先を引き抜いた。
その姿に、グエンは言い知れぬ怒りを覚えた。
「そいつは、もうすぐ死ぬところだったんだ! それまでの数時間を、親友と過ごしたいって、そう言って──」
『それを待てと? アホかお前』呆れたように男は言った。
『こいつがもうすぐ死ぬなんてのは、テレメトリーのログ見て判ってんだよ、こっちは。それまで呑気に回収待ってたら夜が明けちまうだろうが。そうすると面倒事が増えるんだよ。だからさっさと終わらせに出張ってきたのに決まってんだろうが』
「な…………!」
屍者への尊敬も敬意も感じられない物言いに、グエンは絶句した。
『ああ、そうそう。全然、他人事じゃないから、あんたも』
「え…………?」
次の瞬間、男は左腰のホルスターから短機関銃を抜いて、無造作にグエンに向かって発砲した。
「がっ…………!」
着弾の衝撃で吹っ飛ばされたグエンが、呻き声を上げる。
『おや? 急所は外したか。そういや、空軍のパイロットスーツは防弾機能付きだっけ』
それでも手足に何発か貫通し、激しく血が噴き出している。
苦痛にのた打ち廻るグエンの元までやってくると、男はその頭部に銃口を突き付けた。
『悪く思うなよ。こいつと関わった人間は、全部片付けなくちゃならなくてな。そうそう、上でうろちょろしてた兵隊さんは先に始末しておいたから。そこの黒焦げの隊長さんを必死で探してたんで、あの世まで案内してやったってわけさ』
「あんたら、いったい何者だ……!」
『それ答えると思う? これから死んでゆく人間に』
「ふざけるな……!」
グエンは憤怒の形相で男を睨みつけた。
『おっと、面白い目をするじゃないか』
「面白い目、だと……?」
『そうさ』男は喉をくくっと鳴らして言った。
『こいつは元々、ウチの<組織>の資産だから、逃げ出しました、はいそうですか、で片付けるわけにはいかんわけさ。特に接触されては困る筋もあってね。それでずっと監視下に置いていた。まぁ、ヤクザと揉め事起こす分にはどうでも良かったので、ドゥックルンでは放っておいたがね。
それが何を考えてるんだか、こんな山奥に引っ込んでドンパチやらかし始めたので、終わった頃に機材回収にやってきた、ってわけさ。
だが、ずっと見てきたが、こいつらは本当にどうしようもない連中だったよ。特に目を見れば判る。どいつもこいつも、死にたがりの目をしてやがった』
「死に、たがり……?」
『そうだ。この世に絶望している。今自分が生きている世界に苦しみだけを与えられているかのように感じている。救いのない閉塞した世界と感じている──その癖、自分で自分の頭を鉛玉でぶち抜く度胸もない。誰かが上等な理由を付けて殺してくれるのを願ってる。何か自分の死が価値のあるものにしてくれるのを願ってる。
男どもはみんなそうだ──アホかっつーの!』
男は吐き捨てるように言った。
『自分の命の価値は自分で決めるんだよ。自分の死の価値も、自分で決めろ。それもできない甘ったれの死に尊厳? 敬意? 笑わせるな。死ぬことで何かから解放されるなんて夢見てた馬鹿野郎どもには、こんな辺鄙な山の中で、誰にも知られずのたれ死ぬのがお似合いだ!』
「違う!」
グエンは叫んだ。
「俺が、覚えてる。こいつらがどれだけ必死で生きてきて、死んでいったか。何を大切にして、何を守ろうとしてきたか。不器用で、人生うまくいかなくて、それでも必死で足掻いて生きてきたか、俺が覚えていてやる! 俺がこいつらの生も、死も肯定してやる! お前みたいな奴に、こいつらの人生を否定なんかさせない!」
『ふうん……』グエンの必死の叫びに、男は軽く鼻を鳴らす。
『なるほどね。だが、そういうお前もこれから死ぬんだぜ』
銃口をグエンの強く押し付ける。
「畜生! 畜生! 畜生!」
銃口を突き付けられたまま、グエンは男のフルフェイスのヘルメットの向こうを睨みつけた。
『なるほど。あいつらと違って、生きる理由があるやつってのは、こういう目をするのか……』
「………………?」
『やめだ』男は銃口を外した。
『ここで殺すのはやめてやる。ただし、怪我の手当ても何もなしだ。食料も水もなし。そのコンディションで、この峠を抜けてみろ。あんたの生きたいという意志がそれほどのものなら、残りの人生は好きにしろ』
「……いいのか、それで……?」
訊ねるグエンに、男はもう一度、短機関銃の銃口を向ける。
『おっと、気が変わって、やっぱり殺しとくかって気になるかもしれないぜ──冗談だよ』
男は短機関銃をホルスターに収めると、首の喉頭マイクのスウィッチを押す。
『作戦完了だ。回収しろ』
周囲がいきなり明るくなる。どこからの照明だ? ──上?
吊られて上空に目をやると、いつの間にそこにきていたのか、巨大な飛行物体がライトで地上を照らしている。ジャイロ機? だが、ローターの旋回音も下方気流も感じられない。何なんだ、この機体は。
そこから男と同じような黒尽くめの兵士たちが、棒状のステップに乗って降りてきた。兵士たちは、すみやかにザンの屍体を回収すると、また上空の機体へ吸い込まれるように消えてゆく。
『じゃあな』
男は自分用のステップに足を掛けると、そう言い残して上昇してゆく。
やがて不意に明かりが消えた。
大気の流れも何もなく、しばらくしてグエンは上空の機体が既に去ったことに気付いた。
そして、すべては終局へ──
『棺のクロエ1』で出てきたXが「終劇の神」として登場します。
いや、あのまま終わらすのも、きれい事に過ぎるかなぁ、と。
単に「男たちの熱いドラマ」で終わらせるのも虫がいい気がして、冷水浴びせにXを引っ張り出してきたというか。
次の最終章と併せて、自分の作家としてのバランス感覚の落としどころは、まぁ、こんな感じです。
で、後、ちょっとだけ続きます。
引き続き、最終章をお楽しみください。