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 やがて、グエンは自分が選択をせねばならないことに気付いた。

 このままファンの部下たちと合流し、一緒に峠から出るか。

 あるいは、崖の下まで降りて、ファンとザンの屍体を確認するか。

 考えるまでもなく、後者は自殺行為だった。この闇の中を崖下まで移動すること自体が危険だったし、あれだけの岩塊とともに落下したふたりを重機もなしに発見できるはずもない。何より、仮に何かを見つけることができたとして、グエンひとりでこの峠から抜け出ることなど不可能だ。……。

 それだけ判っていて、グエンは後者を選んだ。

 理由は自分でも判らない。ただあえて言えば、このままでは自分の中の何かの帳尻が合わない、と感じていた。それが合ったからと言って、どうなるというものでもない。命を賭けるに値するのか、と問われると首を傾げざる得ない。

 それでも、グエンの足は崖下へと向かう道を探して歩き始めた。

 頼りになるのは、手首に捲いた腕時計と、パイロットとして身に付けた航法術、それに手書きの荒っぽい作戦地図──最初に軍用ヴィーグルで周囲を偵察して廻った際に、ファンが小器用に描いてグエンに渡したものだった。

 小一時間ほどして、下へと繋がる斜面を見つける。決して勾配はゆるやかではない。崖ではない、というだけのものだが、贅沢は言えない。辺りを照らしていた月明かりは、山陰に隠れてしまって既にない。真っ暗な斜面をこわごわと降りてゆく。

 ところどころ肘や脛をぶつけながら、少し降りては別のルートを探し、というのを繰り返す。

 何かに身体を打ち付けたり、蹴躓いて転ぶたび、何で俺はこんなことをしてるのか、と自問する。答えはない。

 せめて明日の朝、明るくなってからでは駄目だったのか。これも答えはない。

 だが、身体だけは別人格のように、前へ前へと進もうとする。

 やがて根負けするように、グエンの意識は何も考えなくなった。ただただ、崖下へ降りてゆくことに集中する。

 そして何時間かの悪戦苦闘の末、崖下に辿り着くことができた。



 二~三度ほど、ファンの名前を大声で呼んでみて、無意味だと思ってやめた。

 あの時、グエンはファンの身体が炎に包まれるのを見ているのだ。仮にそれで生きていたとして、この高さから落下して無事なわけがない。

 生きているとしたら、あの機神(マシーナリィ・ゴッド)の方だ。

「………………」

 わざわざ命の危険を招きかねない愚を犯そうとしていたことに気づき、口を閉ざす。

 とはいえ、そうなるとできることはあまりない。

 足下を照らす明かりがあるでもなし、これ以上はいよいよ朝にならないとどうにもならないことを、さすがに認識し始めた。

 それでも、ジャイロ機が落ちた辺りの近くまで、近づけるだけ近づこうと、少しづつ周囲を探りながら進む。

 腕時計を見れば、もうすぐ夜明けが近づこうとしている。冷え込みがきつくなってきているのは、その所為もあるのだろうか。防寒機能もある飛行服でなければ、とっくに体温を奪われて身動きが取れなくなっていただろう。

 やがて、目的の場所に到達した。

 だが、崩れ落ちた岩塊が見上げるような小山をなしていた。

 これは、夜が明けても、重機でもない限りどうにもなりそうもない。勿論、自分ひとりが生きて(ここ)から出られるのかも判らないのに、重機を呼ぶなど夢のまた夢だ。

 ここまでか……。

 まだ何か納得しきったわけでなかったが、人生が納得できることばかりで構成されているわけではないことも、よく判っていた。

 諦めてその場を立ち去ろうとしたそこへ、何かが小さく崩れる音がした。

 見るともなしにそちらに目をやると、人の身体の一部のようなものが岩陰から見えた。

 慌てて駆けつけたそこに、ふたりはいた。



 岩壁にもたれて腰を下ろすザンは左腕を失くし、そこからケーブルや金属フレームの一部のようなものが顔をのぞかせていた。それ以外は、一見無傷なように見える。だが、ほとんど人間と同じ外観の一部から、機械が露出しているという背徳的な状景に、グエンは直視するのに抵抗を覚えた。

 そして、その膝の上に横たわっている黒焦げの屍体はファンだろうか。落下の最中に失われたのか、これも手足の一部が欠けているように見受けられた。その屍体の頭に、ザンはそっと残った右手を置いている。

 瞼を閉じて眠っているかのようなザンの様子を伺いながら、そっと近づこうとしたその時──

「来るな」

「!?」

 生きている……? 一瞬、身体が恐怖で硬直する。

「大丈夫だ。それ以上、近づかない限り、何もしない」

「……ファンは……?」

「眠っている」

 ザンは瞼を閉じたまま、異議を認めない強さで断言した。

 言葉を失うグエンに、ザンは逆に問うた。

「ファンの、友達か?」

 友達? 軽い違和感を覚えたが、グエンは頷いた。

「そうだ」

「ありがとう」ザンは感情を込めた声で言った。

「ファンの友達になってくれて、ありがとう」

 違和感が強くなる。何を言おうとしているんだ、こいつは?

「ファンは新しい友達を作っても、すぐに喧嘩しちゃうから、長続きしないんだ。いつも最後まで残ってるのは僕だけで──」

「あんた、何を言ってるんだ?」

 ザンはグエンの問いを無視して、語り始めた。

「僕、やっと戻ってこれたよ、ファン。随分と時間が掛かっちゃったけど、こうして戻ってこれたんだよ、僕……」

落下したファンとザンを追って。崖下へと向かうグエン。

今週はそのままエピローグ編その2に続きます。


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