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 呆然としていたのは、ほんの一瞬だった。

 すぐに立ち直ったファンは、携行通信機(ウォーキートーキー)でオンドリ2のヴーを呼び出した。

「オンドリ1よりオンドリ2、オンドリ3が潰された。周辺でおかしな『音』を拾ってないか?」

『「音」?』

「奴は地下を移動している。それも信じられない速度で穴を掘って移動しているらしい。だが、地下で動いていれば、そっちの『耳』に引っ掛かるはずだ」

『判った。すぐにこっちでも確認させ──』

「オンドリ2、どうした?」

『すまん。先手を打たれた。まぁ、こっちの手口は奴にも筒抜けなんだから当然か』

「ヴー!」

『あんたをこの世界に引き込んじまったことについては、多少は反省している。多少だがね。だが、あんたと一緒に暴れ廻れたのは楽しかった。差し引きで言うと、俺としちゃあ悪くない判断だった。あんたとザンには悪かったが』

「駄目だ、ヴー! 逃げろ!」

 携行通信機(ウォーキートーキー)のスピーカーから、自動小銃の連射音が洩れ聴こえる。

『地獄に行っても、また楽しくやろうぜ! じゃあな、ファン!』

「ヴー!」

 携行通信機(ウォーキートーキー)が再び沈黙する。

 ファンは険しい表情で携行通信機(ウォーキートーキー)をしばし睨み付けた後、錆びついた機械を強引に動かすようなぎこちなさで送信ボタン(プレストークボタン)を押して言った。

「……総員に通達。作戦中止(アボート)作戦中止(アボート)。各自、現拠点を放棄して事前に指定した集合拠点に移動せよ」

「諦めるのかよ!」

 グエンの問いに、ファンは呻くように答える。

「至近距離に飛び込まれたら手がない敵に対して、動きを捕捉するための『耳』を喪った。残りの歩兵が何人束になって掛かっても、相手にならん。部隊の戦闘としては、ここで手仕舞いだ」

「手仕舞いって、あんた……だけど、相手がこのまま見逃してくれるとは──」

「判ってる。判ってる、そんなことは!」

 何かを吐きだすかのように叫ぶと、ファンは大きく深呼吸する。

「おい……?」

「そうだな。部隊としては手仕舞いでも、俺の喧嘩はまだ手仕舞いにするわけにはいかない。悪いが、あんたにも付き合ってもらうぜ」



 ファンとグエンを乗せた軍用ヴィーグルは、崖の淵に引っ掛かった状態のジャイロ機を見下ろす斜面の上で停車した。

 閃光弾の光は既に消えていたが、代わりに天頂まで上った満月に近い月が冴え冴えと辺りを照らし出している。

「来るかな?」

「来るさ」ファンは確信に満ちた口調で告げた。

「あいつは、そもそも俺に会いに来たんだ」

「……そうなのか?」

「そうさ。だから、最初からこうしておけばよかった。つまらん意地で、余計な犠牲を払い過ぎた……」

 何を言ってやがる、とグエンは少しむっとした。

「あんた、前に、俺のことを、自分の意地で他人を犠牲にできない男だってバカにしたじゃないか」

「そうだったかな」

「そうだ。いざ自分の番が来たら、反省会かよ。バカにするにもほどがあるぜ」

「……そうだな。そうかもしらんな」

 ファンは苦笑した。

「そうさ。あんたの部下は、これがあんたの意地だと知ってここまで付きあってきたんだろう? それがそいつらの意地だったんだろうさ。だったら、大将のあんたがその意地を最後まで突っ張らないでどうするんだ」

「あんたも、つくづく──」呆れた口調で言いかけ、ファンは苦笑して口をつぐんだ。

「いや、何でもない」

「何だ、おい。言いかけてやめるな」

「大したことじゃない。気にするな」

「いや、そんな言い方されたら、よけい気になるだろ」

 抗議しようとするグエンを、ファンは手で制した。

「な……?」

「来たぞ」

 月光を背に、ザンがゆらりと立ってこちらを見ていた。



「それじゃあ、打ち合わせ通りだ」

「奴をジャイロ機まで追い込む──それしか、決めてないような気もするが」

「それで充分だろう──行け!」

 ファンがグエンの肩を叩く。軍用ヴィーグルを急発進。ザンめがけてまっすぐに突っ込む。後部荷台でファンが機銃を撃ち始めた。

 ザンが銃撃を避けて、軍用ヴィーグルの前を横切ろうとする。

 それを逃さじとグエンはステアリングを切った。

 ザンの右手が不意に動いた。

「!?」

 何かと思った瞬間、フロントグラスを突き破って、助手席に深々とショートソードが突き刺さる。

「うわぁっ!」

「馬鹿! 上だ!」

「へ……?」

 見上げると、宙に浮かぶザンがこちらめがけて降りてこようとしている。ショートソードの柄から延びるワイヤーを伝って、こちらに来ようとしているらしい。

 そのザンめがけて、ファンが機銃を撃ちかける。

 落下の軌道を崩されたザンが斜面に叩きつけられ、転がってゆく。

「今だ!」

「おう!」

 斜面を転がるザンを追って、ステアリングを切る。斜面を落下するのとあいまって、加速感に脳髄が痺れてゆく。恐怖を感じるべきなのに、発作的な笑みで口許が歪む。畜生。頭がどうかしてるぞ、今の俺は。

 ザンが立ち上がろうとしている。

 そこに頭から軍用ヴィーグルを突っ込ませる──激しい金属音。衝撃に車体フレームがたわむ。

「殺ったか?」

 それを否定するかのように、フロントの陰から片腕が伸びると、ボンネットに指で穴を開けて無造作に掴む。顔を出そうとするところへ、ファンが自動小銃を撃ち込む。

「このままジャイロ機へ!」

「判ってる!」

 ステアリングを大きく廻す。横Gに強く引っ張られながら、見慣れたジャイロ機を正面に据える。微かに胸が痛んだが、アクセルを踏み込む力は緩めなかった。

「突っ込め!」

「おおおおおおっ!」

 エンジン音を轟かせて、斜面をさらに加速する。ザンがフロントから身を起こそうとしている。ジャイロ機はすぐ手前まで迫っている。もう少し、そこでじっとしていろ!

「飛び降りるぞ!」

「おうっ!」

 ファンの声とともにグエンは軍用ヴィーグルから飛び降りた。

 岩だらけの地面をごろごろと転がる。肩や背中のあちこちに小さな岩塊がぶつかり、世界中から蹴り廻されているような気分に陥る。

 やっとそれが終わったと思ったとき、重い金属の破砕音──軍用ヴィーグルがザンとともにジャイロ機に突入した音だ。

 慌てて身を起こすと、まるでこちらの了解を待つかのように、伸ばした腕の先に起爆ボックスを掴むファンと目があった。

 グエンが頷くと、ファンは起爆ボタンを深く押し込んだ。

 爆轟とともに、ジャイロ機は業火に包まれた。



 ファンがあらかじめ部下に仕掛けさせた爆薬が、機内の燃料タンクに引火する。帰還分を含んでまだ半分以上残っていた航空燃料に引火した炎は、引火と同時に燃料供給パイプを通して一気に機内全体に広がる。数千度の炎が、機体の隅から隅まで舐めまわす。いかなる生物であろうと、いかなる機械であろうと、この高温の灼熱地獄で生をまっとうするものなぞ、あろうはずもなかった。

「今度こそ、殺れたんだろうな」

 グエンは肩で荒い息を継ぎながら訊ねた。燃え盛るジャイロ機からは少し距離があるのだが、照り返しの輻射熱だけでこちらにも火が付きそうだった。

「ウチの唯一の機体を(たきぎ)代わりにしたんだ、そうでなきゃ浮かばれない」

「大丈夫だ。さすがの奴もこの炎の中じゃ──」

 ファンがそこまで言いかけた時、ジャイロ機の中心部で何かが弾け飛ぶような音がして、大きな金属片が宙高く跳ね飛んだ。

「!?」

 驚いて見れば、炎に包まれたジャイロ機の中で、何か繭のようなものが揺れている。だが、周辺の大気自体が熱を帯びて揺らいでいて、よく判らない。

 やがて眼が慣れたのか、何か両手を広げた人影のようなものが、そこに立っているのが判った。何かの粒子のようなものを両掌から発生させ、炎を防いでいるようだった。

「ま、まさか…………!?」

 グエンは絶句した。

 これでも駄目なのか? ここまでやっても駄目なのか?

 確かに、これは機神(かみ)だ。人は(おそ)れ敬うことしか許されない、ただ(たわむ)れに殺されることしか許されない、荒ぶれる機神(かみ)。無力な人間が寄りにもよって、そんな機神(かみ)に挑みかかり、狩ろうなどと、思い上がりにもほどがあったのだ。

 絶望的な敗北感に打ちひしがれて膝を落とすグエンの横で、ファンはぽつりと呟いた。

「……そうか。俺が行かなきゃ、駄目か」

「おい、あんた──?」

 驚くグエンに、ファンはひどく穏やかな笑みを返した。

「社長さん、いろいろ捲き込んじまって、済まなかったな」

「おい、待て」

「借りを返す機会はもうなさそうなんで、詫びだけはここでしとく。いろいろ手伝ってもらって助かったよ」

「待てって言ってるだろう! あんた、まさか──」

「あいつは俺に会いに来たんだよ」ファンは鉄カブトの顎紐の緩みを直しながら言った。

「だから、行ってやらなきゃ」

「駄目だ! 目を覚ませ! あれはただの化物だ!」

「違う」ファンは静かに首を振った。

「あいつは、俺の親友なんだ」

「………………」

 言葉を失うほどに、朗らかな笑み。少年が自分の親友を誇らしげに紹介するような、そんな笑み。見る者に、そんな笑みで迎えられる親友を持たなかったことを、痛切に嫉妬させるほどの笑みで、ファンは笑った。

 呆然とするグエンの前で、ファンは腰のホルスターから銃剣を抜くと、息を大きく吸って、腹から発する良く通る声で叫んだ。

「総員、着剣ーっ!」

 銃剣を自動小銃の銃口の先にあるホルダーに着剣する。

「突撃用意ーっ!」

「やめろ、行くな!」

 静止するグエンに、ファンは口許をにやりと歪ませて言った。

「じゃあな」

 そしてもう一度、大きく深呼吸して叫ぶ。

突撃(チャージ)ーっ!」

「やめろー!」

 絶叫するグエンを置いて、ファンは斜面を駆け下りてゆく。そこには一切の苦悩はなく、まるでまっしぐらに田舎のあぜ道を駆け抜ける少年のように晴れやかだった。

 機内に飛び込む以前に、迷彩服に炎が引火して、すぐに全身に火が廻った。それでもその足は止まることなく、ザンの待つ繭へと飛び込んでゆく。

 と、どこか遠くで小さな爆発音がした。同時に足下からは震動。それは一度で終わらず、すぐに唸るような地鳴りを伴い始めた。

 あいつ、まさか──

 ファンが爆薬を仕掛けたのは機内だけではなかったのだ。この一帯の地面に爆薬を仕掛けたのだろう。最初から、ここで決着をつけるつもりだったのか。

「あの野郎、少しはネタ晴らししていけよな!」

 慌てて斜面を駆け上がり始めたが、既にジャイロ機のある崖の先端辺りは崩壊を始めている。熱であちこちねじ曲がった機体が燃え盛りながらあっという間に闇の中に吸い込まれる。続けて、そこから地面が割れ、砕け、次々に崖の下へ崩落してゆく。

「畜生、こんなところで死んでたまるか!」

 必死になって登ろうとするが、勾配がきつい。こんなにきつかったか? 疲労の所為か、あるいは足下が揺れているせいか。足が思ったように前に進まない。

「うわっ!」

 いきなり足下の地面が消失する。慌てて手近の岩塊を掴む。そこに全体重が集中し、両掌が悲鳴を上げる。ちらりと足元をみると、一片の光さえない闇が広がっていて、見ているだけで吸い込まれそうになる。その闇の底からは、落下していった崖の一部が下の地面に叩きつけられ、地の底からの叫びのような轟音を峠全体に響き渡らせる。

 俺はこのまま死ぬのか?

 グエンは肺の中の酸素をすべて絞り出す勢いで叫んだ。

「畜っ生―っ!」

 だが、崖の崩壊はそこで終わった。



 どれほどの時間、そうしていたのか。やがて、崩落も已んだと判断したグエンは、やっとの思いで崖の上に這い上がった。

「終わった、のか……」

 呆然と周囲を眺める。そこには何もなかった。自分が操縦してきたジャイロ機も、ファンとともに自分が戦った痕跡も、あの驚異的なザンという化物がいたことも。

 すべては崖下の闇の中に呑み込まれてしまった。月明かりに照らし出される、色彩のない空間の中で、風だけが轟々と音を立てて吹き渡っている。

 何が現実で、何が幻であったのか。

 すべてが玲瓏(れいろう)と輝くあの月の魔術であったと言われれば信じてしまいそうな感覚に、グエンは軽い眩暈を覚える。

 そして、ただただ、いつまでも闇の中に立ち尽くしていた。

崩壊する作戦。そして、ファンとザンの戦いは、最後の局面に──

戦闘は終息、だが物語はもう少し続きます。


次回はエピローグ編その1。崖下へと向かうグエンのエピソード。

更新は来週11月20日(日)の予定です。

ではまた。

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