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『こちらオンドリ2、こちらオンドリ2。「耳」が対象1らしき歩行音を捕捉。基点より○二時一五分、距離にして二、〇〇〇!』
急にがなり出した携行通信機から、ジャイロ機のすぐそばにある拠点にいるヴーの声が発せられた。
「『耳』?」
「音響索敵のユニットを連れてきている。地面に複数の高性能マイクを挿しこんで、敵の接近を捕捉するのさ──こちらオンドリ1。地元民の可能性はないか?」
『高速走行中の装甲車並みの速度で、三〇度の勾配を駆け上がる地元民がいるなら』
「判った。総員戦闘準備。オンドリ6、地雷原を起動させろ。オンドリ2、対象1が地雷原に突入するのはあと何分後だ?」
『五分──いや、四分だな』
「判った。オンドリ1、これからオンドリ6後方に移動する」
携行通信機にそれだけ告げると、ファンはグエンに軍用ヴィーグルを発進させるように命じた。
「始まるんだな?」
「そういうことだ」
ファンは後部座席から鉄カブトと防弾衣の予備を引っ張り出して、グエンに渡そうとした。
「あんたの分だ。流れ弾で死なれちゃ、こっちの寝覚めが悪い」
「ヘルメットだけ貰っとくよ。この飛行服には元から防弾機能がついてるしな」
仕事に就くと決まった際に、ドゥックルンの軍需品ショップで空軍払い下げの飛行服を安く買い叩いて入手したのが、こんな形で役に立つとは思ってもみなかったが。
グエンはずしりと重い鉄カブトを頭に被り、顎紐をきっちりと締めると、軍用ヴィーグルのアクセルを踏み込んだ。
月明かりの下の獣道同然の未舗装の夜道。シャッター式のヘッドライトを最小限の光量に絞ってぶっ飛ばしながら、ファンは携行通信機で矢継ぎ早にやり取りを重ねていた。
『オンドリ2、対象1が地雷原の手前で速度を落とした。普通の人間の歩行速度くらいだ』
『オンドリ6、対象1が地雷原に入った──だが、爆発しない? 何故だ? 起爆回路は完璧なはずだぞ』
「オンドリ6、一時待機。社長、そこで止めてくれ」
軍用ヴィーグルを停車させると、ファンは双眼鏡を取り出して、斜め前方の斜面の上に向ける。陽が落ちる前に地雷の敷設に立ち会った辺りだ。
「オンドリ1よりオンドリ5、地雷原上空に閃光弾、発射」
『オンドリ5、了解。閃光弾を発射する』
一瞬の間を置いて、迫撃砲を装備したポイントから閃光弾が地雷原上空に発射。マグネシウムの燃焼する音とともに、周囲を真昼のように照らし出す。
グエンも内懐から自分の双眼鏡を出す。双眼鏡のレンズの向こうに、地雷原のど真ん中に立ち尽くして、上空を漂う閃光弾のパラシュートをぼんやりと眺めているザンの姿が見える。
「何で爆発しない? 埋設した地雷の場所を読んで避けてるのか? まぁ、そのくらいの芸当はやってくれて当然か……」
ひとりごちると、ファンは携行通信機に短く命じた。
「こちらオンドリ1──オンドリ6、吹っ飛ばせ」
『オンドリ6、了解』
次の瞬間、鋭い閃光を発してザンの周りで足下の地面が爆発した。
「くっ!」
知らずに起爆時の閃光を直視してしまったグエンは、思わず双眼鏡を取り落して両目を押さえた。
「何やってんだ、あんた……」
「地雷を爆発させるなら、前もって言ってくれ!」
呆れ声のファンに、グエンが抗議の声を上げる。それを無視し、ファンは次の指示を下す。
「オンドリ1よりオンドリ5。迫撃砲の砲撃を開始。全弾斉射後。次のポイントに移動しろ」
『オンドリ5、了解。砲撃を開始。全弾斉射後、発射地点より移動』
遠くでシャンパンの栓を抜くような気の抜けた発射音。続いて雷鳴のような腹に響く爆発音が地雷原を中心に響き渡る。着弾した迫撃砲弾によって、周辺は金属スラグの暴風が吹き荒れているはずだが──
「……殺ったのか?」
「気休めだ。そんなことは始めから判ってる」
冷ややかに言い放ち、ファンはグエンに命じた。
「出してくれ。オンドリ6を回収したら、次のステップだ」
地雷原の起爆と観測を担当するオンドリ6の潜む丘陵の背後に、軍用ヴィーグルを停車。すぐに斜面を滑り降りてきたオンドリ6のふたりが、後部荷台に転がり込む。
「対象1の所在は?」
「駄目です。迫撃砲弾の着弾後、見失いました」
「ま、そんなもんだろうな。……社長、出してくれ!」
再びアクセルを踏み込んで発進──オンドリ6が次に待機するポイントまで全速力で移動する。
「オンドリ1よりオンドリ2、その後の奴の動きはどうなってる?」
『こちらオンドリ2、失跡した。おそらく地雷の起爆と迫撃砲の着弾のどさくさ紛れに近くに移動して、こちらの動きを探ってるんだろう』
「ふん。さすがの機神様も驚いたか。だが、となると速射砲の射界に吊り出すにはエサがいるな」
『おい、まさか!?』
「そのまさか、だ。社長、反転して逆コースだ。地雷原の脇を掠めて、奴を誘き出す」
「はぁ? 何言ってんだ、あんた!?」
「いいから、さっさとUターンだ!」
ファンが助手席から強引にステアリングを廻そうとする。
「やめろ、バカ! 判った、行けばいいんだろう!」
グエンは軍用ヴィーグルを強引にその場でUターンさせ、元来た道を走り出す。
「くそ! 結局、こいつと一緒にいるのが一番危険じゃないか……!」
「指揮官先頭って言ってな。まぁ、諦めてくれ」
「諦めきれるか!」
「ここで停車。エンジンは掛けたままで、指示があり次第、発進できるように」
「もう、何とでも好きにしてくれ」
先刻の地雷原のぎりぎり外縁──なだらかな斜面は地雷と迫撃砲の着弾で大きくえぐれている。後部荷台に設置された機銃座に取り付いたファンが、ざっと周囲を見廻す。
閃光弾の明かりが弱まってるのか、また周囲が薄暗くなってきている。
「オンドリ1よりオンドリ5、閃光弾第二射、急げ」
『オンドリ5、了解』
再び、閃光弾。当たりを照らす人工の光。地雷と迫撃砲で掘り返された荒涼とした状景に、更に強烈な光源でコントラストが強化され、色彩が失われている。まるで地上の風景ではないかのようだ。
「ゆっくり発進。地雷原の周囲を流してくれ」
ファンの指示に従って、軍用ヴィーグルを発進させる。
「奴はどこに──?」
「さあな。その辺に隠れてるんじゃないかと踏んでるんだが」
ぞっとしない話だ。本当なら、すぐにでもアクセルを踏んで、この場から逃げ出したいくらいなのだが。強い自己主張を始めた胃の腑の重さに、グエンは眉を顰める。
ファンが機銃を左右に振りながら、周囲を伺う。
「どこへ隠れてる? 遠くへは行ってないはずだ」
「隠れるったって、そんなに隠れる場所なんか……」
大の大人が身を隠せそうな樹木や岩陰は見当たらない。ならば──
「まさか、地下──?」
グエンが振り向くと同時に、爆心地の中心付近で地面の下からザンが跳ね起きる。
「ファン! 奴だ!」
「車を出せ!」
言われなくても判ってる。アクセルをベタ踏みにして急発進。荷台ではファンが機銃掃射を開始する。その腹に響く発射音を耳にしながら、バックミラーに目をやる。上半身に機銃弾を受けながら、ザンがトラック競技の選手のように大きく両腕を振って、すぐ近くまで迫っている。グエンは声にならない悲鳴を呑みこんで、ステアリングを握りしめた。
「もっとスピードを出せ! 追いつかれるぞ!」
「やってんだろうが! 見て判んねえか!」
ファンは銃撃の手を止めて、携行通信機を手に取る。
「オンドリ1より各位、間もなく対象1が射界に入る。各自、射撃準備。オンドリ3、速射砲射撃準備。弾種は徹甲弾!」
「射界に入るったって、こんなスピードで突っ走ってる奴を狙ったって当たらないぞ!」
「勿論、足を止める!」
「どうやって?」
「こうやってだよ!」
ファンは軍用ヴィーグルを追って迫るザンの下半身に向けて、銃撃を集中する。ザンの身体がつんのめるように前のめりになり、地面の上をごろごろと転がり倒れる。
「お前と何度かやりあってる内に、こっちも多少は学習してるんだよ」ファンは地面の上のザンを見下ろしながら言った。
「確かにどんな銃撃も貫通できずに弾き返してくれたが、銃弾の運動エネルギーそのものまで無力化できているわけじゃねぇ。だったら、お前がその人間もどきの身体を捨てない限り、足を引っかければすっ転ぶ理屈に変わりはないってことだよな」
ザンが身を起こそうとする。
ファンは携行通信機に冷ややかに命じた。
「総員、自由射撃開始!」
周囲に設けられた陣地から一斉に射撃が開始された。軽機関銃の乾いた銃声。無数の機銃弾を受け留めたザンの上半身が、痙攣するように震える。
速射砲陣地からは大口径の徹甲弾が放たれ、ザンの上半身に直撃。列車に正面衝突されたかのような勢いで、ザンの身体が吹っ飛んでゆく。それをさらに追って、次々と徹甲弾と機銃弾が襲い掛かる。着弾のたびごとにザンの身体が跳ね飛ばされて、ごろごろと転がってゆく。
やがて大きな岩塊に背中から激突し、がくりとうなだれたまま動かなくなった。
「オンドリ1より各位、射撃中止」
さすがにこれは死んだろう──と、グエンは思ったが、ファンはそうは取らなかったらしい。
「オンドリ3、弾種交換、成形炸薬弾に切り替え。装填完了次第、発砲開始せよ」
「成形炸薬弾!?」
成形炸薬弾は弾頭内部の炸薬が内側に窪んだ漏斗状に成形されており、着弾起爆時に炸薬から生じる熱噴流が正面に収束するよう設計された弾種である。炸薬のエネルギーが余計な方向に洩れないので、その分、正面方向に強力なエネルギーが叩き込まれる。装甲車に直撃すれば、装甲表面に小さな穴を開けて、超高温の熱噴流を車内に流し込む。途中で溶けて液化した装甲金属と一緒に、数千度の熱噴流が車内で暴れ廻れば、中の人間はたちまち蒸し焼きになる。口径の小さな火器でも、対装甲火力を高められる切り札として、先の大戦で急速に普及した兵器技術のひとつである。
だが、いくら機人とはいえ、ひとりの人間に使っていい兵器ではない。
「おい、待て! そんなもの、人間に使うな!」
「こいつを人間扱いするな!」
と、うなだれていたザンが顔を上げ、前髪に隠れたその両眼が赤く輝いた。
「何だ!?」
地面に触れたザンの両の掌から耳障りな高周波音が急に高まり、次の瞬間、地面が爆発する。大量の土砂が捲き上がり、ザンの姿を包み隠す。
「くそ! あの野郎!」
土砂が落ち着いて視界が戻った時、そこにファンの姿はなかった。代わりに、ついさっきまでファンがいた場所に、ぽっかりと大きな穴が開いている。
「地下に……逃げた……?」
「何なんだ、あれは!?」
「たぶん、超振動発振器──高周波を発振させるジェネレーターを腕に仕込んでるんだろう。たまに見かけるが、本来は専用の軍刀とセットで使うものだ。地面にこんな大穴空けられるほど、バカみたいな出力はないはずだが……。
次から次へと、何でもありだな、あの野郎!」
毒つきながらファンは胸に吊るした手榴弾を抜いて、穴の中に放り込む。
爆発──だが、穴から吹き上がる爆風の低さを見て、ファンは険しい表情を深めた。
「意外に深いな。短時間でそこまで掘れるのか……?」
そこへ、携行通信機が切迫した声でがなり始める。
『こちらオンドリ3、奴が現れた! 繰り返す、対象1がこっちに現れた! 畜生、こいつどこから──』
「オンドリ3、どうした? 状況を伝えろ!」
銃声。断末魔の悲鳴──携行通信機はすぐに空電ノイズ交じりの沈黙に戻った。
そして、駄目押しのように、強力な速射砲を装備するオンドリ3が陣地を構えていたはずの方角から、大気を震わす爆発音。
「………………」
それが、崩壊の始まりだった。
戦闘開始。ファン一家とザンの戦端が開かれるが──
これまでのシリーズでは人間相手では無敵だった機神を、逆にいかに人間の手で追い詰めるかというのが、このシーンでのポイント。
とは言え、戦力が限られてるので、今回はこの辺が限界でしょうかねぇ。
次回はファン一家の崩壊まで。ぼちぼちクライマックスです。
更新は来週11月13日(日)の予定です。
ではまた。