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4話 勇者の幻影

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戦場の絶え間ない喧噪が耳を震え上げさせる。鼓膜に響く狂乱と慟哭に魔獣の咆哮が轟く魔界の内戦。大勢の魔族たちが魔王の玉座を奪い合い殺し合う光景のなかに一際目を引く異彩を見つけた。


血潮を浴びる男の背、広刃剣を手に振り返る。丸い耳に肌色の人種は魔族ではない。人間の男は引き結んだ唇を歪ませて嗤った。憎悪と絶望の淵から愛しいモノを見つけたように


魔王を見つめる勇者の目から赤い液体が頬へ伝っていく。


ユルサナイ。

ユルサナイユルサナイユルサナイ。


呪縛の胞子が体の隅々に浸み渡る。反響する声は死に瀕したる同胞たちからも木霊する。


オマエのせいだ。オマエが、オマエが。


「お前を殺す。」


狂った勇者は魔王に向けて剣を振り下ろした。






***************************





「魔王様。」


「ーーーーーーーっつ!!?」


豪奢な天蓋付きのベットから跳ね起きた魔王は汗だくになり荒く息を整えている。その隣では執事が朝のブレンドティーを用意していた。


「は・・・?ヴォルゲーツィオ?」

真っ白な深雪のように映える銀髪を頭部からうなじにかけて丁寧に編み込み、三つ編みを黒いリボンでゆるやかに纏めている。爬虫類の瞳孔に切れ長の銀眼。魔王に仕える蛇執事ことヴォルゲーツィオは今日も完璧な燕尾服で朝のお勤めを果たしていた。


流れる手つきで紅い茶葉をポットで蒸し、高級茶器を温めている。



「魔王様。悪い夢でも見ていらしたのですか?」


「・・・なんでもない。」


勇者にやられそうになった夢など縁起が悪すぎる。


辺りを見渡せば其処は魔王の寝室だった。天を仰げば金剛石や透かした刺繍の布地で装飾された豪奢な天蓋が見える。ひんやりとした感触にひどく汗をかいていたことに気付く。


深く、深いため息をつきようやく落ち着くことが出来た。


(勇者が夢にまで出てくるとは・・・。)


どうやら自分は相当な臆病者のようだ。勇者の幻影に惑わされるとは。自分で自分に落ち込む魔王はふと鼻孔に紅茶の香りがした。香りにつられて顔を上げると表情筋のない執事がティーカップをそっと差し出す。


「ウクレカ産、蜂蜜入りのロイヤルミルクティーです。」

「あぁ。ありがとう・・・。」魔王が大の甘党なのはヴォルゲーツィオこと蛇執事と侍医のリンネ以外少数しか知らない。ほのかに甘味が口に広がり、体も芯まで温まる。


・・・こういうところは気が利くんだよな。






気が緩んだ魔王は

「なぁ、どうしてお前は先代魔王についていかなかったんだ?」


ふと無意識に言葉が漏れた。不意に沈黙が下りる。

鉄壁仮面のわずかに反応した眉に魔王は焦った。


何故にダンマリなんだ?いや、前から気になっていたしな・・・新米魔王(仮)よりも偉大な先代の魔王陛下に仕えたいだろうなぁ、と思ったぐらいで。豪奢な玉座に居座る威厳高らかな魔王陛下の傍らには白皙美貌の蛇執事・・・うわ、似合いすぎる。


自分で想像してへこんだ魔王。


「・・・あのな、先代から何か言われていたのなら、わたしは構わないぞ。」


下から窺うように見上げた魔王は彼と視線が交差する。


怜悧な目尻のヴォルゲーツィオが静かに見降ろす様は魔族の頂点に相応しい品格と畏怖を兼ね備えている。わたしよりよっぽど魔族の王者の格があるくらい、ヴォルゲーツィオは有能だ。


それは彼の衣装にも表れている。

ヴォルゲーツィオは『白』を好んで身に着ける。嘗ての内戦時代には敵陣を切り込んできた彼は葬った敵の血潮や脂肉によって汚されることなかった。


目の動きや体が反応する速度に足の定め具合で兵士の動きを予測し、瞬息の勢いで一人を斬った次には5人を始末をしている。

目では追えない素早さに映るのは輝きを放つ白銀の髪と死装束の色を纏う姿に付いた異名は【死告の白蛇】。

彼に会った時には既に死を告げられている、魔白い死蛇は今なお魔界に畏怖を轟かすくらい有名だ。


先代魔王とともに波乱の魔界を駆け抜けた偉才の右腕である彼が魔王の臣下だったことも魔界統一に欠かせない一因である。






だから気になった。有能すぎる彼はなぜ先代魔王を追わなかったのか。

なぜ、わたしのところに残ったのか。

魔王の表情が翳る。


カップを持つ手に力が入る。今のわたしは相当情けない顔をしているのだろう。魔王は温かいミルクティーを見つめた。






ヴォルゲーツィオは・・・。

彼は、

“魔王の身代わり”のわたしを先代から任されたのではないか?“




それならば理解できる。先代から命じられたから、ここにいる。でもそれが本当なら可哀そうだ。


魔王の子守など、誇り高い彼には酷な罰ではないか。もっと彼に相応しい居場所があるの。

なら行かせてやるのが良い。





「魔王さま、私は望んで魔王陛下に御仕えしています。」


上から降った低い、けれど落ち着いた上品な声音にぴくりと魔王は反応した。


「・・・本気で?」

大粒の紫水晶アメジストの瞳が大きく見開いてこの上なく驚いている。


てっきり辞表を片手に意気揚々と出て行く様子を思い浮かべていただけにあって拍子抜けする魔王だった。


蛇執事の雰囲気が柔らかくなるのを感じた魔王は彼の顔へ向いた。






「・・・初めて謁見室で対面したときを覚えていますか。」


「?あぁ、確か、入った瞬間に頭の上から大量のスライムがバケツごと落ちてきた悪趣味な仕掛けが・・・って!!お前の仕業かーーーーー!?」


「あの時の魔王様の顔は“どっきりリアクション”のベスト3に入るほどの驚愕顔でした。今でも心のアルバムにしかと刻み付けてあります。」


「アホかっ!!あの後こっちはスライムの粘液でベタベタして気持ち悪いわで大変だったんだ!!!!」


双子のメイドに汚れた衣装の理由を聞かされ、微笑ましい子どもを見るかのような目で見られるし、初歩的な罠にまんまと嵌ってそれを先代魔王の右腕に目撃されて恥ずかしかったこととか、魔王に選ばれた自分がそれほど嫌われていると思い込んで落ち込んだりとか色々悩んでいた自分は何だったんだ!!!。


「その時私は確信しました。“この方こそが次代魔王に必要な方だ”と。」


「なんでやねん。」


・・・思わずツッコミを入れてしまった。それがどうして私に仕える理由になったのかさっぱりだ。というかこいつは本当に“蛇心”で“死告の白蛇”なのか?

“魔王の身代わり”について聞く気が失せた。何をいっても適当にはぐらかされそうだ。


魔王の大声に反応した小さな塊が動く。

リリフラウ領内のシルク生地で織られたシーツは肌触りが良く、美しい光沢を放つなか、

毛布のなかでもぞもぞと蠢く生き物に対して呆れながらも感心する魔王。


「よくこの寝相で寝られるものだな。赤子よ。」


本来あるべき枕が蹴落とされ、体の位置は元の場所より180度逆さまになっている。豪快に手足を伸ばして眠る人間の赤子はすやすやと気持ちよさそうだ。


魔王の声に反応した赤子が寝惚け眼をこすった。


「まおー・・・。」


とろんとした瞳は庇護欲を誘い、無法地帯に撥ねまくった寝癖はぴよぴよの雛鳥みたいだ。

メイドお手製のフリフリのピンクの寝間着が可愛らしい。

赤子の成長力はずば抜けていて、今では簡単な言葉くらいはしゃべられるようになった。


「おはよう。よく眠れたか?。」


「・・・へんなのみた。」よほど嫌な内容だったのか、眉をぎゅっと寄せている。


「どんな夢だ?」



「まおーが・・・。」


「わたしが?」


「うーんと・・・わすれた。」にへらっと笑う赤子に魔王は安堵した。


「そうか、双子が朝餉を持ってくる前に着替えるか。バニラが新作を作ったみたいだぞ。」


バニラが新作を持ってくる。恐ろしいモノを聞かされた顔になって赤子は毛布に潜り込んだ。バニラは双子の妹でメイドだ。赤子に毎日新作の女服を着せる機会を虎視眈々と狙っている。赤子にとっては危険人物と断定されている。




「魔王様、本日のスケジュールです。目を通しておいてください。」


羊皮紙のスクロールが魔王の目前で勢いよくバサっと開かれる。蛇執事は魔王の日程や仕事の調整もこなしている。


日程のほかに諜報機関から入った報告に目を輝かせた。



「・・・っ!へぇ、エスメラルダが帰省したのか?。」



「はい。後に登城してきた際には魔王様にお知らせします。」


「あぁ、頼む。・・・。」


うきうきと嬉しそうに魔王は仕度を始めた。


だから気付かなかった。毛布に潜り込んで顔を隠した赤子の表情に。



今にも泣きだしそうな辛い顔で何かに耐えているように。




その様子を蛇の瞳孔が見据えていた。





勇者の出番は、ほぼなしです。魔王就任をメインに話は進みます。

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