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3話 天使な悪魔 リンネ。

いきなり中途半端な長文です。

魔王城のステンドグラスに差し込む光は真紅の絨毯に春色の花びらを散らしている。魔界にしては希少な小春日和は冬を溶かし、春日向の恵みをもたらす。


そういや魔界では魔獣たちの出産ラッシュだったな・・・と魔王は視線を上げた。

豪奢な執務室には似合わないおもちゃが散乱した状態で二頭の魔獣と戯れる人間の赤子の姿が視界に写る。

「まー、まー!!」魔王に笑いかける赤子とその下敷きにされてキュキュン泣いているのは今月に生まれたばかりのケルベロスの仔だ。ふかふかの黒い毛並に漆黒の瞳が潤んでいる。

無邪気にはじゃぐ赤子の手には、雷鼠が尻尾を掴まれてぶんぶん振り回されており、目を回して失神していた。自慢の髭はしおれた花のようにへなっている。



地獄の番犬ケルベロスは三つ首に炎魔を尾に宿す巨獣であり、代々、魔王城の門番を務めている。成獣をすれば、小山ほどの巨体となり、三つ首からは炎。氷・風の三属性の強力な魔法で敵を滅ぼす魔王の忠犬である。

雷鼠は、年中雷が轟かす霊峰にて生息する魔獣だ。雷を主食とし、気性が激しく、魔界へは滅多に降りてくることが少ない。どちらも高レベルに属する由緒正しきお家柄の血統書付きだ。

そんな魔獣の仔たちをケラケラ笑いながらおもちゃにしている。


「・・・元気に、健やかに育ったなぁ。赤子よ。」

人間の赤子はこんなに発達は早かったかと孫を見る年寄みたいな独り言を呟いて手元に置いてあった真新しい手帳を開いた。

「リンネは赤子の様子を記録するように言われたな。」と呟いて蝙蝠羽ペンに黒曜石を溶かし込んだインクをつける。

魔王は昨日の出来事を日記に記していった。


~魔界暦赤陽月の14番目~

ヴォルゲーツィオに魔王印を押した書類を無理やり押し付けて去った後、魔王は素早く行動を起こした。

魔王は赤子を抱え、秘密裏に隠し部屋の扉を開けようとした矢先に、魔王に抱き着く感触が・・・。


「魔王さま!見――――っけ☆」


魔王の腰ほどに高さで抱き着くふわふわの黄金髪に淡い水色の目。魔族の証である角が小指くらいの大きさで生えている。

「ねぇねぇ!魔王さま、それって人間の赤子「だめだ。」・・ちぇ。」

魔王は赤子を高く持ち上げて避難させる。

「わかりました。でも診察はさせね。ぼくは魔王さまの主治医だから、その赤子に疫病がないか確認するのも仕事だよ。魔王さまに感染すると大変だからね。」魔王が返事をする前に瞬間移動で赤子をかっ攫い、医療道具で手早く診察する。


魔王城の唯一の医者だが、マッドサイエンティストに赤子が捕まって胆を冷やす。


「・・・この人間の赤子は雄だね。半年から1年は経っているようだから、ミルクを探して乳牛や乳母を攫ってくるより離乳食を作ったほうが良いね。病気の感染はないし至って健康体だよ。」

魔王は魔医者を目の開いたまま愕然とした。

「リンネが医者みたいなことを言っている・・・。」

「魔王さま、ぼくは医者だよ?あらゆる生物を実験して解剖して観察して記録してきたから当たり前!!。」

むぅとふくれた頬は天使みたいに可愛いが、見た目に惑わされてはいけない。この少年は先代の魔王たちの主治医であり、世界を幾度と渡ってきた猛者だ。


リンネという人物を紐解くと、先代魔王とともに人間の戦争にまぎれて参戦したときは戦場の死体を嬉々として実験に回したり、魔物を改造して合成魔獣キメラを作成したり、人間の兵士たちの食事に新薬を投入してその過程を興味津々に記録につけたりしていた。魔王城ではマッドサイエンティストというと大抵の魔族は顔をしかめるくらい彼が発明した新薬の犠牲者となっている。

人間界では戦場で頬を赤く染めて瞬時に解体する姿に畏怖を込めて『狂悦の堕天使』と恐れられていた。


「でも、興味あるなぁ。魔界にいてもこんなに生命力に溢れているんだもん。普通の人間だと魔界に充満している魔力の気に充てられて魔力に酔うのに・・・。」


リンネの恍惚とした表情はスイッチが入る前の顔と同じだ。やばいっ!。魔王は顔を引き攣らせた。マッドサイエンティストの本性が現れる前に赤子を奪いかえす。


「この子は実験体ではない!!」

「わかっているよ。ヴォルが“手を出すな”勧告出しているもん。蛇執事に刃向かうバカはいないからね。安心してね。」

「ウォルゲーツィオが!?」

「魔王さまってお相手いないのかなぁって心配してましたけど幼稚趣味だっただね。ぼくは魔王さまの許容範囲に入っているの?」

にっこりとからかう気満点のリンネに魔王はガクッと膝をついた。


「今日は厄日だ・・・「魔王さま。」。」



不意に真面目な声に切り替わったリンネに魔王は思わず顔を上げた。



「勇者は死んだよ。」



動きが止まり魔王は唖然とした。


「なん、だと・・・?」


「噂では北の悪名高い、闇魔導師が町の人間の生贄と引き換えに最凶の悪魔を喚びだしたみたい。ほら、ぼくらの領地で剣山二つ灼熱地獄に変えた煉獄の悪魔。でも勇者は神からもらったありがたーい最強無敵の能力で悪魔を破壊したあと闇魔導師を倒したけど、相討ちになったらしいね。その場には勇者の聖剣と鎧が残されてて勇者は死んだと国民たちに発表し栄誉ある勇者のために喪に服しているのが現状ってこと。」

「だから安心して魔王さま。勇者はもういないよ。」


ぽんと、肩に手を置かれる。魔王はさっきの言葉が反響する。



『勇者は死んだ。』



「なら、召喚する必要はなかったのか・・・。」腕に抱く赤子を見つめる。なんだわたしがしたことは全て無意味だったか。


「魔王さまが知らなくても当然だよ。一番最新で新鮮な情報だもん。ぼくも今日知ったばかりだし。」

「今日か・・・。嫌なすれ違いだな。では今日が勇者の命日か。」

「勇者の命日に乾杯する?」


人懐っこいリンネの手には消毒用という名目で買った銘酒『龍殺し』の酒瓶が掲げられている。


「・・・さすがに龍をも酔わせるほどの酒はきついだろ。」


ちなみに魔界で濃度が高く、飲んだものは一口で倒れるくらいだ。リンネは純粋無垢な笑顔で特大杯に入れて飲むほどの蟒蛇うわばみだ。


だが、気遣ってくれているのはわかった。リンネといる空間は心地いい。魔王選抜の儀で不安だった魔王候補の一人だった自分を励ましてくれた。あのヴォルゲーツィオとはまた違う意味で尊敬している。・・・まさか、あの蛇執事の無口な仮面にあんな素性を隠していたのか、今日は驚きの連続ばかりだ。

そのことをリンネに話すと、


「あぁ、それね。ヴォルって堅物にみえて冗談が好きなんだ。」

「・・・へっ?」あの才色兼備な蛇執事が?

「魔王さまってすぐ反応するでしょ?その顔見るのが楽しいんだって。愛されているよね。」

魔王は歪んだ口元で嗤った。


「・・・はははっ。騙されやすい世間知らずの魔王だからからかっているだけだ。わたしは、先代の魔王ではない。力がなければ消される道具だ・・・。」

「魔王は十分チカラを持っているよ。ぼくたちにはないチカラだ。だから、君は先代の魔王の名指しで魔王になった。」


「“最強”を召喚したつもりが“最弱”を喚んでも?」

「『すべての出来事には意味がある。』ぼくの知り合いの言葉。魔王に必要だからこの子はここに来た。ぼくはそう信じている。」

揺りかごで眠る人間の赤子はすやすやと夢の中にいる。

「わたしにはそう思えない。・・・だがっ!!」

ぐいっと酒杯を飲み干す。

「わたしが仕出かした始末は必ずつけ、りゅ~~~・・・?。」

かっこよく宣誓した魔王だが、『龍殺し』の酒の強さにあえなく撃沈した。ゆでダコ状態で気を失ったの魔王に苦笑しながらリンネは侍女を呼んだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・。




~回想終了~


蝙蝠羽ペンの手が止まる。思い出しただけでも鈍い頭痛がする。

昨日の酒の影響は思ったよりひどくはなかった。これもリンネが処方した酔い止めのおかげだ。


魔王は日向で遊ぶ赤子がこちらへはいはいしてくるのが見えたのでペンを止めた。全身がフリルとリボンの豪華な女の子用に衣服が動きにくいかご機嫌ななめだ。


赤子の服は裁縫が趣味の乙女趣味爆発なメイドに作ってもらった。事前に男だと告げても

「えぇ~~~こぉんな可愛いのにもったいないじゃない!!」と彼女の念願だった着せ替え人形を前に何着もの女ものの服がどっさり送られてきた。

そのどれもが赤子にとてもよく似合っていたのでそのままにしたが、当初赤子に着せようとしたら


「やーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」火がついたように抵抗し、力尽きたところを狙って装着させた。

今では諦めたようだが、たまに泣きそうな顔になっている。


「魔王様、書類の懸案事項の確認は終了しましたか?」ヴォルゲーツィオが執務室へにて魔王と対面する。

「あぁ、最近暴徒によるもめごとが王都で増してきているな・・・。」

「反抗勢力“悪魔革命”(ゼレノア・ナザン)などふざけた名称ですが、勢力は拡大しつつあるようです。その筆頭は・・・」


「魔王の元候補たちか・・・。」

「えぇ、『月覇者の天狼』フェンリルに『血宝珠サラマンダー』ほかに彼らの支持者たちの目撃情報が寄せられています。」

「引き続きよろしく頼む。」

魔王が一瞬瞼を伏せれば、ヴォルゲーツィオとともに複数の気配が消えたことを確認する。


「本当にタイミングが悪いな・・・。」


魔王の膝元で赤子は小さな手を伸ばしてきた。その手を取る魔王。自分の無責任で連れてこられてなお、魔王に懐く無力な赤子。


「お前はわたしが必ず守る。」


魔王の頬をぺしぺしとはたいてじたばたした赤子は魔王の胸に顔をうずめて動かなくなる。揺りかごの中に戻し、柔らかい赤子の髪をなでる。






夜の眷属が獲物を求めて彷徨う魔界の一画。

魔王城は煌々と研磨された魔石が照らす一室にて。


暗闇から渦を巻いて移動魔法で来たリンネ室内を見渡す。そこは魔王が召喚した個室だった。

床には何もないように見えたが、リンネには魔力を視る『魔眼』の感知能力が高い。

床に手をかざし、魔力の残滓に魔力を注ぐと魔法陣が淡い光を伴って再び浮上した。


「うーん。魔法陣の性質は“召喚”。条件は“最強の・・・魔物”じゃなくて“生き物全般”になっているねー。」


だから人間でも召喚可能だったのかー。リンネはくすりと唇を弧に描くと背後に声をかけた。


「ねぇー、ヴォルはどう思う?魔王の魔法陣は失敗に見えるー?」


闇色のヴェールからスっと気配なく蛇をかたどったブーツが固い床をたたく。


「・・・私には完璧に見えると存じあげます。」

「相変わらず堅物だよねー。魔王にはあの後散々からかってたんでしょう?。」

「反応が新鮮でしたのでつい・・・。」

「歴代魔王にいなかったタイプだもんね。ヴォルはどうして魔法陣に失陥はないのに“弱小”な人間の赤子が召喚されたと思う?」

「・・・観察した限りでは一般の人間の赤子より少し成長過程が成熟しているだけで、他に能力に秀でたところはありません。ですが、気になる点が・・・。」

「うん?何。」

「赤子の体には“呪詛”がかけられていました。」


リンネの瞳孔が細くなる。

「へぇ~“呪詛”か。ぼくは気付かなかったな。さすがだね。蛇だけに。」

蛇は視覚が衰えている代わりに生き物の体温を探って狩りをする性質を持つ。


「ほんのわずかな魔力の残滓から古代魔法の一種かと。残念ながら呪詛が複雑に隠蔽されていての特定に至ることができませんので、専門に診て貰う方がよろしいかと。」


「ますます気になるなぁ。その赤子は魔王に何をもたらすのだろうね?」

「引き続き、監視を続行致します。」

「まかせたよ、蛇執事。」

蛇のごとく執拗に敵を追い詰めて命を刈り取る暗闇の暗殺者にリンネは極上の蕩ける笑みでかえした。

禍々しい真紅の月が夜を赤黒く染め上げる。赤陽の月。人間の赤子が召喚されて二日が経過した。


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