2話 さっそくばれた。
第二話です。文章に慣れていないので短めです。
眉をひそめた魔王の目線は召喚魔法陣に今なお居座る人間の子ども、もとい赤ん坊に注がれる。
じぃーーーーー。
つぶやな瞳が見つめてくる。
じぃぃーーーーーーーーーーーー・・・。
「そんな目で私を見るなーーーーー!!!」
俗世の穢れをまだ知らない無垢な笑みを浮かべて魔王を見続ける赤ん坊に魔王は猛烈な罪悪感という名の槍がざくざくと襲ってくる。
魔王と呼ばれた自分が魔法に失敗したことも衝撃だが、人間から『残虐非道』と恐れられた『魔王』が赤ん坊ごときに動揺していることに愕然とした。
(いや待て、落ち着け。まずは羊が一匹。羊が二匹・・・て違うだろ!)
自分で思った以上に混乱しているようだ。
魔王は玉座の間をぐるぐるとまわって思案にふける。
他の奴らに人間の赤子が見つかれば危険が及ぶ。
とりあえず、この赤子を魔族の手が届かない場所へ避難させるべきか?
迷っている魔王の耳に甲高い声が聞こえた。あの赤子が泣き叫んでいるのに気付いて慌てて駆け寄る。
「どうした?怪我でもしたのか?」
赤子に触れると体温が高く体内に流れる血の温かさに思わず固い口元が緩む。
魔王城。魔族の本拠地の中心で魔王は途方に暮れた。
人間がいない魔王城で脆弱な人間の赤子が生存せきる可能性はゼロだ。無抵抗な生き物を殺すのはなるべく避けたい。まだ、人間を殺したことはないのだ。なにせ魔王は1カ月前に棚からぼた餅のごとく突然魔王に選ばれたばかりだ。なぜ選ばれた理由すらわからない。
つい過去の記憶に現実逃避に沈みかけた魔王に世にもおぞましい声が降ってきた。
【魔王様、面白い生き物をお手にしましたね。】
魔王の背後には気配もなく、立っているのは魔王とよく似た白銀の髪と眼の魔族。
血の色の二つに分かれた舌で口唇をねっとりと舐める。味見をしているかのような錯覚に陥るほど、赤子から視線を逸らさない。
魔王の執事『蛇心のヴォルゲーツィオ』
先代魔王の忠実な部下で、現在魔王が最も会いたくない相手だった。
「魔王様、この魔法陣から察すると召喚の儀を執り行いましたね。」
常に雷が落ちようが美女軍団に囲まれても表情が変わらないヴォルゲーツィオに魔王は冷や汗と悪寒を背中に受ける。
「そしてこれは人間の赤子ですね。」
魔王は赤子を見下ろした。見つかってしまった時点でもうこの赤子の運命は決まってしまった。
『蛇心ヴォルゲーツィオ』先代魔王の右腕として乱世を駆けた。蛇族の出自と有能な秘書の仕事ぶりから、【蛇執事】の呼称を得る。
魔王に選任されたばかりの魔王より、権限が高いといってもいいほど、有能な人物で魔王城では古株に入る。曲者揃の魔族を統率し、軍を率いることが出来たのは一重に
覇権を争って悪魔を人間を虐殺してきたのだろう。人間の赤子など、蠅を払う仕草であの世逝きだ。
(すまないな、私のせいで死ぬのか・・・。)
翳りを見せる魔王にヴォルゲーツィオはコホンと軽く堰をした。
「魔王さま・・・人の好みに難癖をつけるのは遠慮したいところですが、赤子を自分好みに育てて後宮ハーレムを築こうとするのは些か早計です。」
「はい?」
予想外の言葉に魔王は目が点になった。
というか、普段から巨人岩族みたいに表情筋を失った無口で無愛想な彼から出てきたことを脳内変換で処理し終えるのに時間がかかった。それだけ、なにもかも有り得ない台詞だ。
「ちょっと待て何を勘違いをしている!?」
直観的に嫌な予感が全身を這いめぐる。
「魔王様が就任なさり、跡継ぎに精力的なのはこちらも嬉しいですが、ですが人間の赤子に手を出すなどに飢えていたことに気付かなかったとは不覚でした。今すぐにでもとびきりの淫魔をお呼びししますので・・・。」
「誤解だ――――――――――っっ!!」
魔王は会話の手綱を取り返そうと必死になる。
そりゃそうだ。現在の魔王は「幼稚趣味の疑惑」がかかっている。
そもそも、『蛇心は』こんな奴ではなかった。奴が廊下を通る時、城のメイドたちから黄色い声をあげられ、部下たちから畏敬の念をおくられている。颯爽と渡り歩く背中を見て、この者のように威厳をもった魔王になろうとほのかに憧憬を抱いていたのに丸ごとさくっと裏切られた気分だ。
「魔王様が仰りたいことは解りました。」
空虚から物を取り出した。書物のようなものを魔王は開く。
『魔王お見合い目次所~全魔族の見合い写真入り~』
「・・・これはどういうことだ。」
「魔王様がどのような好みでも合わせられるように多種多様な候補を選りすぐってみました。お望みでしたら老若男女分けへ立てなく後宮へお迎えしてもよろしいかと・・・。」
「全然違うだろうがあああああああああああ―――――――――っっ!!!!」
全く意思疎通が叶わなことに苛立つ魔王。すると手のひらを返したように
「人間を召喚した件はこちらでなんとかしましょう。」
と告げた。
「ほ、本当か?」
「えぇ、私は魔王様の臣下ですから。主人の意に従うのは当然です。」
そう言い終えると「仕事がありますので・・・。」と、ヴォルゲーツィオは見合い写真を魔王の腕に余るほど残してから室内を出て行った。
魔王に残されたのは人間の赤子と山ほどの見合い写真。
それらを見つめたあと、深い疲労感に襲われた。
とりあえず10話まで目標です。