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12話 暴食の虜(ベラ・ティモ)の森2

「泣きっ面に蜂」・・・よくないことの上にまた不幸・不運が重なること。


どこか東国のことわざだったと、全力疾走中の最中で頭の片隅に浮かんだ。

「何というか、すまない!」

「陛下のせいではありません。ただ、猛烈に運が悪いというか、間が悪いのです。」


フォローしているつもりだろうが、全く功を成していない。


ブブウゥゥゥーーーーン!!!


背後から迫りくるのは“毒生成工房”の二つ名で知られる毒蜂。鋭くとがる毒針から濃色の毒を吐きだし、強い酸性が木皮を溶解する。耳障りな羽音に追われながら魔王は必死に逃げ回っていた。

地面に這う根は人間の胴体ほどに太く、走るよりも跳び越えるように走りながら前進する。身軽な魔王とは対照に重厚な金属の鎧を着こんだエスメラルダは羽が生えたように軽々と障害物を跳び越えていく。



ほんの数分前の自分を恨めしく思いながら、このような事態を引き起こしたあの時を振り返る。


さかのぼること少し前、ヴォルゲーツィオたちを残してと分かれたあと、魔王は森を駆けていた。だが、普通の森とはかけ離れた魔界の森林は、勇者のワールドマップと比較すると、Levelが50を超えるほどの難関で厄介なフィールドだ。闇の属性に埋もれた森は動く樹の群れに、一度は攻撃を食らえば初心者は即死するくらい強敵の魔物たちがひしめいている。


そんな中、魔王に就いてひと月。ステータスで言えばレベル1に限りなく近い魔王は狼の群れに放り込まれた羊と同じ心境を味わっていた。

「はぁ・・・はぁ。どこまで進んでいるんだ。」

時折、魔獣の遠吠えに怯えながらも足は止めない。

あの魔物が残した焦げた跡は目に見えない向こうまで続いている。


ガァァ――・・・

『ビクッ!!!!』

猛獣の鳴き声に驚いた魔王が足を踏み外して勢い余って樹にぶつかった。

「――――――っつ!!」

額を抑えて痛みにもだえる魔王はエスメラルダの手前もあって悲鳴を抑え込んだ。

痛くて涙がにじんで視界が歪む。

そこへ。


ひゅ~~~~ドカっ。


何かの塊が頭に直撃・・・しそうになったところ、エスメラルダが魔王を庇ってわきへ逸れる。

「陛下、無事ですか?」


二次災害を避けたが、木の実かと思ったソレをみて顔から血の気が引いた。


ブブブ―――・・・っつ!!


「蜂・・・!?」

数は30以上もあるだろうか毒液が針から滴る。爛々と敵を狙い定める『毒生成工房』である毒蜂が魔王たちを囲う。


「逃げるぞ!!」

咄嗟にエスメラルダに叫んで駆けだした。


・・・ということがあった。

思わず逃げ出してから、逃げ回るだけでは埒が明かないと魔王は手にしたのは見た目【魔女っ娘ステッキ】であり魔王の武器であるヴァイルドルスを構える。


(見た目はアレだが、魔力を込めれば・・・)

魔王がヴァイルドルスに魔力を込めて“風裂エアロ”を発動された。魔王の爪に装飾された機密な魔法陣をかたどった刺青が光を点滅させて風を巻き起こす。


ほぼ一直線に巻き起こる風は周囲の木々をなぎ倒すほどの風圧で毒蜂を吹き飛ばしていく。

中には樹に衝突する蜂が続出し、一瞬しか発動できなかったがかなりの数を減らせた。

「・・・前より威力が増している。」

魔王城で同じ魔法を発動されたが、ここまでの威力はなかった。


もしかして魔法の威力を高める性質を備えているのか?


眉唾まゆつばものかと不信に思っていたがヴォルゲーツィオの説明は嘘ではないとわかり、安堵する。

毒蜂の数は減ったがいまだ、獲物を逃す気はないようだ。

この先、赤子を奪還するのに邪魔であると判断したエスメラルダは剣を抜き、間合いを計る。


「陛下!伏せてください。」


魔王の頭を掴んで地面に伏せさせる。「みぎゃっ。」と小動物が悲鳴をあげたような声が草花の間に消える。白光になびく銀髪が下方へ流れ落ちるタイミングで鞘から抜刀した。

剣に刻まれた魔術が、周囲の魔力を吸収して鈍く光る。魔法文字スペルが“雷光”の激しい火花を散らし威力が増していく。



【一太刀の雷撃デ・アスタ・ライガ


空と地へ伸びるように紫電の閃光が音速で敵を内部まで突き刺す魔法剣。轟く雷鳴は広範囲を感電させるだけでなく、毒蜂の翅を焼き焦がし、地に落にちる。

地面に叩きつけられた毒蜂は痙攣を繰り返し、やがて闇に呑まれて消滅した。


「た、助かる。」

「急ぎましょう。時間がありません。・・・陛下どうしたのですか?その顔は。」

魔王の顔や髪には草っぱに花交じりの土が付着し、衣類は泥にまみれていた。


エスメラルダをじとー、と睨む魔王は盛大なため息をついた。彼女が故意ではなのはわかる。

「いや・・・何でもない。先ほどの技を見たが、エスメラルダの剣術はどうやって習得したんだ?」

魔王の問いに動きが止まる。だが、数秒で歩きだし魔王へ手を伸ばした。


「・・・昔、人間の国を放浪したときに剣豪と手合せをする機会がありまして・・・。」

「あぁ、だから人間から魔族だと怪しまれないように鎧を着たんだな。」

「まぁ・・・そうですね。」

歯切れの悪いエスメラルダに魔王は不思議に思った。これ以上は聞いてはいけないような透明な拒絶の壁を感じて、追及するのはやめた。

「わたしにも剣術を教えてくれないか?魔王たるもの魔術だけでなく武道も極めた方がいいと思っている。」

さらなる高みに臨む魔王にエスメラルダの纏う空気がやわらいだ気がした。

(剣術を学ぶ間はエスメラルダと一緒に居られる)との下心もあるが、エスメラルダは自分自身のことで尋ねられると動作が固くなるときがある。


一月の付き合いで会ったのは初対面を含め片手の指でしかない。エスメラルダは過去をあまり話さないが、信頼できる臣下であることは変わりなかった。


それに、魔王には話せる過去はない。


いや、正しくは“魔王城に連れてこられる以前の記憶がない“


魔王城に来てからひと月を経った現在までが、魔王の記憶の全てだ。

「・・・うらやまましいな。」

「え?」

「どんな過去でもその記憶は己を位置づけ、存在を与え、目的を与え、道を与え、未来へ繋がる糸筋になる。わたしは・・・何も見えない。」

魔王として即位した時が来てもこのモヤモヤとした気持ちが薄れることはないだろう。

「陛下は迷っていうのですか?」

力なく首を振る。

「わからない。」


不安定な足場が少しずつ崩れ落ちる感覚がする。見下ろせば底なしの闇が足音を消して近づく。

黙って魔王を窺っていたエスメラルダが尋ねる。


「陛下はこの魔界でどんな未来を望んでいますか?」

「魔界に未来なんて言葉は似あわないな。」

「貴方は魔族の王です。国王は国の未来を描き、それに向かって邁進する。それが王であり、貴方の仕事です。」

「・・・わたしにできるのか。」

「自分は陛下が望む未来をともにありたいと考えています。」

「魔王の望みと聞くと碌なものがなさそうだ。」


悪魔の王が望むのは破壊と破滅に溢れた地獄の創造・・・のはず。


「陛下は悪魔のなかの平和主義者ですから安心してください。」

思わぬ不意打ちに魔王は言葉を無くした。


「急ぎましょう。あの魔物の気配が近づいてきています。」


エスメラルダが身をひるがえした瞬間・・・。


「ふぎゃあああああああああ!!」

赤子の絶叫が暴食のベラ・ティモに響きわたる。

一斉に声のする方向へ直線にかける。

うねった根の森を超えたところで視界が開いた。

「これは・・・!」



*****


赤子をさらった魔物は、獲物を巣に持ち帰るところだった。大きな図体とは違い、無数の触手が素早い動きで森を蹂躙じゅうりんしていく。魔物が通った道は枯渇した不毛の荒れ地になり、ずるずると地べたをこする耳障りな音が静寂すぎる森に反響する。


檻のなかの赤ん坊は力なく、ぐったりとうずくまる。生気のない顔に閉じられた目蓋まぶたが弱く震えていた。

巣まであと少しのところで、小さな影が行き先に立つ。

「ふぅ~、先回り成功だね。」


小さな子どもが魔物の前に立ちふさがった。

「移動速度が速いのは楽しい誤算だけど、魔王さまたちが追い付けなくなると、ぼくが困るんだ。だから、魔王さまが来るまで足止めされててね。」


リンネの魔法を構成する文字スペルが体内から放出される。妖しくうねる魔法文字スペルは召喚魔法の名を刻んで『蜘蛛』を喚んだ。


悪魔の魔法は人間とは形式が異なる。人間は信仰する神や精霊に祈り、魔法の理でもある呪文を唱えなければ発動できない。また性質から魔力が体内で生産される導器がなければ条件を揃えても発動できないという不便な代物である。


しかし、闇から生じた魔族は体の生成上は魔力の塊で構成されている。魔族は魔力で構成された存在であるがゆえに詠唱も呪文も必要ない。生まれ落ちた時から体内に魔法の構成要素が詰まっている。息をするように意識をしなくても魔法をたやすく発動できる反面、神聖魔法のような神に祈って奇跡を起こしたり、精霊を使役するような善の魔法は使えない。


魔族が使用できる能力は【七つの大罪】に代表するような闇に属する魔法だ。暴力的な力のごり押しが得意でも、治癒や浄化の魔法は使えない。神から追放された堕落だらく烙印らくいんを押された忌まわしき闇の末裔がもつ力。


蜘蛛の魔物が紡ぎだす、粘着性に優れた束縛の糸が魔物の体に纏わりついて動きを封じた。


「大丈夫、魔王さまたちが来たら解けるようにしてあるからね。」


魔物の背にある檻を覗くと、青ざめた赤子と目があった。


「君は魔王の餌になってもらう。」


弱い吐息が命の欠片をこぼしていく様子をみても眉一つ動かない。

リンネの言葉に反応したように丸い瞳が大きく開いた。

「ぼくわね、今の魔王さまのチカラを知りたいけど、君の【呪印】も気になるんだ。だからね、危険な状況に置かれたらどんな反応があるか実験させてね。もちろん死にそうだったら助けてあげる。君の【呪印】の秘密が解けるまで・・・ね。」


浅い呼吸を繰り返す脆弱な人間の赤子に無情な言葉を告げる。

細められた眼に笑みを浮かべた悪魔は一粒の丸薬がんやくを赤子に飲ませた。


********


「これは・・・!」

魔王たちの目前には蜘蛛の巣の呪縛に囚われた魔物がいた。その魔物の背の檻にいる赤子の様子に魔王は焦燥が奔る。

魔王が来たと同時に呪縛が解かれ、身動きが自由になった魔物が襲い掛かってきた。


魔族による魔法の説明を入れました。

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