序章 魔王は召喚魔法を失敗した。
初小説を書きます五月です。
どうぞ暇つぶし用に読めるよう頑張るのでよろしく。
一滴が水面に波紋を広げる。
どれほど小さな欠片であれど、うねりは周囲を巻き込むほど大きな動力となる。
まるで天が与えた気まぐれのように。
一振りの賽の目を転がす運命のように。
重なるはずのない道が交差する。
それを『奇跡』と呼ぶのは
あまりにも安直で愚の骨頂だ。
そんな安物な幻想をを人間たちは奇跡と、やたらと崇める。
くだらない。
奇跡なんてものは深く昏い地の底へ、
果てしない闇の底まで堕ちたときにしか見えてこない。
その闇から生まれた闇の化身は奇跡に等しい存在ではないか。
奇跡や運命やらが掴めることが出来るならば、粉々に喰いちぎってバラバラの破片に砕いてやろう。
不幸の化身を纏う死神の吐息のように災厄と悪戯を振りまこう。
魔に身を宿す魔族は、闇へ至上の快楽を見出す生き物なのだから・・・。
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音を吸収する部屋にわずかな吐息が零れ落ちる。
震える口唇は魔を奏でて術式を構成し、冷たい黒岩の床に煌びやかな魔法陣が展開する。
艶やかな星銀の髪は魔力の淵に沿って踊る。
柘榴石を嵌めこんだ杖を握りしめ、途切れなく呪文を唱えている場所は魔王城。
魔族の王者であり、魔界の覇者と呼ばれる【魔王】は召喚の儀を行っていた。
杖には魔力の結晶が淡く燈り、杖から発光した点滅が強烈な光となり魔法陣と共鳴する。圧倒的な力に押されながらも意志を秘めた瞳は前を見据えたまま、踏みとどまった。
顔色が青白く、それがかえって薄幸美しさを醸し出していた。
魔王が行う魔術は『召喚魔法』
呼び出す対象物は「最も強い召喚獣」
最後の呪文を紡いだ瞬間に魔法陣が一段と輝いた。目の裏を貫くほどの雷光が収まったところで、魔王はゆっくりと瞼を開く。
召喚した対象物を視界に収めると驚愕のあまり、言葉を失った。
「・・・っ!?」
ぱっちりとした瞳はこぼれるくらい大きく可愛らしさに溢れていた。もみじのお手にふっくらとした頬はおもわず摺り寄せたいくらい柔らかそうだ。
魔法陣にちょこんと座りこんだのは小さい子どもだった。
前から見ても、
横から見ても、
後ろから再度確認しても同じ光景だった。
・・・錯覚じゃないよな。魔王は困惑した。
己の視力が突如として幻覚に襲われたのかと部屋を見渡す。まさか、この最弱な赤子は実は召喚獣が変身して油断させようとしているのか、試しにかけられてい るのかもしれない。気を引き締めなければ返り討ちにされてしまうかもしれない。
緊張した面持ちで、魔王は赤子と対面した。
「う~あう」
小さな体に不釣り合いな大きな布地に動きを抑えられ、バランスを崩して倒れた。
赤子は茫然とした様子でペタンとその場に座り込んだまま動かない。
魔王は召喚陣の前に立った。赤子を見下ろし、できるだけ動揺を悟られないように低い声音で質疑を問いただす。
「わたしは魔王。今、お前を召喚した主となる魔族だ」
「・・・・・・」
魔王の言葉に反応した。
「召喚者と召喚獣の契約をここに交わそう」
「・・・・・・」
無反応でこちらをじぃーと見つめる様子にとある疑念の芽が出る。
魔王はもしかすると有り得ないかもしれない結果に焦りだした。いやいや、あれほど、入念に召喚するのに準備をしたんだ。密かに隠れて魔導書を漁っては召喚陣の構成に徹夜して取り組んだり、召喚するのに必要な魔道具や希少な材料を魔王城から掻き集めたりして血の滲むような苦労を重ねて ようやく、ようやくここまで来たのに・・・。
最悪な二文字が脳裏に浮かびあがる。
「お、お前は召喚獣だろ。わたしの呼びかけに答えてくれたよな!その姿だって油断させようとか試しにかけるためにわざと変身しているんだよな!!!」
「・・・・・あう?」
魔王は内心冷や汗をかきながら、すぐそばに座り込み、赤子の頬をつつく。
「嘘だよな。わたしを騙そうとしても無駄だからな!お願いだから元の姿に戻ってくれ頼むから!!!」
傲慢な態度から一転して、もはや懇願へ代わっている。
「だう」
つぶらな瞳に映るのは泣きだす寸前の魔王だった。崩れるように床に膝をつく。
ふるふると震えだし、頭を抱えた魔王は叫んだ。
「失敗したぁぁぁぁぁっっっーーーーーーー!!!!」