前編
セミが騒がしく泣き喚き、草木も緑色を深くして生い茂っていてすっかりと夏の色を見せていた。春にはいなかった野球部員たちがグランドで汗を流しているし、吹奏楽部の練習の音が校舎中に鳴り響いてる。そしてボクは今風紀委員会の会議に出席していた。全開で開けられた窓からは、外の騒音がそのまま教室内に侵入し、暴れまわってる。まぁ、会議といっても『挨拶運動』の当番や『身だしなみチェックの注意点』などいつもどおりの内容で特に聞く必要も無いんだけれど。そして、今はそんな会議なんて耳に入ってこないで、ずっとボクは悩んでいたんだ。
そう、優しくてお人よしで、ボクの心をいつのまにか盗んでいってしまっていた、あの人のことを…
ココロの花
高校1年生の3学期の終業式の日、ボクはクラスメートの渡瀬に呼び出された。そして、予想通りに告白された。ただ、今までと違ったのは本当にボクのことをずっと見ていてくれたこと。ボクの悩みに気づいてくれたこと、本当に好きだってひしひしと伝わってくるくらいに自分の感情を表に出してくれる彼。もっと渡瀬のことが知りたくなった。
初めは、ただの好奇心。どうしてそんなに自分の気持ちに素直になれるのかが不思議で仕方なかった。ボクといえば、自分の気持ちなんて表に出さないようにずっと過ごしてきた。というよりも、自分の気持ちを表に出すことが怖かったんだ。それは、小学校のときのトラウマが原因なんだけれど。そのせいで、中学校に友達といえるような友達は出来なかった。高校は、高校こそはと気合を入れてみたものの、染み付いてしまった自分の性格をいきなり変えるなんて土台無理な話だ。
そんな、ボクの小さな悩みに気付いてくれたのは渡瀬。こんなボクを、みんなの輪の中に連れて行こうとがんばってくれた。それは、ボクが望んだから。ボクの望みをかなえようとがんばる彼に恋をした。なにかきっかけがあったわけじゃない。ただ、一緒にいてくれるだけで楽しかった。無表情が標準で張り付いてしまっている僕の顔には楽しいなんて表情をしていなかったかもしれないけれど、渡瀬と居る時間はボクにとってかけがえのないモノになっていたんだ。
春休みは渡瀬とよく会っては表情を表に出す練習、人と話をする練習をした。たぶん、その時くらいからかな?渡瀬と居ることが楽しいと感じ始めたのは。ぶっきらぼうなボクの言葉遣いにも嫌な顔をせずにずっと付き合ってくれた。ボクを笑わせようとがんばる彼。ボクが感情を表に出せるようにずっとずっと手伝ってくれた彼。気がついたら、ボクの頭の中は渡瀬のことでいっぱいになっていた。
春休みが終わり、2年生になって同じクラスになれたこと。こんな些細なことがこんなにもうれしく感じるものなんだと実感したし、こんなにも少女漫画の登場人物みたいになっている自分に驚いた。学校生活はというと、渡瀬との訓練の成果で、最近やっと友達も出来て高校生活が楽しくなってきていた。。まぁ、一つ難点があるとしたら、友達と話すことが増えて渡瀬としゃべるのがすこし減ってしまったことかな。
ボクの、無表情と口が悪いっていうのは、渡瀬が言うには「ずいぶん表情が柔らかくなったしすごく良い方向に進んでいるよ」らしい。これも、渡瀬のお陰だ。ボク一人でやっていても、光波ならなかったと思う。また、中学校のときのように一人で学校生活を送っていたかもしれない。そう思うと、渡瀬には感謝しても仕切れないくらい感謝してる。まぁ、それはおいといて。
今、ボクはすごく悩んでることがある。それは、渡瀬としゃべる回数が減ってきたとか、そんなんではなくて、渡瀬がずっと三浦っていう女子にかまりっきりってことだ。例えば、一緒に帰ろうとしてもずっと三浦が居て一緒に帰れなかったり、休み時間にちょっと話したいことがあって話しに行こうとしても三浦が居たり。邪魔とは言わないけれども、渡瀬にベタベタしててちょっとは離れてほしいと思ってしまう。そして、春休みから先月くらいまで、春休みのときに会っていたように、学校が休みの土曜日か日曜日に会っていたんだけれど、それがぱたりと無くなってしまった。それも、ちょうど三浦が渡瀬にへばりつき始めたときくらいから。渡瀬は優しいから、ボクの時のように三浦のために何かしてあげてるのかもしれない。けれど、今はそれがたまらなく嫌だった。自分でも嫌な女だと思うけど、それでもこの嫉妬心という奴は厄介で、なかなかどこかに行ってくれないどころか、嫉妬がココロを侵食してきていた。
それでも、昨日嬉しいことがあったんだ。それは、久しぶりの渡瀬からの遊びにお誘い。家に帰って漫画を読んでるときに渡瀬からメールが来て、今度の日曜日に遊びに行かないか?っていうメール。今度の日曜日はボクの誕生日でもある。渡瀬には誕生日のことなんてしゃべってないから、こうして誘ってくれたのも偶然なんだろうけれど、それも運命が味方してくれてるみたいですごく嬉しい。もしかしたら、今日は三浦とじゃなくてボクに話しかけてくれるかな?って言う期待もあったんだけど、全然期待はずれ。
今日も三浦とばっかりしゃべってた。昨日のメールも間違いじゃないかなって思うくらい、いつもどおりに三浦とベタベタしていた。
はぁ~、気がついたら本日何回目かわからない溜息を吐き出していた。
「どうした?葉山。さっきから溜息ばっかりついているぞ?」
風紀委員長が、メガネをクイっと指で直しながら聞いてきた。今は人と話す気分じゃないんだけどな。委員長がボクの方を見て全然動かない。というか答えないと、この会議も進ませないような雰囲気だ。
「別に委員長には関係ないでしょ?溜息をついてしまったのはすみません。会議を進めてください。」
「そ、そうか。なんか怒らせてしまったみたいで悪いな。まぁ、人間なんだからため息をつきたい時でもあるんだろうが、今は会議中だから気をつけてくれ」
居心地が悪いそうに黒板に向き直り、今日の会議の記録を自分でとり始めた。いつもは書記にやらせている作業なのに自分でやるなんて、かなり動揺しているんだろう。
こんな言い方しか出来ないのもボクの悪い癖だ。ホントに一言多い。自分でもだめなことだって分かっているんだけれど、染み付いてしまった癖って言うのもなかなか抜けてくれないみたいで、これもボクの悩みの一つになっている。まぁ、これでも渡瀬のお陰でだいぶとマシにはなってきているんだけど。
はぁ、さっきとは違う意味で心の中で大きなため息をついた。
◆
風紀委員会も終了して今は午後5時半。
結構遅くまで会議をしていた。まぁ、ボクは上の空で話なんてあまり聞いてなかったんだけど。これもいけないことだって分かってたんだけど、委員会の仕事のことじゃなくて、ずっと渡瀬のことばかりを考えていた。ほんと、罪な男だよ。このボクをここまで悩ませるんだから。
会議の間ずっと聞こえていた吹奏楽の演奏の音楽がいつの間にか途絶えていた。もう下校時刻になっているし吹奏楽部の練習が終了していたって全然不思議じゃない。けど、誰ともすれ違わない廊下は静かでとても寂しい雰囲気だ。
カツカツカツと、ボクが歩く足音だけが響いていてこの学校にはボク以外の誰もいないみたいな気分になってくる。
早く荷物を取って家に帰ろう。動かしている足がすこしずつ速くなる。誰も居ない学校って、すこし想像しただけで結構怖くなる。実は後ろを向いたらお化けが居るんじゃないかとか、誰も居ないはずなのに誰かの視線を感じてしまったりとか、ホントはそんなこと無いのに、すこしの想像でそんな幻想まで抱いてしまう。というか、実際この一人ぼっちの空間っていうのを自覚してしまって、想像もしてしまって結構怖い。ボクは、この空間から早く脱出してしまいたかった。早や歩きをしていたはずの足がいつの間にか駆け出してしまうくらいに。
会議室から自分の教室まで歩いたって5分とかからない。けれど、走ってきたボクは1分とかからずに自分の教室に到着していた。走ってきたせいで、すこし息が荒いけどそんなの気にしていられない。というか、早く外に出て誰かに会って安心したい。勝手に自分で想像して怖がっているだけだけど、それでも怖いものは怖いんだ。ボクは教室のドアに手をかけて乱暴に開いた。
開いた向こうの景色は予想に反して、人影の姿があった。これもある意味怖い。けど、そんな恐怖なんて気にならないくらいボクはその姿を見て動揺していた。
「よ!委員会かなり遅かったんだな?まぁ、良いや。待ってたんだよ。一緒に帰らないか?」
片手を挙げながらこちらを向いている男子が一人。傾いた日が差し込む少し赤い教室に一人ぼっちで渡瀬がイスに座っていた。ずっと考えていた人物が目の前に現れた瞬間だった。
彼の周りには誰もいない。いったい、いつから教室にいたんだろう?ずっと一人で待っているなんてボクには無理だ。だけど、渡瀬はやさしいから、人から頼まれたものは嫌な顔をしながらもしっかりとやってくれるし、期待にちゃんと答えてくれる。そう、彼はやさしい。誰にでも…
けど、ボクは今日待っていてとか頼んでないのになんでだろう?
「なにしてんの?一人で放置プレイごっこ?変態さんだね。それより、三浦は?いつもべったりなのに珍しい」
ほんとは待っててくれてうれしいとか言いたい。けど言えない。それに、渡瀬のせいでボクはずっとずっと悩んでいるのに、なんだか目の前でへらへらと笑っているのが気に入らない。なんだか意地悪をしてしまいたい気分になっていた。
「いやいや、そんな変体さんなんてこと絶対に無いからな!三浦なんだけどさ、なんか俺と一緒にずっと待ってたんだけど、用事があるみたいでちょうど30分前に帰ったよ。っていうか、委員会って結構遅くまでやってるもんなんだな?女の子一人で帰すにはちょっと遅すぎな気がするんだけど。あと、葉山の俺に対する言葉遣いってだんだんひどくなってないか?」
ボクの言葉遣いに怒っている渡瀬だけれど、そんな態度は眼に入らなかった。『三浦が帰った』ということを聞いて、心の中でほっとする。ほんと三浦はずっと渡瀬にべったりで、そのせいでなかなか渡瀬に近づけない。話したいのに話せないという状況を作ってしまっている張本人だ。三浦としてはそんな悪気は無いんだろうけど…
そしてなにより、渡瀬がボクを心配して待っていてくれたという事実がとても嬉しかった。
「ふ~ん。まぁ、ボクは三浦さんにが居ようが居まいが関係ないけれどね。渡瀬がどうしても一緒に帰ってほしいって言うなら一緒に帰ってあげても良いけど?」
ボクのそんな可愛げの無い言葉を聞いて、何を思ったのか渡瀬はニッと笑った。その『素直に言えば良いのに』っていう笑顔にちょっとムッとしたけど、きちんと気持ちが通じたみたいで安心した。
ほかの友達とかには徐々にではあるんだけど、素直に言葉を言えるようになってきてると思う。けど、渡瀬に関しては1年の3学期の終業式から何も変わってないと思う。むしろ、自分の気持ちを自覚してからは悪化してしまってる気がする。まぁ、渡瀬は気にしてないようだけどボクはちゃんと直したいと思ってる…直ってないけど。
「はいはい、それでいいから帰ろ」
座っていたイスから立ち上がり、ボクのカバンを持ってこっちに歩いてきた。ほい、とボクのカバンを差し出した手には、頬杖をついていた跡がくっきりと残っていた。
渡瀬はこの教室で一人なにを考えながらボクを待っていたんだろう?というよりも、どうしてボクを待っていたんだろう?いつもなら、部活をしてない渡瀬はホームルームが終わったらすぐに変えるはずなのに。やっぱり三浦と話をしていたのかな?そう思うと、心の奥で醜い塊がじわじわと広がってくるのを感じる。けれど、それ以上に嬉しい気持ちが勝っていた。どんな理由で待っていてくれたって関係ない。待っていてくれたって言う事実は変わらないんだから。
『いったい何時間待っていたの?』『ほんとに君は優しいね。』いろいろとかけたい言葉が浮かんでくるものの、それを口に出すことは無かった。搾り出せた言葉は一つだけ。
「…ありがと。」
「俺が待ちたいから待ってただけだから、葉山は気にすること無いって。」
渡瀬は、ボクにカバンを渡すとスタスタと、先に歩いて行ってしまった。その後姿は、大きくて、やさしくて、ボクには届かないくらい遠くに感じた。
これが、ボクと渡瀬の距離。近いようで、本当は全然近くない。けれど、全く届かないほど遠くない。この距離が今のボクにはもどかしい。すぐにでも手が届くような距離にボクは居たい。すぐにでも、渡瀬に触れられる距離にボクは居たい。
少しでも近づきたくて、すこし駆け足で渡瀬を追いかけた。
◆
梅雨が終わり本格的に夏に変わっていこうとしている今日この頃、太陽が沈むのが少しづつ遅くなってきて昼間の時間が延び始めている。ま、そうはいっても今日はすでに太陽がだいぶと傾いていて僕の目の前に広がる風景は全て赤い色に染まっている。
ボクは今、渡瀬と一緒に下校中だ。約束したわけではないけど、渡瀬が待っていてくれたからこうして帰れる。だけれども、なぜか会話が無い。
色々と話したいことがあるのに、どうしてか口からその言葉が出て行かない。っていうか、渡瀬とこうして二人きりになるのも久しぶりだ。だから、変に意識してしまってボクから話しかけることが出来なくなってしまっていた。けど、渡瀬から話しかけてくることも無い。こうなってしまうと、ボクと居るのが楽しくないのかと不安になってしまう。おそるおそる渡瀬の顔を見るけど、ずっと何かに悩んでる様子だ。というか、待っていたくせに自分の世界に浸ってしまっている渡瀬に少しイライラしていたりする。
「なに悩んでるの?その小さい頭で答えが出る問題なんてないだろうから時間の無駄だよ?なんだったら、ボクが相談に乗ってあげようか?」
「ヒド!なにもそんな言い方しなくてもいいじゃん!」
「ボクをほったらかしにした罰だよ。」
ぷいっとそっぽを向いているボク。その横で、なにやらニヤニヤしている渡瀬。全く、ボクと居るときのこいつはニヤニヤすることが多い。こっちとしては釈然としない気分だ。
「何よ?ニヤニヤして…変体面してるわよ?」
「別にニヤニヤしてるつもりもないし、変体面は元からだ!……自分で変体面って言ってチョットへこんだし…。まぁ、俺のことは置いといて、葉山が少しずつだけど、本音を零してくれる様になったのがさ、うれしくてな。」
はて?ボクは本音なんて零したのだろうか?渡瀬はと言うと、わからないのか?と言いたそうな顔をしている。
「ボクは渡瀬がニヤニヤするような事言ってないよ?」
「だから、ニヤニヤしてないっての!…葉山は俺が一人で考え事ばっかりだから、ほったらかしにされて寂しかったんだろ?」
いわれて気がついた。『ほったらかしにした罰だよ』たしかに、ボクが言った言葉だ。…たしかに、ほったらかしで寂しかった。自分でもびっくりするくらい素直に言ってしまっている。顔の温度が上昇するのが自分でもわかるくらいにカッと上がった。
「葉山、顔真っ赤!」
笑い声を抑えようともしないで、大きな声で笑う渡瀬。
「夕日だよ!夕日の赤が顔に映ってるだけ!!っていうか、見るな!!」
いつもの無表情を保つことが出来ずに、叫んでしまった。
まったく、渡瀬を相手にすると自分のリズムが崩されてしまう。たぶん、これは良い事なんだろうな。無意識に自分の気持ちを相手に伝えることが出来るようになってきているって言う事実がとても嬉しかった。
カバンを振り回しながら追いかけるボクから逃げるように前を歩く渡瀬。
こういう風に渡瀬とじゃれあうのも久しぶりだ。最近は何かにつけて三浦が渡瀬にべったりくっついているし、下校も三浦と帰ってるみたいだし。休み時間も渡瀬と三浦はべったり。まぁ、見てる限り、三浦から渡瀬にくっついて行ってるみたいだ。
三浦が現れる前は毎週のように、土曜日か日曜日はふたりで買い物とかにも行っていたんだけど、渡瀬が三浦とべったりくっつきだしてからは全然なくなってしまった。本人に聞いたら付き合ってるわけじゃないって言っているんだけど、第三者目線で見るとれっきとしたカップルに見える。
三浦と土日に会ってるんだと思うと、胸が苦しくなる。どんどん自分が嫉妬に飲み込まれていっているのがすごく嫌だ。
自分はこんなにも嫉妬深かったのかとか思うようにもなってしまった。はぁ、心の中で溜息を吐き出す。渡瀬は優しいから、委員会で遅くなったボクを心配して一緒に帰ってくれてるんだと思う。けれど、そんなやさしさもボクだけに向けられているものじゃない。もし、今日のボクの立場に三浦が立っていたとしても渡瀬は同じことをしていたんだろうと思うと、今の嬉しい気持ちも小さくしぼんでしまう。今この瞬間は、渡瀬を独り占めできたとしても、又明日から三浦とベタベタするのかと思うと、うれしい気持ちが大きいほど落胆もひどくなる。
悲しくなるくらいならはじめから優しさなんてボクが拒絶すれば良いんだけど、ボクはそんなに強い人間じゃないからこの小さい誘惑もうち負かすことはできずにこうして、甘んじて受けてしまってるわけだけど。
ひとり、うれしくなったり、悲しくなったりをしていたら渡瀬が振り向いて話しかけてきた。
「葉山に聞きたいんだけど、カレーライスってあるじゃん?あれって、ご飯にカレーが乗ってるからカレーライスになってるわけだろ?っていうことは、カレーにご飯をかけたらライスカレーになるのかな?」
こいつは、いきなりこんな話題を振ってくる。こういうのも久しぶりだ。
けれど、
「くだらなさすぎる。」
率直な感想。
「はぁ~?そんな答え聞きたいんじゃなくて、カレーライス、ライスカレーどっちなんだよ?これを聞かなきゃ俺気になって夜も眠れねえよ!」
「どうせ、かき混ぜて食べるんでしょ?じゃあ、どっちでもいいじゃん。っていうか、あんたの頭の中身もぐちゃぐちゃにかき混ぜたらちょっとはマシになって、こんなくだらない質問してこなくなるんじゃない?」
ガーン、そういうとあからさまに落ち込み始める渡瀬。
ほんと、人が真剣に悩んでるって言うのに、そんなこと聞いてこないでよ。なんだか、三浦が現れる前に戻ったみたいで嬉しくなるじゃん。どうせ、また月曜日から三浦とベタベタしてるくせに。そう思うと、もっと意地悪な気持ちになってきた。
「じゃあ聞くけど、ハヤシライスのハヤシって、ハヤシさんが作ったからハヤシライスって言われてるみたいなんだけれど、じゃあ、カレーライスはカレーさんが作ったからカレーライスなの?あともう一つ。ありえないけど、もし、焼肉にカレーをかけたらカレー焼肉になってしまうの?むしろ、カレーに焼肉をかけたら焼肉カレー?」
「え?作った人名前?かける順番?かけるもの?……」
渡瀬は念仏のように同じ言葉を繰り返し呟き始めて、最終的には頭から煙を上げながら機能を停止してしまった。…数秒後には復活してたけど。
「葉山、あんましややこしいこと言わないでくれよ。頭こんがらがっちまったよ。」
「じゃあ、くだらないこと考えないの。どっちにしろ、おいしく食べれたらオッケーじゃん。」
「まぁ確かに。けど、名前って結構大切だと思うけどなぁ」
「名前の前後を入れ替えたくらいでそんな大げさな…まぁ、ドライカレーとカレードライじゃ全然イメージが変わってくるけどね。」
「だろ~!だから、大切なんだってば。」
こんなくだらない会話でどうしてこんなに楽しいんだろ?渡瀬もすごく楽しそうに見える。ボクの目がおかしいだけかもしれないけど、三浦と居るときよりも楽しそう。こんな会話は渡瀬とじゃないと楽しくないんだろうな…。
渡瀬とだから楽しい。そう実感してる自分。こういうことを自覚してる時点で、ボクは渡瀬にそうとう参ってしまってるんだろうね。
そんなくだらない会話をしていたら、急に少し真剣な声で渡瀬はしゃべりだした。今までの会話なんて、関係なしに全く違う話を…
「あのさ、昨日脳メールして約束した日曜日なんだけど、用事が出来て葉山と遊べなくなったんだ…ごめんな。」
グサリと、胸に何かが刺さる音がした。体が急に油をさしてない機械みたいにギシギシと音を立てて動けなくなる。イッタイナニヲイワレタンダロウ?頭の中では理解しているのに、心が拒んでいる。だけど、ボクの口は自分の意思とは関係なく動いていた。
「最近、三浦とつるみだしてから、全然出かけて無いじゃん。だから、今更だよ。別に渡瀬と出かけるのが楽しくて出かけていたわけじゃないじゃん。ボクの『無表情』とか『口の悪さ』を直すために手伝ってくれてたわけでしょ?それに最近そのリハビリも無いってことは、渡瀬が見る限りだいぶよくなってことじゃないの?だから、無理にボクを誘って遊びに行かなくても良いんじゃない?」
もう、何も考えられ無かった。ただ、自分の言葉なのに、第三者として聞いているような不思議な感覚。もう心が動いていないんだ。だから、何も感じない。多分、いま心が動き出したら壊れてしまう。
「前に比べたらだいぶよくなったよ。けど、まだまだだとは思うんだ。ここ最近は色々あって、遊びにいけてないけど、久しぶりに葉山と出かけたいって思ってたんだけどさ。用事が入っちゃって、ほんと俺もかなりガクってきてるんだけど」
「だから別に良いって…今日はここで良い。送ってくれてありがと。ばいばい」
渡瀬はまだ何かを言いたそうだった。けれど、それを聞くような余裕は今の僕には無い。
もう限界だった。もうこの場所に居たくなかった。早く渡瀬と離れたかった。もう家も眼と鼻の先立ったし。ここまできたら送ってもらう意味もない。
ほとんど走ってしまっていたと思う。渡瀬の横を抜けると一目散に自分の家に向かって走っていった。
どうやって、鍵を開けて家に入ったのかすら覚えてない。気がついたら自分の部屋のベッドの上でうずくまって泣いていた。
会えると思っていたのにそれを裏切られてしまった。期待をしてい多分落胆が物凄く大きい。久しぶりに会えるって言うのんでボクが舞い上がりすぎたんだ。
『今度はいつ会えるの?』って聞きたい。『ほんとはずっと一緒にいたいよ』って言いたい。だけど、ボクにはそれを言う資格がない。だって、『カノジョ』じゃないんだから。
ボクは、彼のトクベツになりたかった。
◆
春休みに入る日に、ボクは渡瀬に告白された。
別に、告白されたから好きになったって訳じゃない。休みの日にふたりで遊びに行ったりとか、渡瀬の家に花を買いに行ったりしてるうちに気がついたら好きになっていた。何をするにも渡瀬のことを考えてしまう。はじめは何かの病気かと思ったくらい。
渡瀬のお陰で少しだけマシになった言葉遣いと態度で、2年生になってやっと友達と呼べる人も出来たし、学校生活も楽しいと感じれるようになってきていた。渡瀬のお陰でボクの生活は確実に良い方向に向かっていたんだ。
2年生になった5月くらいからかな、渡瀬の周りに三浦が付きまとい始めたのは…始めは恋愛相談みたいなことで渡瀬に話しかけていたのを記憶してる。それでも、休みになったら二人で出かけたりするのは続いていた。渡瀬とならどこへいっても、なにをしてても退屈なんて感じなかったし、心の全てが満たされていて充実していた。
それが、6月に入ってからはばったりと無くなってしまった。ボクから誘ったりとかは全然してなかったんだけど、いつもなら休み時間に『次は何処へ行きたい?』とか話しかけてくるはずなんだけど、ボクのほうへは来ないで三浦とずっと話していた。
最近の様子を見ていると、渡瀬はぼくに愛想をつかして三浦のことが好きになったんだと思う。だって、休み時間もずっとしゃべっているし、二人で帰っているのよく見かける。たぶん、休みの日に出かけなくなったのは三浦とあってるからだと思う。
渡瀬がボクをずっと好きで居てくれる保障なんてないのに、何にボクは安心してたんだろう…
自分の甘さが悔しい。
いつまでも想ってくれているなんて思っていた自分が、今の関係で満足していた自分が腹立たしい。
こんなに後悔するくらいならば、もっと早く自分の気持ちを伝えるべきだった。
トントン
突然部屋に、ドアをノックする音が響いた。
「麗?ご飯だからおりておいで」
お母さんが話しかけてきていた。
「…いらない。」
たぶん、涙声だったと思う。だけど、お母さんは特に気にした様子も無くこう続けた。
「じゃあ、食べたくなったら降りておいでね。」
気を使って何も無かったことにくれるお母さんの気遣いが痛いくらいに胸にしみた。
お母さんに声をかけられて気がついたんだけど、外はもう真っ暗になっていた。
いったい何時間一人で泣いてたんだろ?
ボクは、ずっ~と渡瀬のことを考えて泣いてたんだ。自分でもびっくりなくらい想ってしまってる。
そこまで人を好きになれた自分が少しうれしい。
ボクは、渡瀬に出会えて本当に良かったと思う。彼が居なかったら、多分今も一人ぼっちだ。彼が居たらから、ボクは友達を作ることができた。彼が居たからボクは変わることが出来たんだから。
『好き』って言う気持ちと、『ありがとう』って言う言葉を伝えたい。
もう、ボクのことを好きじゃないとしても、ボクの気持ちを聞いてほしい。
もう、ボクの事見てくれないとしても、ボクの気持ちを分かってほしい。
たとえ、ボクの気持ちに渡瀬がこたえてくれなくてもこの気持ちを伝えよう。そうしないと、ボクは前に進めないから。
読んでいただいてありがとうございます。ご意見、ご感想などがあればよろしくお願いします。わたしが喜びます。