陸海軍対空兵器会議
霞ヶ関の会議棟。春先の柔らかな陽光が磨き上げられた廊下に差し込む。だが、会議室の扉の奥は、別世界のように静まり返っていた。
長机を挟んで向かい合うのは、陸軍航空本部、陸軍技術本部、海軍軍令部、海軍航空本部の代表たち。
いつもなら視線が火花を散らすところだが、この日は妙に空気が柔らかい。
「……それでは、共同対空兵器開発会議を始めます」
議長役の技術官が口火を切ると、全員がうなずいた。
昭和十年代初頭――。
航空戦の脅威は急激に増大し、陸海ともに慢性的な火力不足が露呈していた。
資源と人員は改善されつつあったが、旧態依然の対空機銃では到底追いつかない。
だからこそ、陸海軍は珍しく“仲良く”手を取り合っていた。
最初の議題は「小口径対空火器」、つまり機銃の統一と更新である。
「まずは7.7粍機銃の刷新についてだが……」
陸軍側の石田技術大佐が資料を掲げる。
「歩兵連隊、飛行場、輸送隊……どこへ行っても7.7粍です。だが、敵機の速度は年々増し、これでは威力不足です。
今後の主力として十二・七粍級の汎用機銃を導入すべきと考えます」
「うむ、海軍も同意だ」
海軍航空本部の千早中佐が軽く手を挙げた。
「艦載機の後方防御、駆潜艇や海防艦の自衛火器、さらには基地防空――。
七粍機銃では、もはや“撃った気になるだけ”です。
最低でも十二・七粍、できれば二〇粍に繋げる火力基盤が必要でしょう」
陸海の足並みが揃う瞬間。
会議室には珍しい一体感が生まれ始めていた。
「では、十二・七粍を陸海統一で設計――ということでよろしいか」
議長が確認すると、全員の視線が一点に集まる。
「本銃は七粍の更新とし、対空主力ではなく“汎用重機関銃”として位置付ける。
大量配備可能で、陸海どこでも運用できることを重視する」
「異論なし」
まず海軍。
「陸軍も同意する」
続いて陸軍。
だが、ここで一人、細身の陸軍技術将校が静かに手を挙げた。
「一点。海軍案では航空機搭載を前提にされていますが……。
陸軍側としては、歩兵運用と車載運用の“整備性”を最優先したい。
交換部品、銃身、更に給弾方式――これらの統一が条件です」
「む……それは当然だ。海軍としても空母運用を考えれば整備性は重要だ。
布ベルトは廃し、金属リンク給弾へ全面移行としたい」
「銃身交換は工具なしで三十秒以内。……いかがか」
「陸軍も異存なし」
議案が一つひとつ積み上がっていく。
まるで積み木が形を成していくように、十二・七粍の姿が明確になった。
議長が書類を捲る。
「では、名称案について。
海軍は九九式を継続したいと聞くが」
「しかしそれでは陸軍制式との不整合が生じますな」
海軍側が口をつぐむ。
その静寂を破ったのは、石田大佐だった。
「いっそ――“乙式十二・七粍機関銃”でどうでしょうか。
陸海共通、別枠の新規体系として扱う。
儀礼的名称にこだわるより、実質を優先すべきかと」
海軍側の技術将校たちは顔を見合わせ、すぐにうなずいた。
「……異議なし。
むしろ分かりやすくて良い名称だ」
場が一気に軽い空気に変わる。
「では、乙式十二・七粍機関銃――陸海軍共通制式とする」
議長の声が会議室に響き渡った。
その瞬間、陸海軍の技術将校たちは、静かな充足感を覚えた。
誰も声に出さなかったが――
“これでようやく、対空火力の基礎を築ける”
そんな確信が、全員の胸に宿っていた。
会議の第一関門は突破した。
そして次の議題――二〇粍機関砲――が、その扉の向こうで待っている。
ーー
十二・七粍汎用重機関銃の統一が決まった翌日。
会議棟の同じ部屋に、再び陸海軍の技術将校たちが顔を揃えていた。
昨日よりも空気が軽い。互いに一歩、信頼を寄せた証だ。
「では、第二議題――主力二〇粍機関砲について入ります」
議長の言葉に、資料の束が一斉に開かれる。
二〇粍は、単なる更新ではない。
“航空戦、艦隊防空、地上防空、そして車載火器――すべての基盤となる兵器”
陸海軍双方が最も重視する、大黒柱の存在だった。
「まず海軍案から説明します」
千早中佐が立ち上がる。
背後の図面には、改良型九九式二〇粍の影があるが、すでにそれを越える形状が描かれていた。
「現在の九九式は優秀ではあるが、欠点も多い。
反動の強さ、銃身過熱、弾詰まり……特に艦載三連装では整備員泣かせだ。
これを一新し、“次世代の二〇粍”として統一設計を提案したい」
図面に赤い線が引かれ、改良案が示されていく。
・反動を30%減らすためのガス圧式改良
・過熱に耐える太径銃身
・航空機用は軽量版を別設計
・艦載型は単装・連装・三連装を標準化
・発射速度800〜850発/分を目標
さらりと言ったが、日本技術史で言えば飛躍的な数値だ。
「ふむ……しかし、陸軍としても意見がある」
今度は陸軍航空本部の石田大佐が身を乗り出した。
「地上での対空運用と、対空戦車への搭載を考えれば、“整備性と信頼性”こそ命だ。
過熱を嫌う戦場で、銃身交換は“片手で操作可能”でなければならん。
また、給弾方式も航空用と艦載・地上用でベルト給弾を主体にすべきです」
「機関部は壊れにくく、部品交換は半熟整備兵でも五分以内……という条件もほしいですね」
静かに付け加えたのは、海軍の若い技術中尉だった。
陸軍側が驚いたように目を向ける。
「海軍も、そこまで整備性を?」
「空母では整備員の負担が戦闘力そのものです。
整備が難しい火器は、戦場で使い物になりません」
その言葉に、陸軍側の視線が柔らかくなる。
昨日の12.7mm会議で生まれた“分かり合い”が続いていた。
「では、航空機用についてはどうするか」
議長が別の資料を示す。
「海軍は九九式の更新として、軽量化版二〇粍を望んでいる。
一方、陸軍はホ二〇の改良案を出している。
この二つ――統合は可能なのか?」
室内に緊張が走る。
ここが最も揉める可能性のある部分だった。
海軍の千早中佐が、一呼吸おいて口を開く。
「……正直に申すと、我々も海軍式に固執したいわけではない。
ただ、艦上戦闘機のスペース、重量、発射速度――これらの兼ね合いが難しく、簡単に合意はできない」
「陸軍も同じです。
しかし、互いに“別物”を作ってしまえば困るのは現場です」
石田大佐も静かに応じる。
「どうでしょう。
機関部を共通化し、
航空機用は“軽量銃身・低反動型”、
地上・艦載型は“重銃身・高耐久型”
として、外装を分ける形で――」
「……可能だな」
「やれる」
「構造的にも整合が取れる」
陸海双方の技術将校が、次々とうなずき始めた。
まさに“陸海軍共同”と言える設計の姿が、形を結びつつあった。
議長が確認する。
「では統一案の骨子は以下でよろしいか」
・名称は「甲式二〇粍機関砲(仮称)」
・機関部は陸海共通
・航空機用は軽量型、艦載・地上用は重耐久型
・単装・連装・三連装を標準化
・給弾は基本ベルト式、航空型のみドラム併用可
・発射速度は800発/分を目指す
・銃身交換は片手操作可能、三十秒以内
「異議なし!」
会議室に揃った声が響き、軽いざわめきとなった。
誰もが昨日より少しだけ笑っている。
陸軍も海軍も、自分たちだけでは達成できない水準へ手を伸ばしたことを、肌で感じていた。
議長が最後のページを閉じる。
「では、甲式二〇粍機関砲――開発開始とする。
これをもって、次は三〇粍・四〇粍への拡張構想へ進む」
その言葉に、陸海の将校たちは思わず前のめりになる。
二〇粍は確かに重要だ。だが、“その先”にこそ夢がある。
三〇粍、四〇粍――
まだ誰も手にしていない、本当の“対空火力”が。
会議は、さらに深い熱気の中へ続いていく。
ーー
二〇粍機関砲の統一設計がまとまり、会議は次の段階へと進んだ。
壁の時計が午後を示す頃、技術将校たちはさらに厚く重い資料を手にしていた。
「第三議題――三〇粍機関砲の共同開発について」
議長の声には、いつになく熱がこもっている。
それもそのはずだ。
三〇粍は“対爆撃機戦の要”であり、迎撃戦闘機・艦艇防空・対空戦車のいずれにも欠かせない存在となるからだ。
「まず、海軍より案を提出いたします」
千早中佐が再び立ち上がる。
背後の図面には、二〇粍よりひと回り太く、重厚な砲身が描かれていた。
「我が海軍としては、零戦後継機や局地戦闘機に搭載することを前提として、
“高初速・高貫徹・高破壊”の三点を重視した三〇粍を希望します。
九九式の延長では不可能です。完全新設計が必要です」
「具体的にはどの程度の性能を?」
陸軍の石田大佐が訊く。
「初速は850〜900m/s。
徹甲弾であれば、千メートル先で装甲機の側面を抜ける程度。
炸裂弾は一発で大型爆撃機の外装を破る威力を持たせたい」
陸軍側から小さなどよめきが漏れる。
その数値は、世界水準で見ても“前のめり”すぎる要求だった。
「……欲張りすぎでは?」
「こう言うと身も蓋もありませんが、海軍としては“大型機を落とせる武器”が欲しいのです。
敵が重武装の四発爆撃機を大量投入してきた場合、二〇粍では間に合わない」
千早中佐の言葉には、現実的な恐怖がにじんでいた。
艦隊を一撃で沈める爆弾、空母の飛行甲板を貫通する爆弾。
それを積んだ爆撃機を止められなければ海軍は終わる――その危機感だ。
「陸軍の要求は?」
議長が視線を向けると、石田大佐が資料を開いた。
「陸軍としても三〇粍は最優先です。
迎撃戦闘機では、十二・七粍や二〇粍では火力が不足しています。
特に、高高度で飛ぶ大型爆撃機相手には“決定打”が必要だ」
陸軍案の図面が映される。
海軍案より若干軽量だが、必要性能はほぼ同じだった。
「しかし我々は整備性と量産性を重視します。
砲身寿命を延ばし、部品の互換性を大きく確保する。
航空機搭載型と地上・艦載型を統一機関部で運用することを希望します」
海軍の技術整備将校がうなずいた。
「二〇粍で学んだ通り、統一は大きな利点がありました。
三〇粍でも同じく“共通機関部+用途別外装”でどうでしょうか?」
「異議はありません」
千早中佐が即答する。
それだけ、海軍も背に腹は代えられない状況だった。
「では、三〇粍の具体的な形状と性能を詰めて行きたい」
議長が新たな資料を配布する。
「まず、給弾方式は?」
陸軍が問う。
「航空機用はベルト給弾一択でしょうね。
ドラムでは重量と装弾数が不十分です」
「艦載型は?」
「連装・三連装を前提に、ベルト式で。
ただし艦内の弾庫との取り回しを改善するため、弾帯は耐湿性と耐塩性のある布帯ではなく金属リンクとします」
陸軍がさらに提案する。
「対空戦車にも搭載したい。反動制御は?」
「ガス圧+反動利用の複合方式なら安定します。
ただし車載砲塔は反動を吸収するため、架台の補強が必須でしょう」
海軍整備将校が話を補う。
「艦艇では揺れが問題になります。
揺動補正装置を組み込む余地を残してください」
「地上用は三脚でも耐えられるよう、軽量化を視野に――」
議論は止まらなかった。
誰もが各自の“現場の顔”を背負って意見を出し合う。
昨日のような陸海の衝突はない。
代わりに、互いの知識が滑らかに噛み合い、ひとつの武器の姿を形作っていく。
議論が三時間に及んだ頃、議長が静かにまとめを読み上げた。
「では、三〇粍機関砲の統一案は以下とする」
・名称:乙式三〇粍機関砲(仮称)
・用途:航空機、艦載、対空戦車、地上高射機関砲
・機関部は陸海共通
・給弾はベルト式(航空はリンクベルト)
・航空機型:軽量化、発射速度700〜750発/分
・艦載・地上型:重銃身、高耐久、発射速度550〜650発/分
・初速850〜900m/s
・炸裂弾・徹甲弾・焼夷弾を共通規格化
・銃身交換は一分以内に実施可能
「以上について、異議は?」
「海軍、異議なし」
「陸軍、異議なし」
その瞬間、会議室に小さな拍手が広がった。
陸海軍が共同で三〇粍を作る――そんなことは史実ではあり得なかった。
だが彼らは、それを“普通のこと”のように実現してしまった。
「これで、重装甲の爆撃機に対しても十分な迎撃火力が確保できますね」
海軍の若い技術中尉がつぶやく。
「対空戦車の火力も格段に上がる。陸軍としても心強い」
石田大佐が笑う。
千早中佐は資料を閉じながら、深くうなずいた。
「ようやく……日本の空が守れる気がしてきましたな」
その言葉に、会議室の空気がわずかに緩む。
一瞬だけ、未来が明るく見えたのだ。
議長が締めの声を上げる。
「では、本日の議題は以上。
次回は四〇粍について議論する。
これが対空兵器体系の“最後の柱”となる」
部屋を出る者たちの足取りは軽く、どこか誇りを帯びていた。
三〇粍――
その一門が航空戦と艦隊防空に新しい時代をもたらすことを、誰もが確信していた。
ーー
翌週、同じ会議室に再び陸海の技術将校たちが集まった。
三〇粍の成功がもたらした高揚は、まだ室内にほんのりと残っている。
しかし、今日の議題はその余韻すら押し流すほど重大だった。
「第四議題――対空用四〇粍機関砲の共同開発について」
議長の声は静かだが、空気は一気に張りつめた。
四〇粍――それは二〇、三〇とは意味が違う。
“艦隊防空”と“基地防空”の最終ライン。
敵の爆撃機が最後に突破しようとする地点を、物理的に叩き落とす“絶対防壁”である。
「まず、海軍から案を提示いたします」
千早中佐が立ち上がり、図面をめくった。
そこには細かいフィンの入った長い砲身と、がっしりとした揺架が描かれている。
「海軍としては、従来の三・七糎や四〇粍“ポンポン砲”を完全に置き換える、新世代の高速対空砲を望みます。
要求は明確です――“命中率・射程・制圧力”、この三点の最大化です」
「どの程度の性能を目指す?」
陸軍の石田大佐が腕を組む。
「初速は900〜950m/s。
対爆撃機用の榴霰弾で、三千メートル先の機体を一撃で損傷させる威力。
加えて――発射速度は最低でも毎分150〜180発を確保したい」
陸軍側がざわついた。
四〇粍でその連射だと、もはや“機関砲というより小型自動砲”である。
「……千早中佐、それはさすがに高すぎではないか?」
「承知しています。しかし――」
千早中佐は静かに言葉を続けた。
「戦艦を沈めるのは、機関銃でも戦闘機でもありません。
重爆撃機の落とす一発の爆弾です。
これを止められなければ、海軍は何も守れません」
その言葉に、誰も反論できなかった。
続いて石田大佐が資料を掲げる。
「陸軍も同意見です。四〇粍は“高射機関砲の主力”とします」
映された図には、三〇粍を一回り大型化したような堅実な設計案があった。
「我々が重視するのは、量産性・整備性・長時間射撃の安定。
前線基地や都市防空では、“弾幕を途切れさせない”ことが重要です」
「航空機搭載は?」
「重量的に現状は困難でしょう。あくまで地上・車載・艦載用です」
千早中佐も同意した。
「海軍も航空用は想定していません。四〇粍は“陣雷”の胴体に入れるわけにもいきませんからな」
室内に小さな笑いが生まれ、緊張がわずかにほぐれた。
「では、三〇粍と同じく“陸海共通機関部”で行けるか?」
「可能だと思います。
ただし四〇粍は反動が桁違いで、揺架や架台の設計が用途別に大きく変わります」
「給弾方式は?」
「ベルト式が望ましいが、四〇粍の金属リンクは重量が嵩みます。
艦載型と車載型は電動式の給弾補助装置を付けるべきでしょう」
「弾薬の統一は?」
「必須ですな。榴霰弾、徹甲焼夷弾、近接信管式榴霊弾――
これらを共通化すれば補給が楽になる」
議論は二〇粍、三〇粍の時よりもさらに熱を帯びていた。
誰もが“これが防空の頂点になる”と理解しているからだ。
「反動軽減は?」
「駐退・復座機構を強化し、艦載型は油圧とバネの複合式。
陸上型はリコイルを短縮して射撃速度を稼ぎたい」
「耐久性は?」
「銃身寿命は最低三千発。目標五千発。
熱問題は水冷か空冷かで議論が必要だ」
三時間の議論は、まるで“作戦会議”そのものだった。
誰もがこの四〇粍に国家の未来を託そうとしていた。
夕刻、議長が静かに結論を読み上げた。
「では――四〇粍統一機関砲案の暫定仕様を示す」
・名称:丙式四〇粍自動砲(仮称)
・用途:艦載主力対空砲、基地・前線防空、対空戦車
・機関部は陸海共通
・給弾:ベルト式(電動補助装置標準)
・初速:900〜950m/s
・発射速度:
艦載・車載型:150〜180発/分
地上型:120〜150発/分
・銃身寿命:3000〜5000発
・弾薬:榴霰弾、徹甲焼夷弾、近接信管榴霊弾(共通化)
・架台・揺架・照準装置は用途別設計
・連装・三連装・四連装への発展を前提
「以上について、意見は?」
海軍、陸軍、ともに沈黙。
その沈黙は反対ではなく――重い“覚悟”だった。
「……異議なし」
千早中佐が深くうなずき、石田大佐も同じように答える。
「では、四〇粍共同開発を正式に開始する!」
その宣言とともに、会議室に静かな拍手が広がった。
技術者たちは疲れた顔のまま、それでも誇りを隠せずにいた。
彼らが設計した四〇粍は、
後に日本の空と海の“砦”として語られることになる――。




