第35話:新九郎の道程
───斎藤新九郎side
「・・・・ここまで予想通りに動いていいのか・・?あ奴ら欲張りすぎだろう・・・」
杭瀬川を見下ろす高台で、新九郎は眼科の道を眺めていた。
川沿いの道を、長蛇の列がとぼとぼと進んでいる。
朝倉の略奪部隊であるが、銭の重さもあるが、反抗する奴隷たちが多く、遅々として進んでいない。
こちらに注意するものも、ほぼいない様な有様だ。
これでは、簡単に目標が達成できそうだ。
「まぁ、簡単に越したことはないか・・」
朝倉兵の隊列は、こちらが攻めかかる前から無惨なほどズタズタで、伸びきっているし、歩みも遅い。
兵士たちは欲の皮を突っ張らせて、背嚢にかなりの銭を抱え込んでいる。
さらには、銭を背負わせて進む捕虜たちの姿も多くあった。
彼らは数珠繋ぎに繋げられ、兵たちによって引かれている。
その中には、庄屋や商人、あるいは寺の住職などといった者たちも多く含まれている様だった。
「若」
「どうした?」
「配置完了しております。」
「そうか・・。では向かう。」
斎藤新九郎は、アレらの略奪部隊に対して襲撃を掛ける狙いだった。
「よし。行くぞ!」
その掛け声ととともに、新九郎だけでなく、西美濃の国人衆たちも同じ様に動き出す。
彼らも、略奪されるのを待ってから、朝倉兵を襲撃するというその案に乗ったのだった。
「朝倉兵をしっかり狙えよ!ほれ、掛かれ、掛かれぇえ!!」
新九郎の声がこだまする。
その声と共に、美濃の兵たちも銭を持って戦うに戦えない、逃げるに逃げられないといった有様の朝倉兵たちを容易く制圧していく。
略奪部隊の組頭のひとり、平三は、その襲撃を受けて、部下たちに声を上げた。
「おい!敵だ!!全員、銭を置いて戦え!・・ほら早くしろ!!銭をおくんだよ!」
「(うるせえよ!誰が捨てるか・・絶対に離さねえぞ。これだけの銭、次にいつ出会えるかわからねえんだ)」
しかし、その兵たちも、欲に駆られて銭を手放さず、しかもそのまま逃げ出そうとする始末だった。
「(くそがっ!阿呆どもが、死んだ先にまで銭は持っていけねえんだぞ?とっとと捨てろや!)」
平三も内心で絶叫しつつ、このままでは勝てないな、と部下たちを放って逃げ出す算段を立て始める。
だが、そんな平三の元にも、死神の足音はやってきた。
「逃げるな!盗人共!!俺から逃げられると思っとるんか!?」
と、氏家直元は、押さえ込んでいた怒りを爆発させ、朝倉の略奪兵連中に逆撃をかけた。
数多の矢が、朝倉の兵たちに降り注いだあと、
騎兵や歩兵が、銭袋が破れて拾おうとしている者や、捕虜たちを盾にする者など、そういった者たちへ攻撃を加えていった。
「ふんっ、他愛無い。」
新九郎たちは、ほとんど反撃にも遭うことなく、彼らの運ぶ荷や捕虜を取り戻した。
その際に、捕虜となった者たちは、一日だけ拘留することを告げられ、拘束されたまま一日を過ごすこととなる。
もちろん、寝床は用意されるし、食事も与えられ拘束もされない。
だが、彼らに待つ悲壮な運命は、まだ終わりを見せていない。
しかし、そのことを彼らが知るのは、まだ先のことであった。
「朝倉の兵は殺せ!生かして返せば、逆撃を受けるぞ!!」
新九郎は、兵たちに声をかけ続ける。
実際、ここでできる限りの朝倉兵を殺しておくことこそ、美濃の者たちが生き残る道である。
そして、この陰では、また別の策謀も動いているのだった。
「(真禅院にいった者もうまくやった様だな)」
新九郎が、真禅院の方に目を向けると、そちらから黒い煙が上がっているのが見えた。
真禅院では、斎藤家の者たちによる襲撃が行われていたのだ。
ただ、朝倉兵たちとは異なり、その狙いは銭や物資ではない。
生き残った、斎藤家に反抗的な連中と彼らが抱えていた証文などが狙いだ。
また、その他、経典や地図、税に関する書類のような行政書類など、今後の支配に使えそうなものは軒並み奪われることとなる。
真禅院の勢力は、この時を境に歴史の裏側へ消えていくことを余儀なくされるのだった。
また、朝倉の略奪部隊が撃滅された後、朝倉兵を率いる宗滴は、撤退の指示を出すこととなる。
略奪部隊から逃げ出した者からの報告で、部隊が壊滅したことの報告を受けた結果であった。
「ぬ・・・、これでは損が多くなりすぎるな・・。美濃攻めは失敗か。」
宗滴は、予想以上によく動く美濃の者たちへ警戒し、これ以上の損失を広げないように撤退を決めたのだった。
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───稲葉山:斎藤利政寝所
朝倉兵撤退より数日後
そこには、未だ死の匂いが漂っていた。
斎藤山城守利政は、高熱と激痛の狭間で、夢とも現ともつかぬ波間を漂っていた。
左腕のあった箇所は、火で炙られているように熱く、それがさらに意識を途切れさせた。
「ぐぅぅ・・・信秀ぇ・・道利・・・・殺る・・やめろ、焼くのはやめろ・・・・」
うわごとだけが、彼の口から発せられていた。
そんな利政の脳裏にあったのは、八剣砦での攻防。
勝利したと思った瞬間と、それをひっくり返すように、腕を持っていかれた瞬間の情景であった。
マムシとまで呼ばれた自分が、あっさり敗北したその時。
そのことを彼は痛みの中で、繰り返し夢見ていた。
「殿・・・」
誰かの呼ぶ声が聞こえる。
懸命に思い瞼を開き、その者の表情を視界に入れた。
長井道利、斎藤新九郎。
弟と出来の悪い息子だ。
「・・・戦況は・・、どうなっておる・・・・」
利政は、欠片も期待していない状況を二人に聞いた。
朝倉と織田の同時侵攻。
この戦況が自分抜きで勝てると思うほど、利政は楽観していなかったのだ。
しかし・・・
「織田、朝倉、両軍ともすでに撤退しております」
「な、なに・・・ごほっごほっ・・」
「兄上!水です、さぁ・・」
道利が慌てて水を飲ませる。
「っ・・っ・・・はぁはぁ・・・」
冷たい水が喉を通り、利政の脳裏が、やっと落ち着きを見せ始める。
「だ,大丈夫ですか?父上。」
「・・ふぅ・・・、あぁ問題ない。とりあえず、一から説明せよ。」
「わかりました。・・・まず、父上はどこまで覚えておられますか?」
すぐさま説明を始めようとする新九郎であったが、父親の状況を思い出したのだろう。
まずは、利政に記憶の最後を確認した。
「覚えて・・そうだな。織田を押し戻し、あの砦に押し込んだところまでは覚えておる。それと、何かに腕を持って行かれたこともな」
「なるほど・・。でしたらまず、織田について説明いたします。」
「あぁ」
「織田の軍は、八剣の城に入り込んだ後、防衛戦を展開いたしました。
しかしながら、当家の兵たちは瞬く間にやられていき、あっという間に2000の兵がやられたそうです。それも組頭を中心に。」
「・・・なに?押し込めていただろう?なぜ、そこまで被害が出た?」
「それが・・・、恐らくはあの砦の形状です。」
「形状・・・あの突き出たような形のあれか?」
「えぇそうです。あのあと確認もさせましたが、どうにも、こう・・、五芒星の形になっているようです。」
「五芒星・・・だと?なんの意味が・・・?」
「それはこう、ここからここへ攻撃が通ります。つまり、あの突き出た部分は、全てが死地となっている様でして・・・」
「そうか・・・。なんというものを・・・・」
「えぇ・・・それと、あの武器もかなりの脅威です。攻城戦であったため、ひとつたりとも鹵獲できていないのが残念です・・。」
「・・・・・・で、朝倉はどうなった。俺がやられた後、軍を撤退させたのだろう?」
「えぇ、申し訳ありません。兄上。私の独断ではありましたが、撤退の指示を・・・」
「道利、構わん。俺が倒れたことの方が悪い。お前に罪などないわ」
「殿、有り難く。」
「それより、朝倉は?どの様にして撤退せしめた?織田の撤退を聞いて撤退したわけではないのだろう?」
「えぇ、もちろんそうです。・・・それは、この新九郎の案に乗りまして」
「新九郎の・・?どんな案だ?」
利政は、自分の考えたものとは違う案に興味を示した。
愚鈍だと思っていた息子が、朝倉を撤退させる案を閃いたと聞いて、疑念と期待を持ったのだった。
「実は、まず最初に、当家の蔵を開きました。」
「蔵を?それで交渉でもしたのか?」
「いえ、朝倉は略奪が目的だとわかっておりましたので、買い取らせました。襲撃先の庄屋や商人、そして真禅院から。」
「何?買い取った?そのために奴らに銭をやったと?」
「まぁ、端的に言えばその通りです。しかし、それで終わったわけではありません」
「・・・・聞こうか」
「はい。買い取った後、噂を流しました。美濃の兵は救援に出ることと、赤坂の港から船が出て逃げられるだろうこと。
そして、真禅院では、多少の出費で生命と銭を守ってもらえること。」
「ほぉ・・・」
「略奪部隊に狙われた民草は、真禅院や赤坂宿に集まることになりました。もちろん、途中で襲撃を受けた者もおりましょうが・・。」
「それはそうだろう。続きは?」
「赤坂宿と真禅院が襲われました。」
「なるほどな。略奪する品がなくて暴発したか・・・。普段なら襲わなかっただろうな」
「えぇ。あそこは堅牢ですから。しかし、民草が集まりすぎてはどうにもなりません。
ましてや、彼らは銭を支払うから守ってくれといってきたのです。アレを追い返しては、古刹としての面目すら保てなくなります。」
「まぁ、断れば断ったで、終わったかもしれんな。しかし、一部だけでも断るものは出ただろう?」
「まぁ、それはそうでしょうが・・・。それでも置いてくれと、周囲に居座るものたちを追い払うわけにもいきませんので・・・」
「そうか、それはつまり、門も開いたままだったと?」
「まぁ、閉められなかったのでしょうね・・・」
「僧兵はどうした?」
「ほとんどが、避難民たちの対処に追われた様ですね」
「それでは、無防備も同然ではないか?」
「えぇ。実際、僧兵たちは一人ずつ囲まれて殺された様でした。逃げ出した者もいましたが・・・、コチラで殺りました」
「ほぉ!なかなかやるな。で?そのあとは?」
「その後は、真禅院や赤坂宿の商人たちが襲撃を受けて捕えられ、銭も朝倉兵によって奪われましたな」
「ふむ・・・では取り返せてはいないと?」
「いえいえ、流石にそれは・・。もちろん、山ほど銭と捕虜を抱えた奴らを、しっかり襲いましたとも。」
「では、支払った銭も人も取り戻したということか?!くくくくく・・・痛ぅ・・」
利政は、その内容を聞いて笑い出す。
だが、傷が痛むのか、またしてもうめくこととなる。
「父上、ほら、もう寝ましょう・・・」
「あ、あぁ・・・・。では、それで終わりか?」
「いえ、それ以外にも、朝倉に味方した者らは、民草を除き、軒並み襲撃を仕掛けております。」
「ほう、そうなのか?」
「えぇ、兄上。ですので、当家の蔵の中は、既に戦前より銭と金銀などで埋まっております。」
「くくくくくく・・・・、なんということよ。」
利政は、またしても笑い出し、傷の痛みにうめきながらも言葉を返す。
「俺には見る目がなさすぎるな・・・。新九郎、お主、俺を超える謀略家になりおってからに・・・」
「・・・買い被りです、父上。私は、ただ勝てる手を打っただけで・・・」
「それでよい。勝ててこそ武士よ・・。卑怯だの武士の流儀だのは、言いたい奴に言わせておけ・・」
そう言って、利政は目を閉じる。
「しばらくは、主が美濃の主だ。もうよい、お主に任せる。道利、此奴を支えてやってくれ・・・」
「はっ、畏まりました。」
「俺はもう寝る。・・・今日は良い夢が見られそうだ・・・・。」
そうして、しばらくすると、利政の寝息が聞こえてきた。
「父上・・、良い夢を」
新九郎と道利は、そう言って寝所を後にした。
「叔父上、任せると言われたが、次はどうすべきだ?」
「・・・そうですな。まずは論功行賞、と言いたいところですが、これはほとんど終わっておりますから、来月あたりで良いでしょう。
それよりまずは、織田への対処ではないかと」
「織田か・・・」
織田家は、八剣に砦を築き、今もなお居座っている。
大部分の兵は帰還したとはいえ、稲葉山の喉元に突きつけれたような位置取りにあるその城は、
斎藤家にとって、排除したくてもできない楔と化していた。
「停戦・・・、いや、同盟あたりにすべきか」
「それも良いでしょうな。織田と戦うといことはアレを落とすということ。あの城を落とすのは至難です。どうせなら味方につけた方がよろしい。」
「では条件はどうする?」
「土岐は、受け入れねばならんでしょうな・・」
「その他は?」
「できれば、婚姻でも結べれば良策なのでしょょが・・」
「出だしは勝っていたとはいえ、最後には負けているからな。向こうとしても認めづらい、か」
「それもありましょうが、結ぶとすれば、織田の三男となります。これでは、いささか婚姻の意味が薄くなってしまうかも、と」
「ん?嫡男がおっただろう?確か、まだ10ほどはないか?」
「今回の戦の後、既に婚約関係を発表しております。国内も賛成のものが多い様子でして・・、コチラから持ち掛けても乗らぬ可能性が高いかと」
「そうなのか?どこの家だ。当家より上か?」
「・・・ある意味においては」
「・・・・どこだ?」
「あの砦を作った、千秋家の者です」
「・・・・・・・・確か、熱田神宮の」
「大宮司ですな」
「・・・はぁ・・、それでは受けんだろうな」
「えぇ、相手が悪すぎます。」
「・・・側室、では立場が悪すぎるか」
「・・・・・ですな。・・いえ、陪臣の娘なら・・・」
「ふむ、誰か当てがあるのか?」
「いえ、うちの娘と千秋の家の息子というならどうでしょうか?」
「ほぅ・・・。案外悪くない案に聞こえる。よし、ではそれで打診してみるか」
「はっ!では、内容を詰め、そのまま織田へと打診いたしましょう。」
「・・・あと、土岐はどうする?」
「まぁ、一度は受け入れて、その後適当な理由をつけて追放すればよろしい。どうせ、またなにかやらかすでしょう」
「そうか、わかった」
そうして、斎藤は織田と手打ちを望む様になる。
織田も史実より被害は少なかったとはいえ、
千秋なしでは、大敗北を喫したに相違なく、斎藤家の力を認めた上で、和睦、同盟と話を進めることとなっていく。
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