第33話:加納口の戦い・八剣砦の攻防:終結
───斎藤利政side
「ぐっ!!」
強い衝撃と共に、腕の感覚がなくなる。
意識はまだあったが、余りの衝撃と痛みに起き上がれなくなる。
「ぐほっ、ごほっ」
どこかが切れたか破裂したか、もしかすると矢が貫通したのかもしれない
そのまま血反吐を吐いた。
思考ははっきりしていたが、声が出ない。
周囲の音もうまく聞こえない。
遠くの情景を見ているように、俺は、周囲を見ていた。
弟の長井 道利が、全軍に指示を出してるのが見える。
「あ・・え・・・」
俺も道利に指図を出そうとするが、声が出ない。
左胸が痛い。
左腕の感覚も無くなっている。
もしや、腕を持っていかれたんだろうか・・・?
「(悔しいな・・・信秀の奴め・・・・)」
そんなことを思ったまま、利政は意識を失った。
───長井道利
殿が射られた。
どう考えても、射程内にはいなかったはずなのに、織田の矢はここにまであっさり飛んできた。
飛んできた矢が殿の左腕を貫き、殿の腕を持っていった。
その際の衝撃が強かったのだろう。
殿はそのまま倒れられ、意識を失ってしまった。
織田を追い詰めていたと思ったのに、気付けばこの様だ。
私は、悔しくて悔しくて仕方なかった。
しかし、この状況で攻撃を続けるわけにはいかない。
前線の兵は既に溶けるように減っているし、後ろの兵も組頭から順に狙われている。
ましてや、殿がこの様だ。
どう考えても、攻撃を続けるわけにはいかないだろう。
「早く、殿を医者に見せねば・・・!撤退!撤退だ!!」
独断ではあったが、私の指示で全軍に撤退命令を出した。
あのような短期間ででいた城が、ここまでだったとは・・・
殿も私も、完全に舐めてかかっていた。
いや私たちだけではない。
美濃の国人衆も含めた全員が、舐めていただろう。
だが、たかだか2週間だぞ?
しかも、すぐそばで戦があるような場所で作られた城だ。
そんな城がどうして強いと思える?
どう考えても、短期間で積み上げただけの城だろう?
ハリボテだと思って何がおかしいんだ・・・?
そんな我々の思いとは裏腹に、事態は進行していった。
数千の兵が瞬く間に溶けていって、最後は殿が射られた。
しかも、数町は先の城からだ。
弓なら確かに届かない距離ではない。
しかし、そうは言っても山なりに射って、届けば御の字といったところだ。
殿のように、腕が持っていかれるほどの威力などない。
「織田め・・・一体どんな技があればこんなことを・・・・・」
私には、いくら考えても分からなかった。
もしかすると、殿ならわかっているのかもしれないが、現状では生死すらも危ういほどだ。
結局、そのまま斎藤の軍は撤退した。
しかし、織田側にも追撃するだけの戦意はなく、織田家と斎藤家は、そのまま停戦することになる。
停戦条件には、土岐頼芸の美濃復帰が条件にされており、斎藤家側もこれを飲んだ。
しかし、当然ながら、土岐頼芸は半年もしないうちに再度追放されることになる。
───時は戻って、織田家側
八剣砦:本丸櫓
「外れました。風ですかね・・」
「ちっ・・・逸れたか。運のいい奴だ。」
単眼鏡から目を離し、吉法師は悔しそうに呻く。
必殺のタイミングではあったが、風に邪魔されたようだ。
この失敗は痛い。
やったのが腕だけであったので、利政が生き残ったのはほぼ確実だろう。
こちらの運が良ければ殺れている可能性もあるが、そこまで望むのは、高望みが過ぎるだろうな。
そして、利政が生きているとすれば、この弓に対する対策の一つや二つ思いつくのではないだろうか?
少なくとも、射程外に出られれば、こちらとしても対処のしようがないし、盾などで対策されれば、それだけで防がれる。
五町の距離でこの威力だ。
もしかすると、これ以上の距離でも使えるかもしれない・・・。
「(いや、待て。威力は足りるが、さっきの狙撃も狙いを外したな・・。距離が長くなれば、風の問題も出てくるのか・・・・??)」
吉法師は気付く。
長距離狙撃には、重力・風・時間・射角・空気密度、本当に様々なものを気にしなくてはならない。
だが、それに気付くまでには、もっと多くの時間が必要なのであった。
「お、退いていくぞ!」
兵士の声が響く。
斎藤家の軍は、利政(道三)の負傷と共に退いていった。
その光景が、兵たちからも見えたのだろう。
そのために歓声の声が上がったようだった。
しかし、織田の兵もそれ以上の元気はなかったようだった。
歓声も、勝利に対する声というより、生き残ったことに対する安堵の声と言った方が強いかもしれない。
勝利はしたが、織田の被害も大きかった。
砦での攻防戦は、織田の完勝だったが、その前の稲葉山攻めが一番痛かった。
この戦いでの織田軍の被害は、死者が800名ほどだった。
史実で3000名以上が亡くなった織田軍の悲劇を、季光と吉法師は、完全に回避できたのだった。
───戦後:八剣砦
八剣の拡張された二の丸には、稲葉山攻めから生き抜いた、4000名ほどの織田兵がひしめき合っていた。
泥に塗れ、傷付き、疲れ切っている男たち。
そんな者たちが、砦での攻防戦の後、安堵の表情を浮かべて倒れ込んでいた。
そこへ、一人の少年が大きな籠を引きながら回っている。
派手な着物に荒縄の帯。
どこの修験者だ?というような様相だが、先ほどまで見張り台の上で怒鳴り散らしていた"うつけ殿"だった。
「大丈夫か?死んではおらんな?・・・ほれ水・・・それに菓子だ。」
そういって吉法師は、白濁した水と、白い丸薬のような小粒の石を、兵に渡して回る。
「わ、若さま・・・これは・・?」
「・・・?あぁ、そうか言い忘れておったわ!・・これはな、熱田の者らがよく飲む、"熱田の神水"よ。白い菓子の方は、"ラムネ"という甘い菓子だ。海向こうから来たもののようだが・・、最近ではこちらでも作っておるものらしいぞ?いいから食ってみよ。食えばわかるわ。」
白く白濁した水と白い石ころに、おろおろと動揺していた兵たちが、吉法師に問いかけた。
「やはり、うつけか・・」とこれだけで、貶す者もいるようだ。
しかし、「・・・んっ!!・・甘い!!!甘いぞ、これ!」と騒ぐ者が出てからは、他の兵たちも次々に渡された水と石を食していく。
最初は恐る恐るだったが、一口舐めてみて、その甘さを知ってからは、飛びつくように舐めて飲み始めた。
「おい!お主ら食わんのか?!」
「・・・いや、流石にな・・」
「食わんのなら、俺に寄越せ!」
「お、おい!食わんとは言っておらんだろ!!」
などと、争う声も聞こえ出した。
すると・・・
「騒ぐな!!!!」
人に出せないような大きな声が鳴り響く。
吉法師が、雷鳴筒を使い周囲を怒鳴りつけたのだ。
「数は十分にある!いちいち取り合うでないわ!!これは、熱田の千秋家から無償で提供されておるのだぞ!
まずは、そのことに対する感謝が先であろうが!!!!」
と、熱田が出所であることと、無償で千秋家が出していることを怒鳴りつけながら明かしている。
これに対して、バツが悪くなった者たちも落ち着きを見せ、「千秋様・・、ありがとうございまする」と、
千秋季光の方を向いて、一人また一人と感謝の言葉を言い始めた。
吉法師は、それに満足したのか、うんうんとうなづきつつ、また神水とラムネを配り始めた。
この外の人間からは分かりづらい"熱田の神水"の正体は、経口補水液、いわゆるスポーツドリンクである。
現代の人間が飲んでいるア⚪︎リ⚪︎スやポ⚪︎リス⚪︎ットとは異なり、もっと甘くない本当に経口補水液に近いものとなっている。
あれらのスポーツドリンクは、この甘味に慣れていない時代の人間には甘すぎるのだ。
甘いものというのは、急に食べると口内に痛みを感じることもあるから、この時代の人間にそれを飲ませるのは避けた方がいいと、御霊蛇は考えた。
その結果が、真水に、塩・ブドウ糖・クエン酸・カリウム・マグネシウムなどを加えた、"熱田の神水"である。
甘味は、この時代の人間に合わせて調整してあり、季光や他の千秋家の家臣団には、何度も試飲してもらい作り上げたのだ。
甘味の方は、最初は木屑などから作っていたのだが、結板の量産が始まって以降は作れていなかった。
それを解決したのは、この八剣砦の地にもともとあった、葦などの草類である。
これらの草や根は、ダンジョン内でドロドロに分解されて溶かされる。
その後、生み出された糖液は、不純物が取り除かれ、さらに濃縮されていくのだ。
そうすることで生まれたのが、このラムネで。
それを使って生まれたのが熱田の神水というわけだ。
「ほれ、まだまだある。飲め。」
吉法師は、そう言いつつ兵たち全員に配って歩く。
もちろん、彼一人で配っているわけではない。
熱田の兵たちも同じように手伝っている。
その光景だけでも、兵たちから見れば、熱田の兵が吉法師に従い動いているように見えてくる。
「・・・どこがうつけだ」
「うつけどころか・・・」
「今まで、ここまでしてくださる方はいなかった・・・」
織田の兵たちの間で、吉法師の評価が高まりつつあった。
吉法師自身にも、その言葉は聞こえてくる。
しかし、吉法師は気にした様子も見せず、水と菓子を配り続けたのだった。
───織田信秀
「・・・やりおるな・・。」
織田信秀は、鐘楼からその光景を見下ろす。
彼は、自身が吉法師を嫡子としたことに確信を抱いていた。
「しかし、殿。この場におるものどもは良いとしても、この場におらぬ者はどうなさいます?」
平手がそう問うてくる。
「おらん者、か。とはいえ林や山口くらいだろう?それくらいなら、納得させられんか?」
「さて・・・。私からしますと山口などは危ういかと。それと、林も兄の方はともかく、弟の方は・・・」
「アレか・・・。秀貞も家族運には恵まれんな。」
吉法師を見て、信秀と政秀が語り合う。
「ですが、若君がアレほどやるとは思いませなんだ・・」
「最後のアレか・・・。利政の奴を殺ったのだったか?」
「いえ、兵の話によると、どうにも腕をやっただけだと。しかし、そのまま倒れ込んだらしいですな」
「ふむ・・・?矢で腕をやられて倒れたと・・?それだけ聞くとずいぶん虚弱だな」
「は。それが、どうやらこれも千秋の品のようです。見させてもらったのと、話を聞くに、昔大陸で使われておった"弩"のようですな」
「ほぅ?そのようなものが大陸にあったのか?しかし、このようなものが世間では知られておらんのか?」
「どうにも、作りが難しいらしいですな。・・ここの鉄製の部分が,生半な職人には作れぬらしいです。熱田でも今の量が限界であるとのこと」
「そうか・・・。それもどこまで本当か分からんが、まぁ、吉法師もいるのだ。真実なのだろうな・・・・」
「はい。恐らく嘘は言っておらんでしょう。若君も熱田ではほとんどを見せてもらっているようですし。」
「一度、熱田を見にいくべきか・・?」
「・・・・それは如何でしょうか?今回は、千秋の力で勝てたようなもの。余り千秋に干渉するようでは、こちらとの力関係を疑われかねませぬ。」
「・・・・・・そうだな。吉法師のお陰で首の皮一つ繋がった、というところだからな。・・・・・・よしっ、どうせなら婚姻は熱田でするか?そうすれば、俺が見にいく名分も立つだろう。」
「それは悪手ですぞ、殿」
「なぜだ?熱田と織田の結びつきを考えるなら最適だろう?」
「熱田でおこなうとなれば、織田が下手に出過ぎます。入婿としか見られませぬぞ!」
「む・・・、だが、それでは俺が熱田を見にいく名分がないではないか?」
「今は仕方ありませぬ。しばらくは、大人しくして頂きたい。第一、まだ斎藤との戦は終わっておりませぬぞ?土岐はどうするのです。」
「いや、今回の戦で斎藤も大人しくするだろう?あとは、適当に城をあてがえば良いのではないか?美濃の国人どもにも、織田の威勢は示せただろう。」
「いえ、織田の威勢という意味では、今回は引き分けとしか見られませぬぞ・・・。」
「だが、利政の奴めは、倒れたというではないか?俺は健在だし、俺の軍も被害は精々800ほどだぞ?」
「しかし、稲葉山は、取れておりませぬ。」
「いやいや、ここに城ができている時点で十分ではないか?斎藤めの領地は削っただろう?」
「それだけで、織田が勝ったと見てくれる諸侯がどれだけおるか・・・。ほとんどは、引き分けと見るでしょう。織田は実際に敗走しておりますしな。」
「むぅ・・・」
そうして、信秀はしばらくの間沈黙した。
実際、織田と斎藤の戦いは引き分けといったところだろう。
織田はその敗走で、800が削られ逃げ出しているし、織田も八剣砦で反撃したとはいえ、新たに得た領地は、木曽川から少し進んだ部分だけだ。
織田が、"少し優勢"とは見るだろうが、織田が勝ったと言い張るには、小さすぎる戦果だろう。
結局、何も言い返せる言葉もないまま、信秀は沈黙を続けることとなる。
なお、織田吉法師と千秋雅との婚姻は、吉法師の居城、"那古野城"で執り行われることとなる。
ただ、この戦がもたらした成果は、織田家にとってとてつもなく大きかった。
史実から見ても、この先の未来は大きく変化していく分岐点となる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ご読了ありがとうございます。
評価いただけますと執筆の励みになります。
FANBOXでは、先行公開を行なっています。
番外編やもっと早く読みたい!という方はFANBOXへ。
URLはXにて。
詳細は"X"にて"@SaitoRen999"で検索ください。
面白かったら、X経由で応援いただけると幸いです。
FANBOXでは、クリエイター:斎藤 恋を検索していただければ出てくるかと思います。




