第27話:引越し
───熱田:浅井権六家 屋敷
夕刻
薄暗い行灯の光が、深刻な面持ちで座る大人たちの顔を照らしていた。
「・・・ダンジョンへ移り住む、だと?」
浅井権六は、膝の上で固く拳を握りしめ、目の前に座るみやこを見据えた。
その横では、妻のおカネが不安そうに口元を袖で覆っている。
「はい。御霊蛇様が、第6層の一角を私たちに貸し出してもいいと仰いました。そこは、外よりも安全で、ご飯もあって・・・」
みやこは懸命に説明する。
だが、おカネの表情は晴れない。
「みやこちゃん、気持ちはわかるけれど・・・。穴の中でしょう? 陽の当たらぬ地下で、子供たちだけで暮らすなんて・・・。
それに、魔物という化け物が出る場所なのでしょう?」
おカネにとって、ダンジョンとは未だに「得体の知れない恐ろしい場所」でしかない。
愛情深い彼女は、孤児たちを実の子のように可愛がってきた。
だからこそ、そんな危険な場所へ送り出すことに抵抗があるのだ。
「い、いいえ!第6層は違うんです!お空もあって、草原もあって・・・」
「お空があるなんて・・・。みやこちゃん、夢でも見たのではないの?」
平行線を辿る会話。
しかし、ここで重い口を開いたのは、それまで黙考していた権六だった。
「・・・いや、行かせよう。おカネ、我らも行くぞ」
「えっ? あなた、何を・・・」
おカネが驚いて夫を見る。
権六は苦渋の表情で、今日、熱田の市で仕入れてきた情報を語り始めた。
「今日、商人の加藤殿から忠告を受けた。『近頃、質の悪い連中が浅井の家を嗅ぎ回っている』とな」
「嗅ぎ回る・・・? 泥棒、ですか?」
「いや、狙いは物ではない。『お前』だ。・・いや、より正確に言うなら俺か・・・」
権六の視線が、みやこ達孤児に向けられる。
「戦災孤児を集め、何やら妙なことをしている家がある・・・。そんな噂が、裏社会や野盗崩れの連中に広まりつつあるらしい。
奴らの狙いは、子供を攫って売るか、あるいは・・・もっと悪いことに使うかだ」
「そ、そんな・・・ッ」
「それに俺は、この街の裏の連中から多少恨まれてる。そのこともあって狙われとるんだろう」
おカネの顔から血の気が引く。
この乱世、人権など無に等しい。
人買いや野盗が本格的に動けえば、武士の家といえど、権六一人の槍では守りきれないということもあるだろう。
「このままここに置いておけば、遅かれ早かれ お前 も みやこ達 も危険に晒される。・・・ならば、神域であるダンジョンの方が、余程安全だと思う」
「・・・っ」
おカネは、震える手でみやこの手を握りしめた。
この子達を守りたい。
だが、私も一緒に行って良いのだろうか?
足手まといになるだけではないのか?
「でも、あなた・・・。私のようなただの女が、魔物の出る場所になんて・・・」
「だからこそだ。子供らだけで生活させるわけにはいかん。俺が御霊蛇様に話をつける。
お前は、向こうで生活が落ち着くまでだけでも、子供らの面倒を見てやってくれんか」
夫の真剣な眼差し。
そして、みやこの縋るような瞳がおカネを動かした。
おカネは覚悟を決めたように、深く息を吐く。
「・・・わかりました。私も狙われているようですし、何より貴方がそこまでいうのなら。
・・・行きましょう、みやこちゃん。おばちゃんが、向こうで美味しいご飯を作ってあげるからね」
「うん! ありがとう、おカネさん!」
こうして、千秋浅井家の"ダンジョン移住計画"が動き出した。
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───御霊蛇ダンジョン
家財道具を荷車に積み込み、千秋浅井家の一向は、夜陰に乗じてダンジョンの入り口へ向かった。
第一層の祭壇前まで来ると、みやこが声を張り上げる。
「御霊蛇様ー! 戻りましたー!」
ズズズズズ・・・ズン・・
地響きと共に、第一層の床が開き、下へと続く長い階段が現れる。
おカネは、その超常的な光景に腰を抜かしそうになりながらも、子供たちに手を引かれて階段を降りていった。
そして、辿り着いた第六層
「あ・・・ぁ・・・」
おカネは、荷車を支えるのも忘れその場に崩れ落ちそうになった。
地下深くであるはずなのに、頭上には突き抜けるような青空がある。
頬を撫でる風は優しく、足元には瑞々しい緑の草原が広がっている。
「ここが・・・本当に地下・・・?」
「嘘みたいだろう、おカネ。だが、これが御霊蛇様の御力だ」
権六もまた、二度目とはいえ、その情景に震えている。
これを生み出した神の姿を想像しながら、「これだけのことができるから神なのだな・・。」
と、過去に失ったはずの信仰心がわずかに湧き上がる。
年中快適な気温に保たれ、神の意思でしか雨すら降らぬ楽園。
おカネの中にあった、ただの"薄暗い穴"という陰湿なイメージは、瞬く間にこの草原によってかき消されていった。
「ここなら・・・」
おカネたちが、感動に浸りながら草原を進むと、少し開けた場所に、大量の"板"が積まれているのが見えた。
そして、その上に腰掛け、優雅に煙管をふかしている人影があった。
「よお来たの。待っておったぞ」
人ならざる美貌を持つ、御霊蛇の化身。
大柄でありながら、尋常ではない圧を漂わせる"君主"
権六とおカネは、即座に荷車を置いて平伏した。
「み、御霊蛇様!突然の訪問、ならびに家財の持ち込み、誠に申し訳ございませぬ!
なれど、どうか、どうか妻とこの子らをお守りください・・・!」
「構わんよ。賑やかなのは嫌いではない。・・・して、住む場所はどうする?この階層なら好きにしても良いが、無造作にというのも困る。
それと、こちらからは建材しか出せんぞ?」
御霊蛇が顎でしゃくった先には、先日生産した大量の『結板』が積まれている。
「は、はい。家を建てようとは思いますが・・・」
おカネが、恐る恐る口を開く。
「あの・・・大工もおりませぬのに、私どもだけで家など建てられるのでしょうか?
それに、その板・・・とても軽そうに見えますが、風が吹けば倒れてしまうのでは・・・」
主婦として、家の強度は死活問題だ。
倒壊して子供たちが下敷きにでもなれば目も当てられない。
「(家の建築も、夫はともかく、私自身は経験がない・・。)」
「ふむ、もっともな懸念じゃ。・・・権六」
「はっ」
「その槍で、そこの板を突いてみよ。本気でな」
「は・・・? い、いやしかし、それでは板が割れて・・・」
「良いからやれ」
神命だ。
権六は意を決し、自身の愛槍を構える。
狙いは、地面に立てかけられた一枚の結板。
「ふんッ!!」
鋭い呼気と共に、渾身の突きが放たれる。
脆い木の板なら圧だけで壊れそうなほどの一撃。
だが、
ガィィィィン!!
「なっ!?」
権六の渾身の槍は、甲高い金属音とともに弾かれてしまう。
槍の穂先が僅かに欠け、その威力が本物であったこと、今の一撃が紛れもなく板に当たっていたことを教えてくれる。
対して、板の方はというと、うっすら白い跡がついたのみ。
傷という傷は全くなかった。
「嘘・・・」
おカネは、これを見て絶句する。
「見たか?この板は、素材の時点でそこら鉄よりも硬い。どれだけ薄く見えようとも、強度は城壁並みじゃの」
御霊蛇はニヤリと笑い、板の側面を撫でていく。
「それに、大工がおらぬと嘆くことはない。」
御霊蛇が、手招きして近くに皆を呼び寄せて、それを見せる。
すると、その板の側面には、複雑な凹凸が刻まれているようだった。
「これはの。宮大工が使う『継手』のようなものじゃ。
この凹凸を合わせ、嵌め込む。それだけでガッチリと噛み合うように作られておる」
カチリ、と音を立てて板同士が繋がる。
「それに、ここは外とは違う。地揺れ《じしん》も起きねば、嵐も来ん。
基礎さえしっかり置いてしまえば、素人が組んで多少不恰好になろうとも、まず倒れはせんよ」
その言葉に、権六とおカネの顔から不安が消えた。
「・・・ありがとうございます!皆、手伝ってくれ!ここに我らの城を作るぞ!」
「「「「おー!!」」」」
こうして、戦国時代初となる「プレハブ住宅」の建設が始まった。
「(ちょうどええわ。問題点の洗い出しにも使えるじゃろ。それと、おカネじゃったか。この女子の心も取っといた方がええの・・・)」
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