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戦国ダンジョン ~現代人は信長の足元で、歴史支配の夢を見る~  作者: 斎藤 恋
第二章:千秋季光救済作戦

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第26話:蛇の庭



───尾張の丘


尾張の風は、いつだって土と草の匂いがする。


だが、今日の風には微かに血と鉄の匂いが混じっている気がした。

もっとも、それは物理的な匂いではなく、織田信秀という男の脳髄が感じ取っている幻臭げんしゅうに過ぎないのかもしれない。



織田信秀は、その日、馬で尾張のある丘にまでやってきた。

共周りの者たちには「小休止だ」とだけ告げ、一人で見晴らしの良い丘の突端へと足を進める。


眼下に広がるのは、彼が支配し、あるいはこれから支配しようとする尾張の土地。

ここは、信秀がたまに訪れ、自分の出発点を再確認するための場所だった。



彼が、懐から取り出したのは、鈍い金色の輝きを放つ真鍮しんちゅうの筒。


職人に命じて磨かせたという、極上のレンズが二枚、その筒の中に封じ込められてる。

南蛮渡来の技術らしいそれを、日本の研磨技術で無理やり形にしたいびつな品。



信秀はそれを右目に当て、ゆっくりと息を吐き出した。


レンズの向こう側で、一気に景色が引き寄せられる。

数キロ先の国境付近にある小さな砦。


肉眼では黒っぽい染みにしか見えないその場所が、今は手の届く距離にある。




「(・・・ほう)」



信秀の口角は、自然と吊り上がる。


やぐらの上に立つ番兵の姿が見え、それが退屈そうに欠伸あくびをする姿も、その喉の奥さえ鮮明に見える。


信秀が、千秋季光から提供された単眼望遠鏡。

これの倍率は、おおよそ12倍ほどだった。



御霊蛇みむすびの技術を使えば、もっと高い倍率も可能だっただろう。


しかし、これ以上の倍率だと、手ブレによって全く見えなくなる。

その限界がこの辺りなのだ。



これ以上の倍率を使うには、三脚が必須だった。

だが、信秀にそこまでのものを渡せばどうなるだろうか?渡す必要性はあるのだろうか?


様々なことを考えた結果が、倍率12倍なのだ。



当然、ダンジョン勢が望めば、これ以上の20倍30倍のモノも提供される。

だが、信秀は部外者だ。


それに、吉法師(信長)の父親とはいえ、権力者であり、ダンジョンを使い潰すことに何の遠慮も感じないような性格だったことも災いし、彼はダンジョンに迎え入れられなかった。



信秀の持つ単眼鏡が、さらに右へと移動していく。

風に揺れる木の葉、村で談笑する農民、森で薪を拾い集める者たちなど、本来近くで見れない彼らの様子が手に取るように見えた。



「う・・・酔う・・」



信秀は、低く呻き筒を目から離す。

彼は、急激に引き戻された視界のブレに、軽い眩暈めまいを覚えた。



しかし、その不快感さえも心地よく感じる。


これは武器ではないし、これには直接人を殺す力はない。




だが、これほどまで、いくさで有用な品も珍しいだろう。

敵がこちらの存在を、動きを知る前に、こちらは敵に気付き"先制"できるのだ。


戦場において、兵力や兵の質を整える以外に必要なものがあるとすればそれだろう。


この品は、戦闘を戦術に変え、戦術を戦略に変える道具。



信秀はそう確信した。


「これさえあれば・・・。もっと量産させるか・・?いや、敵にまで広がっては意味がないか。むしろ、少数で持つ方が効果がある。」


愛おしげに真鍮の筒を撫でる。


「人の目の届かぬ場所から、敵将を把握できる。城の構造が知れる。敵の伏兵がわかる。パッと思いつくだけでこれだけか・・・。どれだけ使えるのだこれは・・・ふふふふ」


この時代、未だ鉄砲はない。

九州は種子島にその原型が届いてから、まだ一年ほどしか経っていない。


そして、その鉄砲でも、この単眼鏡の射程より短い。

そもそも、火縄銃の有効距離は150〜200mほどだ。


それも、取り回しが悪く、連射が効かない武器。

史実では織田信長は、鉄砲を買い漁ったが、この世界線では鉄砲の有用性とやらに気付くかどうか・・・


それより、単眼鏡を量産した方が、余程か軍としては強くなるだろう。


いかに鉄砲があったところで、当たらなければ意味はないのだ。

ましてや、その存在を知られてしまえば、移動されただけで詰む。


あるいは、竹盾で防がれるだろう。

それだけでどうしようもなくなるのが、火縄銃だ。



対策の分かり切った武器の存在を、遠方から観測できるのだ。

実際に接敵する前に準備だけしておけば、それだけでその危険性を潰せる。



火縄銃の価値が、単眼鏡によって低下しきった瞬間である。


「・・・面白いな。やはり、千秋めの娘を貰い受けたのは正解か・・」


静寂の中で、誰にも気づかれずに敵の喉元を視線で撫で回すような、強烈な支配感。

そういったものが、この単眼鏡にはあった。



「・・・なぜか蛇にでもなったような気分になるな・・。」


信秀は再び筒を構える。


「ふふふ・・・まだまだこれだけで楽しめそうだな」



ガラスでできたそのレンズは、どこまでも冷たく、信秀の先を照らしていた。




────────────────────────────



───ダンジョン第六層


一方その頃。


みやこたちは、再度、ダンジョン第六層にやってきていた。



今度は、誰かに連れられて来たわけでも、御霊蛇の階段ショートカットを使ったわけでもない。


己らの力のみで、ダンジョンを踏破したのだった。



「・・・わー・・、前も思ったけど、本当にここって外じゃないんだよね・・・」


「違うみたいだね・・。外にこんな場所なんてないよ。こんなに綺麗な場所・・・」


「うん、ないと思う。少なくとも僕は見たことないし。」



そうして、久しぶりに来た第六層で、彼らが色々と歩き回っていると、第六層では聞いたことのない音が聞こえてきた。


チョロチョロチョロ・・・というその音は、水の音に聞こえる。


「ん?・・・水の音?なんか、水の音がするよ?」


「水?川とかあったっけ?」


「ないと思うけど・・・。確か第六層は水が少ないのが問題だって大人の人たちが言ってたし。」


そうして歩いていくと、水の音はどんどん大きくなっていき、ざーというような音が周囲に響き渡っていた。


「あ!川、川があるよ?」


「ほんとだ・・」


「新しくできたってこと・・・?」


色々と話しているみやこたちの後ろで、小さい子たちは「わーっ」と叫んで川へと走っていく。


「危ないよー」


すると、走っていった子供達の一人が、ぽてっと転ぶ。


「あぁほら、大丈夫?」


「う、うぇぇぇぇん」



転んだその子、ソウタは、どうも、転んだ際に怪我でもしたのか泣き始めた。


「昔は泣かなかったのに・・・」



孤児生活をしていた頃は、多少の怪我をしたところで、泣く子供はいなかった。

いや、泣けなかったというべきか


泣いていては、周囲の大人や同じ孤児たちに殴られるのだ。

そう安々と泣いてはいられない。



そういうみやこも、泣かなくなって久しい。

泣いたのは浅井(権六:千秋家臣)によって保護された(番外編参照)時くらいである。


それより前に泣いたことなんて、記憶の中にももうない。


親によって売り飛ばされ、人買い連中から逃げ出したみやこにとって、泣くだけで誰かが解決してくれるような時期はもうないのだ。



「ほらほら、え、と布は・・」




と、そうしてソウタの手当てをしようとしていると、後ろからザバァッーと大きな音がした。

「なんだ!」と瞬時に警戒し、「集まって!」と一言大きな声で指示を出す。



すると、皆んなが集まってくる中、川の方を見ると、ひとり・・・

一人の大きな人(?)がいた。


「だれ・・?見たことない・・、女の人・・・?」



その大きな人は、褐色の肌に長髪。

大きな張りのある胸と、そして、女性であれば本来あるはずのない"陰茎"がそこにはあった。


「え?え?」


みやこはそれを見て混乱する。


「お、女の人・・・え、でも・・ついてる、よね?」



みやこたちがどうしようかと混乱しているうちに、その大きな女(?)の人は、どこからか布を取り出し、体を拭いていく。

そのまま、布を何処かにやると、次は服を取り出して着替えて行った。



「(て、敵?でも、そんな感じじゃない・・だれだろ、このひと?)」



着替え終わると、警戒を続けるみやこたちのところに、ゆっくりと近づいてくる。


近くで見ると、その髪には艶があり、黒というより赤っぽい色をしていた。

そして、顔はもっとすごい。


見たことないほどの美形、美人、美女。

なんでもいいが、とりあえず、みやこには"綺麗・・・"という感想しか浮かばなかった。



この時代、巨女や巨乳は不美人の象徴だったが、そんなものはみやこ達には関係なかった。

神の手ずから制作されたその肢体は、みやこたちの心を蹂躙していたのである。


現代的にいえば、"性癖が破壊された"とか"脳を焼かれた"とでもいうのだろうか?

現代人の手で創作されたその肉体は、確実に孤児達の性癖を歪めたことは確実だろう。



「くゎ・・。久しいの、元気であったか?」


欠伸あくびをしつつ、その女の人(?)がみやこ達に聞いてきた。


「え?(げ、げんきで?知らない、人・・だよね?)」




まるで知り合いのように話しかけてくるその女性に対して、皆が皆、疑問の表情を浮かべる。


「ん?なんじゃ、わしが誰かわからんのか?御霊蛇みむすびじゃよ。よく四郎丸を通して話しかけておったろうが」


その少し低いハスキーボイスから、とんでもない言葉が飛び出す。

彼女(?)は、御霊蛇みむすび様。


ここの神様なのだという。


だが、みやこたちは疑問に思った。

「ホントに?」「本当に神様のなのか?」と。



無理もないだろう。

孤児として生き、熱田の街の裏社会から世間を眺めてきた子供達だ。


そう簡単に人の言葉を鵜呑みにはしない。



「ほ、いや、な、なに・・」


みやこが証拠を見せろ、とでも言おうとしたところで、御霊蛇(仮称)はそれに気付く。


「ん?そこのわらし、怪我をしておるではないか。ちょっと待っておれ」



御霊蛇(仮称)はそういうと、近くの川で水を汲み、綺麗な花を片手にやってくる。



「お主らもよく見ておけ。怪我はこうして洗い流した後、この草を・・」



傷口を洗い流した後、御霊蛇(仮称)は、手に持っていた花を握りつぶし、その汁を傷口に落としていく。

すると、シュゥゥゥというように傷口が瞬く間に癒えて行った。


「え・・・(あぁ、この人は本当に神様なんだ・・)」



みやこ達にとって、それは神の御技だった。

疑っていた気持ちも、あっという間に解け、彼らは御霊蛇みむすびが神だということを心から認めた。



「この草は、この川の周辺に生る種類の草じゃ。見つけたなら取っておくといい。ただし、何本かは必ず残すようにするんじゃぞ?」



御霊蛇みむすびは、汁で汚れた手を水で洗いながらそう語る。


草の名を"サルス草"


多少の傷なら、これの搾り汁だけで癒すことのできる、魔法ファンタジーの薬草だった。


「この草も、もっと調合なりすれば、効果も上がるんじゃろうがなぁ・・。どうすればいいのかワシにも分からんからの」




ぶつぶつと言い募る御霊蛇の言葉は、孤児達にはほとんど届いていない。

彼らは、初めて会う"神"に、完全に"脳を焼かれて"いた。



「(これが神様・・)」


「(神様って本当にいたんだ)」



そんな中、みやこは正気に返り、このチャンスを逃すまいと御霊蛇みむすびに頼み込む。



「あ、あの!み、御霊蛇みむすびさま・・」


声がすこし、尻窄みになりながら話しかける。

神様だとわかって、より緊張したのだろう。



だが、みやこはさらに勇気を振り絞る。


「できれば、できればでいいんですけど、私たちをここに置いてくれませんか?」


「ん?置く?どういうことじゃ?」


「え、えと、あの、ここに住みたい・・んです」


「うちには帰らんということか?」


「は、はい。い、今は浅井さん(千秋家臣)のところに置いてもらっているんですけど、その方が戦に行くらしくて・・・」


「おぉおぉ、浅井の。あやつのところにおるのか、全員か?」


「はい、そうです。」


「なるほどの、良いぞ。ただ、向こうの者らにもきっちり伝えてからにせよ。ほれ階段作ってやるから。」



そういうと、御霊蛇は第六層と第一層を繋ぐ階段を出現させる。

「戻ったらまたダンジョン内で声を掛けよ」と言いつつ、御霊蛇みむすびはそのまま去っていった。




みやこ達は、全員で一度頭を下げた後、浅井の家へと戻っていったのだった。

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