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戦国ダンジョン ~現代人は信長の足元で、歴史支配の夢を見る~  作者: 斎藤 恋
第二章:千秋季光救済作戦

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第25話:信秀陥落


───天文13年、6月某日:古渡城



梅雨の晴れ間、蒸し暑い広間で千秋季光は平伏していた。


上座では、尾張の虎、織田信秀が鋭い眼光を季光に向けていた。



「・・・で? 美濃へ攻め入る際、木曽川の対岸に拠点が作りたい、だと?」


信秀の声は低い。

機嫌が良いとは言えないようだ。


「左様にございます。場所は葉栗郡 八剣やつるぎの辻。木曽川を渡り、稲葉山へ向かう中継地点にございます」


「あそこは地盤の悪い湿地、城を築くには不向きだ。それに、わざわざ敵地に拠点を築く"金と人手"を誰が出すのだ? わしは一銭も出さんぞ」



想定通りの反応。

信秀の判断は間違っていないし、衰えてもいない。


敵の目の前で城が作りたいと言い出す者への返答としては、最上だとも言える。


だが、季光は顔を上げ、淀みなく答えた。




「全て、手前ども千秋家が負担いたします」


「・・・ほう?」


信秀は、その返答にわずかばかりの驚きを見せる。


「実は、我が家の神領にて、新たな建材の試作品ができまして。廃材を固めただけの安普請やすぶしんの板でございますが、これを現地の柵として試したいのでございます。これならば、万が一燃やされようとも懐は痛みませぬ故」



「ふん、新しもの好きの熱田衆らしいな。だが、それだけではあるまい?お主ほどの男が、ただの板切れの試しのために、危険な最前線の城を欲するのはあり得んと思うが?」



そう簡単に信秀の目は誤魔化せない。

どう考えても、今の季光の提案は不審でしかないし、信秀にとっての利益もないのだ。


信秀にとっては、稲葉山さえ手に入れてしまえば、その辺り一帯も同じように手に入るもの。

わざわざ、己の利権を切り渡すつもりはなかった。



季光は、懐から「もう一つの切り札」を取り出した。


「実は、あの一帯・・・各務原かかみがはらの砂鉄に目をつけまして」


「砂鉄だと?」


「はっ。あの一帯は良質な砂鉄が取れまする。周辺の年貢は入りませぬが、砂鉄は使えますので。

美濃攻めの際、その地を確保し、あわよくば戦の後も採掘権を得られればと・・・。木曽川の上流の権益にも噛んでおきたく思いまして。」


「ハハハ! なるほど、戦のついでに砂鉄拾いか! 神官風情が、商魂逞しいことよ!それに木曽川の権益も狙うだと?なかなかいうではないか」



信秀が膝を打って笑う。

信秀にとって"銭"は家を動かす原動力。あるいは燃料だ。


「戦勝のための拠点」と言うより、「金儲けのための出張所」と言った方が、この男は安心し、納得する。


それに、熱田湊の献上金は、翌年以降さらに伸びるだろう。

それの疑念を回避するためにも、ここを確保しておくことは重要だ。



「よかろう。千秋の金でやり、千秋が守るなら文句はない、好きにせよ。ただし、年貢はこちらに回せ」


「ありがたき幸せ。・・・つきましては、その砂鉄探しと、敵の監視に役立つ『妙なもの』も手に入りまして。これを信秀様へ献上したく」



季光は、うやうやしく桐箱を差し出した。

中に入っているのは、真鍮で装飾された一本の筒。


両端には、御霊蛇みむすびがその力で研磨した、歪みのない水晶レンズが嵌め込まれている。


"単眼鏡(望遠鏡)"だ。



「なんだこれは? 覗くのか?」


信秀が怪訝そうに筒を手に取り、片目で覗き込む。

最初はピントが合わずボヤけていたが、季光の指示で筒を伸縮させ、城外の景色に焦点を合わせた瞬間──



「───ッ!?」


信秀の体がビクリと跳ねた。


彼は慌てて筒を目から離し、肉眼で遠くを確認してから、また筒を覗く。

その動作を数回繰り返した後、信秀は信じられないものを見る目で季光を見た。



「おい・・・季光。これは、何かの術か?」


「いえ、熱田の職人が作り出した、"ただの道具"にございます。遠くの景色を、あたかも手元にあるかのように見通す筒。

これがあれば、敵の伏兵、旗印、兵の数・・・居ながらにして全てが手に取るように分かりまする」



「・・・すべてが、手に取るように・・・」


信秀は、武人としての本能で理解する。



これは、刀や槍よりも恐ろしい『武器』だと。


戦場において、情報は命。

より早く、敵を見つけることができれば、不覚を取らない。



信秀は、筒を愛おしそうに撫で回し、そしてゆっくりと季光に向き直った。

その目から、先ほどまでの"家臣を見る目"が消え、"底知れぬ怪物を見る目"に変わっていた。



「(・・・不味いか?)」


季光の背筋に冷たいものが走る。


やりすぎたか。

ガラスペン、塩、そしてこの筒。千秋家が持つ技術と財力が、信秀の許容範囲を超えて警戒されたかもしれない。


信秀は、長い沈黙の後、低い声で言った。

「季光。お主、子はいるな」


「は・・・? は、はい。嫡男の四郎丸と、娘が二人、ですが・・」


季光がそう答えると、信秀はニヤリと、捕食者の笑みを浮かべた。





「そうか。ならばその娘、吉法師にくれ」


「・・・は?」



季光は、一瞬言葉の意味が分からず呆けた。

吉法師──織田家の嫡男、次期当主だ。


その相手に、千秋家の娘を?



「何を呆けておる。縁組だ。側室でも構わんが、千秋の家格なら正室として遇しても良いぞ」


「い、いえ、しかし・・・当家で良いのですか・・・」


「良い!」


信秀が大声で遮る。

その目は、完全に計算高い商人のそれだった。



「お主ら熱田衆は、最近羽振りが良すぎる。硝石、塩、そしてこの筒・・・。どこぞの商人と組んでいるのか知らんがな。

その『力』、織田家の外に漏らされては、困る」



信秀は、筒を強く握りしめた。


「各務原の砂鉄、そしてこの筒の量産・・・千秋家だけで抱えるには重かろう?それに弾正忠家独自の『権威』を打ち立てるには、熱田の神威も利用できるなら利用したい。織田家が後ろ盾となる。その代わり、千秋は織田と一蓮托生だ」



「・・・・・・」



季光は、平伏したまま、心臓が早鐘を打つのを感じていた。


これは、脅しだ。


断れば、千秋家は危険分子として排除されるかもしれない。

だが同時に、これは最大の好機でもある。


御霊蛇みむすび様の目論見通り、これで千秋家は「織田家の身内」として、堂々と力を振るえる立場になる。

砦の建設も、砂鉄の採掘も、全て「織田家のため」という大義名分が得られるのだ。




「(餌とはこういうことか)・・・ありがたき、幸せにございます。不束者の娘ではございますが、吉法師様のお役に立てるよう、言い含めておきまする」


「うむ。話が早くて助かる。婚姻の儀は戦の後で良い。まずはその砦とやらを作り、砂鉄とやらを山ほど持ち帰ってこい。・・・あぁ、それと季光」




信秀は、ニヤリと笑った。


「その筒、あと十本は用意せよ。戦までに、な」


「・・・ははッ」


季光は、脂汗を垂らしながら深く頭を下げた。



────────────────────────────



───御霊蛇みむすびダンジョン、第一層



「クックック・・・! 親父殿が縁組を? 俺と千秋の娘をか?」


報告を聞いた吉法師は、腹を抱えて笑っていた。

横に控える四郎丸は、どこか複雑そうな顔をしているが、当の本人とはまだ見えたこともない。



「笑い事ではありませんぞ、若君。信秀様は本気でした。あの目は・・・千秋家を、骨の髄までしゃぶり尽くすつもりです」



季光はぐったりと疲れ切っていた。

あの怒れる虎と対峙するのは、戦場で槍を振るうより数倍疲れるらしい。


「まぁ、良いではないか。結果として、最善の結果じゃ」



俺も、彼らを労う。


「これで、八剣の辻の砦は『織田家公認の事業』となった。誰に遠慮することなく、『結板むすびいた』を持ち込み、要塞化できる。

信秀殿は砂鉄の集積所だと思っておるようじゃが、実際に建つのは、一万の兵が籠もれる不落の城じゃ」



俺は、ダンジョンのメニュー画面を開く。


【宝物生産】の項目には、大量の『結板パネル』と、それを固定するための『ボルト・ナット』が既にセットされていた。


生産コストは、廃材と繊維を混ぜて圧縮するだけのため激安だ。



「さぁ、忙しくなるぞ。九月《十月》までに、木曽川の向こうに『我らの城』を作るのじゃ。それが、お主らが生き残るための、唯一の道じゃからな」


吉法師は笑いを収め、不敵な笑みを浮かべた。


「あぁ。面白い。親父も、利政も、誰も知らぬ間に・・・くくく・・戦場のど真ん中に城が現れるのだ。その時の皆の顔、今から楽しみでならんわ」



こうして、歴史の裏側で、極秘の築城計画『八剣やつるぎダンジョン建設計画』が始動した。

それは、来るべき敗戦を、未来への勝利へと繋げるための、大きな布石ともなるのだった。



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