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戦国ダンジョン ~現代人は信長の足元で、歴史支配の夢を見る~  作者: 斎藤 恋
第二章:千秋季光救済作戦

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第24話:結板《むすびいた》

───天文13年(1544年)5月下旬:御霊蛇みむすびダンジョン第一層


梅雨の走りか、外はしとしとと雨が降っているようだ。

ダンジョン内は相変わらず快適な湿度と温度に保たれている。


しかし、そこに集まった面々の表情は、外の天気以上に湿っぽく、そして険しかった。

車座になって座るのは、ダンジョン、吉法師(織田信長)、千秋季光、そして四郎丸だ。



「・・負ける、と仰るのですか、御霊蛇みむすび様」



重苦しい沈黙を破ったのは千秋季光。

だが、その顔には隠せない動揺が走っていた。



「あぁ、そうだ。簡潔に言おう。今年の秋、九月《十月》頃になるだろうの。

信秀殿は美濃へ攻め入り、大垣城への攻撃に合わせ、稲葉山城下まで軍を進めるじゃろう。」



俺は、史実における『加納口の戦い』の結末を淡々と告げていく。



「だが、織田は夕刻まで攻めあぐね、撤退に移った時を狙われる。

そしてそのまま総崩れになるの。退路の木曽川で多くの者が溺れ死ぬことになるじゃろう。勿論その中には、千秋家の者たちも多く含まれる(主も含めて、な。季光)」




「なっ・・・! 親父が負ける? あの戦上尾張の虎とも呼ばれる親父が・・」



吉法師は、なかなか受け入れられぬのか、腕組みをしたまま天井を睨みつけていた。


斎藤利政としまさと織田信秀では相性が悪い。彼奴は、事前に場を整えた計画立てられた戦をしよる。そこに本能型、とも言える信秀が赴いてみよ。それはもう、鷹狩りにしかならぬわ。」





「・・・しかし、何故そこまで急ぐのだろう? 土岐の帰参を助けるという大義名分はあれど、今の親父は些か焦りすぎているようだ・・・。」


吉法師の鋭い問いに、俺は頷いた。



「鋭いの吉法師、その通りじゃ。信秀殿が欲しておるのは、美濃の領土そのものではない。"土岐の権威"じゃ」


「権威・・・?」


「うむ。織田弾正忠家は"銭も兵も"持っておる、尾張では一番じゃろう。だが、所詮は守護代に仕える三奉行の一家。家格という点では、岩倉や清洲の宗家には遠く及ばん。

信秀殿はそれが歯痒いのだろうよ。だからこそ、美濃を、斎藤利政としまさという下剋上の巨魁を討ち、守護を手中とすることで斯波や宗家に対抗しようとしておるのじゃろうな。」



俺の言葉に、季光が深く息を吐く。


「・・・腑に落ちました。なれば信秀様は引けませぬな。

大義ではなく、家格を上げるための戦。それならば、誰が止めようと聞く耳は持ちますまい」



「そうじゃ。だからこそ、利政の罠に嵌る。利政は、わざと城下まで織田軍を引き込む。信秀殿からすると『あと一歩だ』となるだろう。そのまま深入りさせてしまえば、あとは・・・。


「引き際を見定め、そこを狙って隠していた余力で襲わせる、というわけですか。」


「うむ」



「・・・逃げ惑う兵たちは、浮き足立ち我先に川へ逃げ、そのまま溺れ死ぬ、か」

吉法師は苦々しく吐き捨てた。



「そうじゃ。戦術眼だけなら信秀殿も一流じゃが、戦略と謀略において、利政は二枚も上手うわてじゃ。まともにぶつかれば、今の織田では食い殺されよう。そもそも既に張ってある罠に飛び込むなど、死ににいくようなものであろ?」


場の空気が凍りつく。

信秀の敗北は、尾張の危機であり、ここにいる全員の死に直結する。



「ならば、どうすれば・・・。信秀様に進言し、出兵を止めさせますか?」


季光が身を乗り出すが、俺は首を横に振った。



「無駄じゃ。今の信秀は、既に土岐の権威を手中にいれたと思い込んでおる。あとは、美濃の利政めを追い出し、土岐の権威を回復させれば良いだけだからの。そもそもワシは、信秀殿に知られておらん。どうやって、このことを知らせる?預言者だとでもいうか?妄言だと斬り捨てられてしまいじゃろ。」



「それに、酔っておるのは信秀だけではない。他の者らも、じゃ。ならば、ここで一度ぶつかっておくのも悪くはない。利政めの悪辣さと実力が、いやがおうにもわかるじゃろ」


「負けると分かっていて、ぶつかるのですか?」


「『全滅』さえしなければ、問題ない。それに、敗戦から得られることも多い。ワシらはそれを活用すべきじゃ」



そして、俺は地図に目を映す。

そこで地図上の木曽川を指差し、指をさらに北へ移動させる。



『葉栗郡 八剣やつるぎの辻』



「ここに、城を作る」


「は? 八剣やつるぎの辻・・・? あそこは何もない荒れ地・・・いや、湿地帯ではありませんか。そのような場所に城など・・・」


「攻めるための城ではない。いざという時、逃げ込むための場所じゃ。撤退する味方を収容し、追撃してくる利政の兵を食い止めるための拠点。

ここさえ落ちなければ、橋を落とされようが舟を焼かれようが、体勢を立て直せる」


季光が唸る。

戦術的には正しい。退路の確保は基本中の基本だ。


だが、問題はその"具体的な方法"だ。



「・・・御霊蛇みむすび様、理屈は分かります。ですが、あそこは敵地ですぞ?本格的な城を築くのに数ヶ月は掛かります。

その間、利政が指を咥えて見ているはずもなく、何より信秀様がそのような金と人員を出すとは思えませぬ」


「そうだな。今の親父殿は勝ち戦しか頭にない。負けた時のための城になど、一銭も出さんだろうよ。それに木曽川のこちら側にも城はあるしな。」



吉法師も同意する。

だが、俺には秘策があった。


現代知識とダンジョン能力の融合。

ダンジョン機能という魔法がそれを可能にした。



「金も時間も掛けぬ。現地では『組み立てる』だけじゃ。一日・・・いや、半日あれば砦は建つ」


「は・・・? 半日?」



狐につままれたような顔をする三人に、俺はニヤリと笑って見せた。

「見せてやろう。千秋の家運を賭けた商材となる"最強の盾"をな」



────────────────────────────



俺は彼らを、ダンジョン内に新設した工房へと案内した。


そこには、家臣や孤児たちが運び込んだ 廃材 や、森の 間伐材 が山のように積まれている。

そして、その横には、見たこともない奇妙な『板』が積み上げられていた。



「手にとってみよ」



吉法師が、その畳一畳分ほどの大きさがある板を片手で持ち上げる。


「・・・軽いな。ただの板か?」


「吉法師、その腰の刀で斬りつけてみよ」


「ほう? 折れても知らんぞ」


吉法師は面白がり、躊躇なく刀を抜き放つと、その板に向かって渾身の一撃を叩き込む。


ガンッ!!!


乾いた音が響く。



普通なら、板は既に両断されているだろう。



しかし──


「な・・・ッ!?」


吉法師の手が痺れたように震えていた。


板には、浅い傷がついただけで、割れるどころか刃が食い込むことすらしていなかった。


逆に、吉法師の刀の刃の方が少し毀れている。




「なんじゃこれは!? 木のようだが、鉄か何かか!?」


季光と四郎丸が駆け寄り、その板を撫で回す。

手触りは木だ。匂いも木の香りがする。だが、その硬度は異常だった。



「名付けて『結板むすびいた』。ま、正確には積層強化木材じゃな。」


俺は解説する。


「作り方はそのものは単純じゃ。

木を紙のように薄く削ぎ、その間にワシが生み出した『蛇糸』と、松脂を加工した特殊な薬を塗り込む。それを幾層にも重ね、最後はワシの力で押し固める。これだけじゃ」



現代で言うところの、ベニヤ板(合板)とFRP(繊維強化プラスチック)の合いの子だ。


ダンジョンのプレス加工能力と、分子レベルの接着技術があればこそできるオーパーツ。

鉄よりも軽く、腐らず、そして何より──



カンっ!


「これは・・、矢も槍も通さんぞ」


「矢を通さぬ・・・! これほどのものが、この廃材から?」


「うむ、材料はただの木とゴミじゃな。銭は掛からん。ほとんどワシの力で作っておるだけだからの。

これをな、このダンジョン内で大量に作り、穴を開け、現地ではボルト・・・鉄の留め具で繋ぐだけにする」



俺は、地面に描いた図面を指差す。

規格化されたパネルを組み合わせるだけの"プレハブ工法"


基礎さえ固めれば、大人の男数人で、数時間もあれば立派な櫓が組み上がるという寸法だ。



「これならば、敵の目の前で城が生えてくるようなものじゃ。利政が兵を出す頃には、既に要塞が出来上がっておるわ」



吉法師の目が、爛々と輝き始めた。


「ククク・・・ハハハハ! 面白い! 巨大な積み木か!


これならば、親父殿に金も兵もを無心する必要はない。千秋の手勢だけで運べるな!」


「そうじゃ。そこで、季光よ」


俺は季光に向き直る。


「お主に、信秀殿を説得してもらう。『結板むすびいた』の試験運用と、もう一つ・・・信秀殿の欲を刺激する"餌"を持ってな」



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