一日だけの命
差し込む光が弱くなった頃、廊下を青沼さんの家族が通られている所に出くわした。深い悲しみをたたえている人もいれば複雑な表情をしている人もいるが、皆一様に疲れを見せていた。
蘇った後にまた亡くなられた事に対し、あんな状態だったからね、病気が治った訳でもないらしいじゃない、しんどかったろうね、申し訳ないよ、とも口々に話されていた。
苦しみが二倍になったのではと自分が懸念していた事は的外れではなかったのかもしれない。
「もういきかえらないの?」
と、その中でも最年少の、恐らく幼稚園ぐらいの子が当然の疑問を口にした。どうして一度だけなのか、いつの間にか受け入れてしまっているのだ。
大人達はすぐには答えられないようだった。
「でももう一回お話できたよね」
優しく、そして無難な慰めとも言える言葉、それをかけたのは青沼さんの蘇りを伝えてくれた中学生ぐらいのあの子だった。
そう捉えれば一日だけの命に意味があったと言えるだろう。その一日の間にどれだけの苦痛があったかは分からないが。
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約四ヶ月前、昼、食堂。
「俳優の多鹿さん亡くなったらしいけど、知ってます?」
「知らない。まだ若いのに……、何回目の?」
「それが一回目で。珍しいですよね一回目でニュースになるの」
「だよな。むしろ誰かいたかなってレベルだ」
「多鹿さんの場合自分から記者会見開いてたんですよ。で、わざわざ公表と」
「なんで?」