不適合
夕刊の一面の見出しは経産省大臣の不適切発言に関する物が大きかった。何でもどこかの訓示で「一回ぐらい死ぬつもりで」と発破をかけてしまい、軽く炎上しているようだった。謝罪をしたので辞任まではいかないという見通しではあったが。
金井の話にもあったようにその取り扱いには混乱がまだ多いが、公的には一応『ダブル』自体は認められている。しかしそれについての認識はやはりばらつきが多い、というよりも断絶は日に日に深まっているようだ。
一つ多くて得をした、有効活用できると話す人は少なくない。しかし実際にそう意識できている人はそれ以上に少数だというのが大方の見方だ。一つ増えた命を受け入れる事、一つだけ減った時にそれを受け止める事、いずれも精神的に多くの負荷がかかる。それにより心身のバランスを崩すものが多いという事は、複数の研究結果で示されてきている。
『ダブル』を意識するあまり、二つに増えているにもかかわらず命が失われる事を『ダブル』前よりも恐れる傾向も社会問題化してきている。民間の団体などで、一度亡くなった後に引きこもってまともに社会生活を送れない人を対象に、支援する取り組みが始まっているが、対象者は増え続けているそうだ。「死んだようなものだって」と追い込まれたような心境を吐露する例も紹介されていたのを思い出す。




