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式神

 修行の日々を重ねているうちにオレは五歳になった。

 修行は基本的に父さん主導で行うけど、いつも一緒にいてくれるわけじゃない。

 退魔師の仕事で家を空けることがあるし、母さんも在宅の仕事で忙しい時もある。


 母さんのほうは結婚と同時に退魔師は引退していると最近知った。

 おかげで今はフリーランスとして色々仕事をもらっているみたいだ。

 そんな中、オレはどうしても一人になる時がある。


(一人じゃどうしても心細いなぁ)


 一応オレは五歳、一人で出来ることも限られている。

 ましてや物騒な世の中、身を守るためにも人手が必要だと考えた。

 そこで思いついたのが式神だ。


 前に蔵で読んでいた本の中にそれらしい記述があったのを思い出す。

 さっそく蔵の中で式神に関してひたすら調べてすぐに取り掛かった。

 紙は基本的に何でもよし、まずはこれに妖力を込める。


 ここで重要なのが霊力じゃなくて妖力だ。

 式神に必要な活動の源となるのは霊力の他に呪力がある。

 かつての陰陽師が使役していた式神はどちらかというと呪霊に近かったらしい。


 それはオレ達が妖怪と呼んでいる存在だ。

 定義としては生物だけど呪霊寄りといえば正しいか。

 こんなことをやってるから歴史から消されるんだろうけど、すごくもったいないな。


 呪いだの邪悪だのそんなことを言って便利なものを遠ざけるのはバカげている。

 オレは依り代となる紙に文字を綴った。

 今のオレの力が選り好みできる立場じゃないから、どんな式神が顕現するのかまったくわからない。

 自分の力を超えた式神の顕現は陰陽の均衡が崩れるから慎重に行った。



「真名・伍神 陽夜の名において命ずる。純なる依り代よ、我が下僕となりて現世に顕現せよ」


 印を結んで依り代に更に妖力を込めた。

 依り代の端がピクリと動いて、やがて激しくその場で回転する。

 蔵の中に風でも吹いているかのように依り代が意思を持っているかのように舞った。


「おぉ……!」


 やがて風が止んだかのように依り代の動きが鈍くなる。

 依り代が光って白いシルエットを形作った後、少しずつ等身大の人型へと変化していく。

 それがゆっくりと床に片足をついて着地して見せた姿は――


「ご主人ちゃま、なんなりとご命令をするのです!」


 おかっぱ頭で赤い着物姿、背丈はオレと大して変わらない女の子だ。

 これは予想外というかなんだろう?

 式神ってもっとこう狼とか強そうなのをイメージしていた。

 これは妖怪でいえば座敷童子だと思う。


「よ、よろしく」

「ご命令をするのです」

「じゃあ、ついてきてくれる? 母さんに紹介したいんだ」

「母さんとは何者です? ご主人ちゃまの下僕です?」


 これは一から色々と教えていかなきゃいけないかもしれない。

 想像と違ったけど顕現させた以上は責任を持たないとね。


「あれ? いないなぁ?」

「下僕がいないです?」

「下僕じゃなくてオレのお母さんね」


 さっそく蔵を出て母さんに紹介しようと思ったけどいない。

 テーブルを見ると書置きが残されていた。

 買い物にいってきます、だって。なるほど。


 しょうがないから紹介は夜にしよう。

 どうせ今日は父さんも夜まで帰らない。

 オレも裏山に遊びにいってきますと書置きを残して、と。


 両親がいない時もオレは修行を怠らない。

 ただ中庭でやると色々と壊しちゃいそうだから、心置きなくできる裏山でやることにしていた。

 幸いこの辺りは自然がいっぱいで場所には困らない。

 小さい時から何度も足を運んでいるから庭みたいなものだ。


「ご主人ちゃま、何をするのです?」

「修行だよ。オレは退魔師になるんだ」

「退魔師?」

「悪い呪霊をやっつける人間のことだよ」

「悪い呪霊! ご主人ちゃまはいい人なのです!」


 なんだかすごく単純だなぁ。

 呪霊だとかその辺りの基礎知識はオレに影響されて存在すると思う。

 でも母さんのこととか、微妙に知っていたり知らなかったりで少しややこしい。


 あれこれこちらから教えるよりは実際に見聞きさせて経験させたほうがいいと思った。

 でも贅沢は言ってられない。

 それに一人の時に話し相手になってくれるだけで心強いからね。


「ご主人ちゃま! しゅぎょーって何するです?」

「そうだね。主に妖力のコントロール訓練かな」

「よーりょく! すごいのです!」


 生まれたばかりだからなのか、基本的に何でも喜ぶ。

 父さんからは霊力の基礎を教えてもらったけど、これは妖力にも通じる。

 霊力と呪力が合わさった力だからなかなか難しいけど。


「君は少し離れていて。えっと、名前はほしいか」

「名前ほしいです! ご主人ちゃまがつけてくれるです?」

「もちろん。名前かぁ……」


 座敷童子。ざしきわらし。

 女の子だからそれっぽい名前がいいか。

 ざしきわらし子、いやそうじゃない。


 わらし子、違う。

 わら子、違う。

 わ子、うん。これでいいかな?


「ワコでいい?」

「嬉しいのです! ご主人ちゃまから名前をいただけたのです! わこ! わこはわこなのです!」

「気に入ってもらえたなら嬉しい」


 オレは思ったより名前を考えるのが苦手だったみたいだ。

 名前をつけておいて何だけど少し恥ずかしくなって頬をポリポリとかいてしまった。


「さて、まずは」


――ドォォォン!


 オレの後ろから轟音が響いた。

 振り向くと林の奥の木がメキメキと音を立てて倒れているのが見える。

 猛獣? でも裏山にそんなのが出たなんてニュースはない。


「ご主人ちゃま! お祭りです!?」

「いや、あれは違う。わこはここで……」


 そこまで言いかけて出かけた言葉を喉に引っ込めた。

 式神として顕現させた以上は少しでも危険な場面を体験させておく必要がある。

 そもそもオレ自身が経験不足だ。


 オレは木が倒れた方角に向けて歩き進んだ。

 何があるかわからないから慎重に、ね。

 もし猛獣なら尚更だ。


 そして林の中から見えてきたそれを見てオレは息を飲んだ。

 

「な、なんでs」

「シッ!」


 ワコの口を慌てて塞いだ。

 そこにいるのは猛獣なんかじゃない。


「ドコニ行ってタノォ」


 白い仮面で顔の上半分を覆って、下半分には獣のような口と牙。

 腕や足は狼のそれだろうか。

 胴体や関節部分は白い金属のようなもので覆われている。

 そいつがオレ達に側面を見せながら、誰かに喋りかけていた。


「オイオイ、オレニ黙ってドコにいっテキたノォ」


 父さんから呪力感知の訓練を受けていてよかった。

 知らなかったらそこにいる異形の存在を受け入れられずにパニックになっていたかもしれない。

 こいつは間違いない。


(呪霊……!)


 生まれて初めて生で見る呪霊、そいつはオレをひどく興奮させた。

 本で見た写真の呪霊よりもずっと鋭利で暴力的なイメージを抱かせてくれる。

 一目で見る者に不快感を催させるには十分だ。


 人の死後の呪力が生んだ呪霊は人のもう一つの姿なのかもしれない。

 人が生前に抱いていた負の感情が何にも抑えられずに現世に現れてしまった。

 呪霊、これは――


(なんて醜いんだ)


 これが人のもう一つの姿と解釈するとひどく落胆する。

 もしくはひどく興奮する。

 オレは今、人が生んだ化け物と対峙するという非日常を味わっているのだ。


「不覚……」

「悪イ子ハおしおきしなキゃネェ」


 呪霊の視線の先に人がいるのに気づく。

 呪霊が猫背で見下ろしているのは見知らぬ女の子だった。

面白そうと思っていただけたら

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