真の黒い退魔師 1
「……寝ちゃったのか」
自室のベッドで横になっていたら、いつの間にか寝ちゃったみたいだ。
インビシブルマーダー討伐から阿豪戦と続いたせいで、疲労が重なったか。
今は夜の18時、父さんは外出中で母さんは買い物からまだ帰ってない。
少しお腹が空いたけど、二人が帰って来るまで我慢しよう。
ベッドから下りると勉強机に見慣れない人形があった。
口を縫い合わせて、目にはボタンというなんとも不細工な人形だ。
「……なんだこれ?」
「よう! 神の子!」
人形から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
オレは咄嗟に身構えて、ベッドの上に立つ。
「……真黒ってやつか?」
「おぉ! 一度しか会ってないのに声だけでわかってもらえるとは嬉しいねぇ! さすが神の子だぁ!」
「これは退魔術だな? 何の用だ?」
真黒が喋るたびに人形が頭を揺らす。
オレはあくまで平静を装った。
人形を媒介にした退魔術というと不和利先生を思い出すな。
「そうそう! オレの退魔術の一つさ! 自分の霊力を人形に込めて操るなんてクッソ単純だよな! こんな退魔術を使っている退魔師のツラが見てぇよ!」
「お前の退魔術だろ?」
「まぁ、そうなんだけどな。そんなことより神の子、お前のお友達はこちらで預からせてもらっている」
「……は?」
平静を装っていたオレだが、真黒のその言葉でフリーズしかけた。
オレの友達というとクラスメイトの誰かか?
こいつがなんのために?
ダメだ、落ち着け。動揺したら思うつぼだ。
「えっと、名前なんだっけな? おい、名前はなんていうんだ? そうか、ヒリカで……そっちは華恋か。いや、お前らの声は聞こえてねぇから叫んでも無駄だって、な?」
「おい! そこにヒリカと華恋がいるのか!」
「あぁ、いるよ。多少の怪我は負っているが、命は無事だ。そこは安心してくれ」
「何が目的だッ!」
オレが叫ぶと真黒はクツクツと笑う。
この人を心底馬鹿にしたような声色や喋り方、実に不快だ。
あの二人が捕まるとは思えなかったけど、相手が真黒ならどうしようもない。
話の内容からして、こいつは学園長の同期だ。
格上もいいところだし、二人はよく戦った。
「目的を言っちまったら意味ねぇんだわ。とりあえず神の子、今からオレが指定する場所まで来てくれや。場所はこの町にある卓越神社な」
「そこにいけばいいんだな!」
「あ、言うまでもねぇけど宗司とかに言った時点で二人がどうにかなっても知らんわ。ちゃんと見てるからな? まぁ信じないなら自由にすりゃいいけどよ」
「お前なんかオレ一人で十分だ! 行ってやるから逃げないで待ってろ!」
人形がワサワサと動いて腹を抱えてケタケタと笑う。
オレはそいつを掴んで思いっきり引きちぎった。
「感情的になりすぎだろ、神の子よぉ。それより早く家を出ないとパパとママが帰ってくるぞ? 見つかった時点でゲームオーバーなのはわかるよな?」
「そこまで調べて接触してきたな」
引きちぎった人形を狐火で燃やした後、オレは闘衣を着てから靴を履いた。
妖力強化をしてから窓から飛び降りて、卓越神社に向けて走り出す。
* * *
卓越神社は廃寺だったはずだ。
その廃寺は忘れられたようにポツンと町の片隅にある。
とっくに日が落ちて暗がりになった辺り一面を見渡す。
「真黒、来てやったぞ! 二人を開放しろ!」
オレの叫びが暗闇にしみ込んでいく。
それから間もなく拍手が聞こえてきた。
「素晴らしい! 迷いなくここまで来られるとは! 陽夜君ってまさか廃墟マニアだったりする? その歳で渋いねぇ!」
「お前の薄汚い霊力の残滓を追ったんだよ。この前戦った呪霊のほうが、よっぽど霊力を隠すのがうまかったぞ」
「あー、インポッシブルマーラーだっけ? あれに殺された退魔師がいるらしいけど、笑っちまうよな」
「命をかけた人間がいることの何がおかしいんだ……?」
油断すると怒りで頭が沸騰しそうになる。
学園長と知り合いらしいけど、まさか友達とかじゃないよな?
こんなのと友達やっていたら一瞬で周りから誰もいなくなるぞ。
「だってお前、いくら見えないからって他にやりようあんだろぉ。そんな透明人間みてぇなのに翻弄されて殺されたとかよぉ……そんなもん特別でもなんでもないよな?」
おどけていた真黒の声が一気に低くなる。
野獣のような獰猛な目つきに変わり、かすかに放たれる霊力がまるで凍てついているようだ。
「陽夜君よぉ。退魔師ってのは本来特別なんだよ。呪霊一匹すら自分でどうにかできねぇようなカスが多くいるんだぜ? だからオレ達はそんなカスどもに使われている場合じゃねえんだよ」
「いいからヒリカと華恋を返せ」
「だからオレ達は声を上げるべきだ。立ち上がるべきだ。退魔師協会なんて枠組みも世界も置き去りにする。オレ達こそが特別であり、この世界において何よりも優先されるべき存在なんだよ」
「日本語が通じないのかッ!」
オレは真黒に雷切を放った。
雷の刃が真黒に直撃、していない?
「あっぶねぇ……。人が話してる時に攻撃する奴がいるかよ。宗司はちゃんと教育してんのか?」
真黒の前に黒い半球体の盾があった。
それに雷が分散して完全に搔き消えている。
「それは……ゴムか?」
「マジ? 見ただけでよくわかるな。そう、オレの退魔術の一つだ。ゴムを生成して戦うんだよ。クソみてぇな退魔術だけど、初めて役立ったわぁ」
「退魔術の一つだって……?」
「まぁーまぁー、怒らせて悪かった。お友達を見せてやるよ」
真黒が指を鳴らすと廃神社が音を立てて倒壊を始める。
木片を散らせて完全に崩れた廃神社の中から、二人が姿を現す。
十字架に張りつけにされて。
「……ヒリカ! 華恋!」
「十字架に張りつけとかベタかよ! って突っ込んでほしかったなぁ……」
真黒の言葉を無視してオレは走った。
ところがオレは突然氷と化した地面に足を滑らせてしまう。
「わぁっ!?」
「熱くなりすぎだ、おぼっちゃん」
転びそうになった寸前で体勢を立て直した。
氷の床だけじゃない。
ヒリカと華恋の周囲から炎が立ち昇り、徹底してオレの行く手を阻む。
「そいつらを助けたかったら、オレを倒しな。オレを倒さないうちは徹底して邪魔をする。それこそ誰が死のうと構わんくらいにな」
真黒が両手に漆黒の剣を握っている。
あいつ、いくつの退魔術を使うんだ?
とにかくやるしかない。
圧倒的格上だけど、あんな奴にオレの生活や友達を脅かされてたまるか。
真黒、お前にオレのすべてをぶつける。
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