忌まわしき旧友
「宗司、忙しいのにすまないな」
私は威蔵に飲みに誘われた。
場所は以前から威蔵が推していた学園近くにある海鮮居酒屋だ。
お通しのイカの酢漬けを食べつつ、生ビールを飲む。
陽夜は目どころか体のどこに入れても痛くないほどかわいいが、たまには大人だけでのんびりするのもいい。
しかし威蔵の口調からして、そんなにのんびりした話をするつもりもないようだ。
「威蔵、何かあったのか? まさか陽夜が悪戯をやらかしたなど、天地が裂けてもありえんが?」
「真黒が帰ってきた」
イカの酢漬けにつける箸が止まった。
真黒、忘れもしない。
「……いつ、どこでだ?」
私が冷静に問うと、威蔵が話してくれた。
普段ならば玄武會に対して怒りを燃やすところだが、それ以上に私の中で真黒の存在が大きい。
あの男は私達が学生だった頃からずっと行方をくらましていた。
「なぜ今頃になって姿を現したのか……退魔師協会でさえ足取りが掴めなかった男が……」
「彼は陽夜君に興味を持っていた。奴の性格を考えれば納得できる部分もある」
「……嫉妬か?」
「いや、その逆だ」
威蔵が運ばれてきた刺身に箸をつけて止めた。
逆、その意味を私も理解している。
真黒は昔からそういう奴だった。
「学園の高等部時代、あいつは模範のような学生だったな。成績は学年で私達と並んでトップ3、生徒会長に積極的に立候補して会長の座についた。その時は確かお前が二位だったな、威蔵」
「覚えている、大差をつけられたよ。それはそうだろう。弱きを助け、強きをくじく。誰からも慕われていた男だ。模範のような人間だった」
「お前もそこそこモテたのにな。顔だけで男女共に近寄られなかった私と違ってな」
「僻むなよ」
謙遜しない威蔵に酒を注いでやった。
私、威蔵、真黒は学園内でも有名なトリオだったな。
仲がよくて、よくからかわれたものだ。
「模範的な人間だったがね。いつからか、あいつは少しずつおかしくなっていった」
威蔵は酒に口をつけずに、おちょこを揺らしている。
その言葉に私はかすかに思い当たる節があった。
「あれは高等部三年の夏頃だった。私達、三人で呪霊の討伐に向かったことがあっただろう。その時に襲われていた一般人を助けた際に『あまり外をうろちょろするな。俺達の仕事が増える』と言っていたのを覚えてるか?」
「あぁ、やけに冷たいことを言うものだなと思っていたよ」
「それ以前は積極的に人助けをやっていた奴が、だ。私達には変わらぬ態度だっただけに、その時は大した違和感を覚えなかった」
「……威蔵、嫉妬の逆とはどういうことだ?」
威蔵に質問したものの、私なりに考えてみた。
真黒、あいつは私達に対しては人当たりがよかった。
いや、あまりによかった。
「あいつは陽夜君を気に入っている」
そうだ。あいつは常に名のある退魔師の話ばかりしていた。
帰り道、買い食いの際にはすべて奢ってくれたり私の退魔術を褒めちぎったこともあったな。
それも一回や二回ではない。
ことあるごとにあいつはこう言った。
「『オレ達は特別だからな』」
私の言葉に対して威蔵は何も言わずにゆっくりと頷く。
「真黒はあの事件を境に姿を消した」
「威蔵、真黒は陽夜をどうするつもりだと思う?」
「……そこまではわからん」
ただ一つ言えるのは真黒がまともではないことだ。
そんな真黒からどうすれば陽夜を守れるか。
「善は急げ、だ。陽夜に電話をして、詠歌から離れないように言いつける」
「それがいい。会計を済ませて店を出よう」
私はスマホを取り出して陽夜に電話をかけようとした。
「……陽夜にスマホを持たせていなかった」
「奥さんに電話しろ」
威蔵から至極当たり前の助言を受けて、私は詠歌に電話をかけた。
* * *
「こんな時間になってしまったな。華恋、そろそろ帰ろう」
ヒリカと一緒に裏山で訓練していると日が暮れてしまいましたわ。
合宿の時からわたくしはヒリカにやたらと意識されるようになりましたの。
わたくしにやられたのがよほど悔しかったのか、模擬戦形式のようなことまでしたのだけど。
「これで二勝二敗、そろそろ諦めてはいかが?」
「何を言う。私が今のところ二連勝している。次に私が勝てば勝ち越しとなるのだぞ」
「何を仰いますの。あなたがあまりに惨めだから、勝ちを譲ってあげましたのよ?」
「フ……では次の勝利をもって、その虚勢を打ち砕こう」
ヒリカが勝ち誇ったようにドヤ顔をしていますわ!
なんて生意気な子ですの!
「虚勢かどうかは……あら?」
裏山を下りていると、前方に誰かが立っているのに気づきましたの。
ウェーブがかった髪、黒いおヒゲの男性がジャケットのポケットに手を入れてますわ。
子どものわたくしが言えたことじゃないけど、こんなところで何を?
まさか噂に聞く変質者という方ですの!?
「よう、お嬢ちゃん達。こんにちは……いや、今はこんばんはか? 微妙な時間でよくわかんねぇわ」
「ごきげんよう。どちらですの?」
「オレは真黒、君の父さんの知り合いでな。実はその父さんが倒れて病院に運ばれたんだわ」
「……はぁ?」
この男は何を言ってるのかしら?
こんな方が知り合いだなんて聞いたことがありませんわ。
するとヒリカが私の裾を引っ張って、険しい顔をされてますの。
「だから君を呼んでくるように……」
「病院の名前は?」
「あ? えーっと……卓越市民病院だな」
「ならば今からその病院に電話をして確認しよう」
ヒリカさん、スマホを持っていますのね。
わたくしなんか、まったく持たせてもらえませんのに。
いえ、そんなことよりこの男は怪しいですわ。
「あー! やめやめ! やっぱり今時、こんな手で誘拐されるガキはいねぇわなぁ。慣れないことはするもんじゃねえか」
「貴様、何者だ? なぜ私達を拉致しようとした?」
「お前、お子様らしくねぇ喋り方するなぁ。狩代家はよほど教育が徹底しているらしい」
「答えろ」
真黒という男、ヒリカの名前まで把握している?
ヒリカが厳格なる狩猟の神を発動させて、真黒に照準を合わせてますわ。
相手が誘拐犯なら手を緩める必要はありませんの。
「いいねぇッ!」
真黒が拍手をしてご機嫌ですわ。
なんですの、この男は。
「名家の娘だけあって素晴らしいねぇ! 霊力の練度や集中力といい、合格だ!」
「合格だと?」
「まぁその前にお前らには仕事がある」
その時、わたくしの身体の中に氷を敷き詰められたような感覚に陥りましたの。
背筋どころか全身が凍り付くような凍てつくそれは、真黒の霊力。
陽夜さんに霊力感知の訓練をしていただいたおかげで、ここまで感じ取ることができました。
「おぉ? どした?」
でも世の中には返って知らないほうがいいこともある。
この一瞬でわたくしはそれを理解しましたの。
(……勝てませんわ)
脂汗がぶわりと吹き出て、歯の根が合わなくなりました。
なんで出会うまでわからなかったのか。
「じゃ、無駄な抵抗とかしないほうがお互いに手っ取り早いだろ?」
真黒が黄ばんだ歯を見せて笑いました。
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