大人げない大人
翌日、オレ達は退魔師協会本部に向かった。
阿豪に頭を下げてもらうためだ。
この場には両親と鬼姫、閻那さんと堅鬼さんがいる。
学校は午前中だけ休むことにした。
学園長のお墨付きだから、気兼ねなく午後から登校する予定だ。
「バカな……。あのインビシブルマーダーを……こんなガキどもが……いや、しかし……」
あの阿豪は作戦成功を確信していたのか、ひどく驚いている様子だ。
バカな、はこっちのセリフなんだよ。
しかしってなんだ? まぁ予想はつくけどさ。
今はオレ達の保護者達の感情が高ぶっているから、これをまずどうするのか。
「鬼姫様もろとも殺害を試みたのは見過ごせませんな、阿豪さん。事と次第によっては鬼ヶ島家総出で動かせていただきます」
「阿豪さん、少しお痛が過ぎたようね。私の陽夜の純真なまでの心意気を踏みにじったこと……どうされるおつもりかしら?」
「玄武會の副會長ということで下手に出ていたが、これ以上は見過ごせんぞ……この若造が……!」
父さんと母さん、堅鬼さんが霊力を放出しつつある。
さすがの阿豪もこれには動揺を隠せずに、苦い顔をして三人から身を引いている。
さて、阿豪はどう出る?
「……すまなかった」
阿豪が床に手をついた。
意外すぎる行動に両親や堅鬼さんの霊力放出が止まる。
「傘下の者達には陽夜君達の保護を命じていた。万が一のことがあってはならんからな。ところが根が過激な奴らだから、言葉が足りなかったのだろう。陽夜君達には怖い思いをさせてしまった」
こいつ、何を言ってるんだ?
政治家の謝罪会見じゃないんだぞ。
「陽夜君、鬼姫ちゃん……先日の暴言を含めて申し訳なかった。君達は私が思う以上の大きな存在だった。今後一切無礼な真似はしないと約束しよう」
「おい、クソ野郎」
自分でも信じられないくらい声が低かった。
気がつけば妖力が漏れ出ていて、フロア中から悲鳴が上がる。
「ク、クソ野郎だと……」
「神月會の會長のニシキが言ってたぞ。『インビシブルマーダー討伐は失敗したことにしてほしい。そうすれば悪いようにはしない』ってな。これは何が行き違ってこうなったんだよ?」
「あのニシキは昔から頭が足りん男でな。いつもいらんことばかりをする……」
「なんでいい歳した大人が……ごまかしなく謝ることすらできないんだよッ!」
オレが阿豪に怒声を浴びせると、防御姿勢をとった。
無意識のうちに言霊が乗ってしまったらしい。
これは阿豪への攻撃行動と取られてもおかしくないな。
「貴様……! 下手に出ていれば!」
「いつ下手に出たって? もういいよ、どうせ詭弁と誤魔化しだらけの大人と話しても時間の無駄だ。阿豪さん、一発殴らせろ。それで今回はチャラにしてやるよ」
「誰に向かって……」
阿豪が片手を広げると、ブワリと空気が押し出された感覚があった。
こいつ、退魔術を使ったな?
「もう我慢ならんぞォッ! ここまでコケにされては玄武會の名が廃る!」
阿豪が完全に臨戦態勢に入った。
フロア中が大騒ぎで、人を呼べだとかいう声が聞こえる。
でも、この場には閻那さんがいるんだよな。
「……やれやれ、やるんなら場所を変えな」
「閻那さん、止めないんですか!?」
「宗司、いいかい? 陽夜は阿豪を一発殴りたい。阿豪はプライドを守りたい。じゃあ、お互いスッキリさせたほうがいい」
「しかし、阿豪さんは匠の位の退魔師です!」
「以前もこんなことがあったんじゃないかい?」
閻那さんが言うこんなことというのは、花一の時かな。
あの話は退魔師協会でも語り草になっていると、父さんから聞いたことがある。
そりゃ神の子だの持て囃されるわけだよなぁ。
「その時だって陽夜は自分で選択をした。今回みたいにね。あの子が選んだ道なら自分で切り開くか、コテンパンにされて身の程を弁えるか。それも人生だよ」
そう言って閻那さんはオレ達を退魔師協会本部の地下一階に連れてきた。
薄暗くて大きい部屋の中にしめ縄だの神棚だの、いかにもといった雰囲気の場所だ。
「ここは退魔師が封じていた呪霊を祓う場として使われていてね。それに呪癒師が特別な手段を使う時にも重宝している。とまぁ、そんなことはどうでもいいね」
閻那さんがしめ縄をさすりながら説明してくれた。
ここは神社仏閣と同じで、神様の力で守られているらしい。
オレの中で神様というと、あのヤマガミみたいなのが思い浮かぶのだけど。
「陽夜、阿豪。勝敗は私が決める。だから待ったをかけたら絶対にやめること。いいね?」
「わかりました」
「……はい」
阿豪の目が据わっているな。
形だけの約束を果たして後は逆ギレか。
オレが生まれた時にこんな大人が近くにいたら、ぐれていたかもしれない。
「じゃあ、阿豪さん。手加減なしでいくよ……狐火」
阿豪の霊力感知をすると、あいつは周りに何かを仕掛けている。
だから様子見として狐火を放った。
「温い」
オレの狐火が阿豪の前で勢いよく跳ね返った。
狐火はその場にとどまって、阿豪と一定の距離を取っていた。
「……結界?」
「阿豪は退魔師協会内でもトップクラスの結界師でもある。陽夜、そいつは花一のようにはいかないよ」
閻那さんの言う通り、今度は阿豪が仕掛けてくる番だ。
構えを取って以外にも肉弾戦――
「ぐっ……!」
気がつけば阿豪の拳で殴られていた。
それも半端じゃない威力でオレは壁に叩きつけられてしまう。
「ぐへっ……! い、いってぇ……!」
阿豪が走り出して今度は蹴りを放つ。
オレはサッカーボールみたいに弾き飛ばされて、壁に激突してバウンドした。
なんだ、この威力。単なる身体強化じゃないな?
「う、ぐっ……」
「初日では不覚を取ったが、あれで勝ったとでも思ったか」
阿豪が力を込めて構えた。
「私がなぜ退魔師だけでなく結界師の道を進んだのか、それは新たな力を生み出すためだ。退魔師と結界師、この二つを融合させた新時代の退魔術……|相反する双力が生み出した奇跡……」
阿豪の周囲には常に結界が張られている。
それもただの結界じゃない。
あれに触れたらあらゆるものははじき返されてしまう。
阿豪は手足をあの結界で覆うことによって、とんでもない威力を生み出していた。
守りばかりじゃない結界の可能性を引き出した退魔術、素直にすごいと思う。
「結界かぁ……」
「いかに貴様の力が特異であろうが、我が結界は誰にも貫けん」
阿豪がバリアパンチを放ち、オレは妖力強化で凌ぐ。
ところが結界の反発によってオレはまたしても押し負けてしまった。
床に叩きつけられてバウンドまでして、情けない有様だ。
「よーや!」
「鬼姫様、手を出してはなりませんぞ。これは陽夜様の戦いです」
「ううーー!」
堅鬼さんが押さえてなかったら鬼姫が飛び出していたかもな。
あの過保護な両親でさえ見守ってくれてるんだから、少しは我慢してほしい。
ただしその表情は鬼そのもので、鬼人族より鬼に近づいているけど。
試合が終わったら阿豪を殺してしまうんじゃないかとさえ思える。
「うーん……」
「あの花一さんがお前に負けたなど信じられんな。まぁどうせ頭に血が昇って冷静さを欠いたのだろう。昔からそれが弱点でもあったからな」
オレは痛みを堪えて立ち上がった。
そして阿豪を冷静に見据えて、そして笑顔を見せる。
「……強いね」
阿豪が片目をピクリと動かす。
強がりだとでも思ったんだろう。
「ならば、とっとと降参しろ。今なら……」
「いや、勝つよ。もうわかった」
「わかった……?」
オレがその場でぴょんぴょんと跳ねた。
鬼姫みたいな挑発をすると、阿豪が歯を食いしばる。
「……これ以上は遊びではすまんぞ」
「本気でこいよ。『最初から全力だったら勝てた』とか、言い訳されたら嫌だからね」
阿豪が青筋を立てていよいよお怒りだ。
一方でオレは阿豪のすべてが見えている。
新時代の退魔術みたいだけど、オレからすれば弱点丸出しなんだよな。
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