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インビシブルマーダー 3

 今日もオレは暗がりをさ迷う。

 どことも知れないここに人の気配はない。

 埃まみれのテーブル、散らかった家具、雨漏りで変色した畳や床。

 倒壊してもおかしくないこの建物はホテルか何かだろうか?


 とにかく家に帰らなくては。

 そう何度思って行動したかわからない。

 ところがオレは気がつけばまたここにいる。


 人がいないこの瓦礫やガラクタが散乱した廊下を歩いて、階段を上がる。

 どこに行っても人などいない。

 朝日が昇り、日が落ちて夜の帳が落ちる。


 最初は朝日がなんとなく嫌で動かずにいたこともあった。

 そのうち、夜のほうが動きやすいと気づく。

 きっとオレは夜が好きなのだ。


 夜はいい。こうしてバッドを振って意気揚々と歩ける。

 バッド? そうか、思い出した。

 オレに怒鳴り散らす年下の上司、蔑む若い男女、オレは会社に勤めていた。


 同期は若くして出世する一方でオレは平社員。

 年齢が50に届こうとしていた。

 結婚なんて夢のまた夢、窓際社員として蔑まれる日々を送るのはもうたくさんだ。


 オレは夜の街を徘徊した。

 そこでちょうどオレの前を歩く男女がいたんだ。


――オレの前でいちゃつきやがって。


 その怒りは膨れ上がって、オレは次の日から会社にいかなくなった。

 金属バッドを持って深夜、泥酔して歩く奴の後頭部を目がけて振り下ろした。

 するとそいつはあっさり動かなくなったのだ。


 ここでオレは気づいた。

 人間なんて大したことない存在だと。

 出世して偉そうにしてるあの上司だって、こんな風にあっさりと死ぬ。


 そう考えた時、オレの体に電流のような衝撃が走った。

 上司の帰りを待ち伏せして帰り道で一撃、実に呆気ない。

 あれだけキレ散らかしていた上司が情けない顔で道路に転がっている。


――ハハッ!


 オレは久しぶりに心の底から笑えた。

 どいつもこいつもカスばっかりだ。

 偉そうなことを言ったところで、こんなにもあっさりと死ぬ。


 オレは楽しくて毎日のようにカスどもを殺した。

 ところがオレは気がつけばここにいる。

 これがなぜか、まるで思い出せなかった。 


 最後に覚えているのは自分の首に縄か何かがかかっているところだったか。

 まぁどうでもいい。

 ここにはなぜか人間が頻繁にやってくる。


 そいつらを追いかけ回せば驚くほどびびって逃げ回った。

 そしてそいつらを殺して、次に来た奴らも殺して。

 実に楽しい。


――カンッ!


 気分がいいとオレはバッドで壁を叩いた。

 良く響いて心地いい音だ。

 どんな奴がきても同じだった。


 誰もオレを捉えられない。

 勝てるはずがない。

 オレは無敵――


「いっちゃえぇぇッ!」


――グ、ハァッ……!


 感じたことがない衝撃がオレを襲った。

 視界がぐるりと回って気がつけば目の前にあるのは天井だ。

 なんだ、一体何が起こった?


* * *


 今、確実にインビシブルマーダーに鬼姫(きき)の拳がヒットした。

 オレから見ても十分な手応えだ。

 あれはオレが妖力で身体強化しても痛いだろうからな。


「よーや! 鬼姫(きき)、強い?」

「強い、強いけど油断しちゃダメだ。ほら、まだ祓えてないだろ?」


 インビシブルマーダーの呪力を依然として感じる。

 おそらく立ち上がったのか、再び強い呪力が発せられた。


「しゃがめっ!」


 オレと鬼姫(きき)がしゃがんだ時にブンッと素振りのような音が聞こえた。

 すかさずオレが足払いをかけると、インビシブルマーダーがすっ転んだ感触がある。


鬼姫(きき)! やれっ!」

「いけっ!」


 鬼姫(きき)が倒れているインビシブルマーダーを両足で踏みつけようとした。

 ところが床が破壊されただけで、インビシブルマーダーにダメージはない。


「かわされたぞ! 左だ!」

「らぁーーーりあっとぉーーーー!」


 鬼姫(きき)のラリアットがインビシブルマーダーに直撃すると、確かに奴は吹っ飛ぶ。

 更に鬼姫(きき)の追撃の蹴りが放たれて、おそらくど真ん中に命中した。


――ハ、ハガハァッ!


「まだまだ! 気持ちよくなり足りないもん! あーーーたたたたたたぁ!」


 驚いたことに鬼姫(きき)はオレの指示がなくてもあいつを捉えている。

 オレが思った通りだ。

 鬼姫(きき)、というか鬼人族は細かい理屈を覚えるのが苦手なんだろう。


 昔から理屈で理解するよりも直感で戦ってきたんだと思う。

 だからオレがあーだこーだと説明するよりは、霊力感知の基本である集中や瞑想を教えるだけでいい。

 そこから先は鬼姫(きき)の直感だ。


(つまり鬼姫(きき)はほとんど直感だけであいつの居場所を把握している)


 オレに同じことができるかと言われたら無理だ。

 リーエルや華恋(かれん)だって修行中なのに、鬼姫(きき)はオレが少しコツを教えただけでほとんどものにしている。

 あの二人がこれを知ったら、さぞかし悔しがるに違いない。


――ハ、ハ、ハ……。


「笑えなくなっても笑うか。何が楽しいのか知らないけど、お前はもう終わりだ」


 呪霊相手にこんなことを言っても通じてるかわからない。

 あのペアレント然りハナコさん然り、呪霊の戯言に耳を傾けるなというのは父さんの教えだ。

 それを理解したところで意味がないし、中には同情してしまう人もいる。


 呪霊は災害みたいなものだ。

 だから淡々と祓うことだけを考えないと飲まれてしまう。

 その点、鬼姫(きき)なら心配なさそうで少し羨ましい。

 オレはというと、二年前のDVDの呪霊に少し思うところがあったからな。


「いけっ! いっっっちゃえぇぇーーーー!」


 鬼姫(きき)の連続パンチがインビシブルマーダーを滅多打ちにした。

 効いてはいるだろうが、なかなかタフだ。

 オレも鬼姫(きき)の隣に並び立って、妖力で身体強化した。

 合理性はないけど、なぜか拳で戦いたくなったからだ。


鬼姫(きき)、止めを刺そう」

「一緒に気持ちよくなろっ!」


 立ち上がったであろうインビシブルマーダーにオレと鬼姫(きき)の拳の照準が合う。


「ぶち抜けぇッ!」

「いっちゃおっ!」


 二人の拳がインビシブルマーダーにタイミングよく直撃。


――ハ、ガ、ハァッ……ンデ、な、ン、デ……。


 インビシブルマーダーの腹に風穴が空いたのがわかった。

 それから呪力が分散し始めて、あいつが地面に足をつけることはない。


――オ、レ、ノ……ジン、セ、イ……ナン、ダ……ッ……タ……。


 おそらく呪霊の生前の記憶が関係しているであろう最後の言葉だった。

 オレはただ黙って拳を下ろして、そして両手を合わせて黙祷する。


「……安らかにな」


 誰からもこんなことをしろなんて教えられてない。

 父さんだって、これを見たら余計なことをしなくていいと言うかもしれない。

 でもオレだって一度はろくでもない人生を歩んだ身だ。

 人として思うところがあってもしょうがないし、間違ったことはしてないと思っている。


「やった? いった?」

「勝ったよ。鬼姫(きき)、お疲れ様」


 そう告げると鬼姫(きき)はぐぐっとしゃがんだ。

 嫌な予感がしてオレは予めひょいっと避けると――。


「よーやぁ……あっ!」


 案の定、抱き着こうとしてきたけどそこにオレはいない。

 それが不満なのか、鬼姫(きき)がムッとした顔をする。


「……ぷーー!」

「せめて握手で勘弁してくれ」

「むー」


 鬼姫(きき)が手を差し出して握手、と思ったらものすごい力で引き寄せられた。

 ぎゅっと抱き着かれて完全に捕らえられてしまう。


「こ、こらっ!」

「えーへへ! 気持ちよかったね! またやろ!」

「は、は、離せ! 早く帰って報告しないと!」


 鬼姫(きき)を引き剥がそうとしたけどこいつ、相変わらずとてつもない力だ。

 こりゃインビシブルマーダーだってお陀仏だよ。

 オレもお陀仏になりそう。

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