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インビシブルマーダー 2

鬼姫(きき)が、もっと強く?」


 なんのことかわからず、鬼姫(きき)がきょとんとしている。

 オレは鬼姫(きき)の手を握って引っ張り、走り出した。

 とにかく今は仕切り直しだ。


「え? え? どこいくのぉ! 逃げるのー!?」

鬼姫(きき)は霊力感知が苦手みたいだな。まずは基礎を教えるから離れよう」


 急だったとはいっても、事前に相談しておくべきだった。

 合宿での合同訓練は直感とセンスのみで戦える内容だから、鬼姫(きき)の弱点なんてわからかったな。

 これだから呪霊討伐はおそろしい。


 父さんが言う相性の問題というのがモロに出てしまっている戦いだ。

 あのインビシブルマーダーは第四怪位だけど、人によっては苦戦したり善戦したりいろいろだろう。

 例えばヒリカなら一発で特定して射抜ける。


 逆に感知に関して修行中のリーエルと華恋(かれん)はだいぶ苦戦するはずだ。

 いや、リーエルは持前のセンスとえげつない退魔術でどうにかするかな?

 といってもあいつはその辺の呪霊とは違う。


(オレも偉そうにリーエルと華恋(かれん)に感知なんて教えていたけど、ここに入るまでまったくどこにいるかわからなかったからな)


 インビシブルマーダーは他の呪霊よりも呪力や気配を隠すのが抜群にうまい。

 というか感知しても姿すら見えないんだからな。

 闇雲に攻撃しても、きっとかすりもしないだろう。

 たぶんそうやってヤケになった退魔師を狩ってきたんだろうからな。


「ここなら時間を稼げるだろう」


 オレ達が隠れたのは地下の砂風呂室という場所だ。

 このホテルは無駄に施設や部屋数が多い。


「よ、よーや、鬼姫(きき)が強くなったらあいつ倒せる?」

「倒せるさ。時間がない。感知についてザッと教えよう」


 オレは自分が持てる知識やコツを鬼姫(きき)に話した。

 ただ鬼姫(きき)はチンプンカンプンといった感じで、なかなか骨が折れそうだ。


「目を閉じてぇ……こ、こぉ?」

「じゃあ、あいつが今どの方向にいるかわかるか?」

「あ、あっち?」

「違う。もっと左だ」


 オレ達を追跡しているであろうインビシブルマーダーの位置を感知してもらおうと、付け焼刃の特訓をしている。

 悪くはないけど鬼姫(きき)はこういう細かい技術的なことは苦手なんだろう。

 どうにもおぼつかず、明後日の方向を示すこともあった。


――カンッ!


「ちっ、この辺をうろついているな」


 見失ったオレ達を見つけようと、インビシブルマーダーがホテル内を徘徊している。

 ここはあいつの庭みたいなもんだから、人が隠れそうな場所くらい熟知しているだろう。

 ここが見つかるのも時間の問題だ。


「そっちぃ……?」

「違う。だいぶ右だ」


 鬼姫(きき)はうまく感知できず、段々と涙目になってきた。


鬼姫(きき)、わかんない……できないよぉ……」

「大丈夫だ。きっとできる」


――カンッ!


 音が少しずつ近づいてくる。

 あの野郎、すでにオレ達の居場所に当たりをつけているかもしれない。

 一つずつ部屋をゆっくりと確認して、それでいて確実に近づいてくる。


「う、うぅ~……」

「一度、落ち着いてまた目を閉じて」


 鬼姫(きき)が震える指先でまた見当違いの方向を示した。

 いい線がいっていると思ったんだけどな。

 やっぱり付け焼刃じゃ無理があるか?


「わかんない、わかんなぁい……」

「焦らず集中しよう」


 オレは鬼姫(きき)の肩を抱いた。

 少しでもコツを掴んでほしいから、腕を掴んで少しずつ正解の方向へ動かす。


「こ、こっち、じゃない、えっと……」


――カンッ!


 どうにもおぼつかず、さすがのオレも焦りを感じた。

 でもまったく見込みがないというほどじゃなくて、的中率でいえば半分程度は当たる。

 感知をやり始めてこれは考えてみたら上出来じゃないか?

 だって相手は遠くにいるんだぞ?


「わかんない! 鬼姫(きき)、できない!」

「落ち着け。絶対にできる!」

「だって鬼姫(きき)達、ずっとこういうのできなくてバカにされてきたって堅鬼(けんき)が言ってたもん! 昔から皆が退魔術を磨いているのに、鬼人族だけずーっと取り残されてきたって!」

鬼姫(きき)……」


 鬼姫(きき)はついにポロポロと涙を流し始めた。

 鬼人族と人間の間にどんな確執があるのかわからない。

 それはきっとオレなんかが語っていいレベルじゃないほどの歴史があるんだろう。


「悔しいよぉ……悔しい……」


 鬼姫(きき)が床に座り込んで泣いている。

 オレには鬼人族をフォローすることはできない。


鬼姫(きき)、立て」

「うっ、ううっ、ひぐっ……」


 オレは鬼姫(きき)の手首を掴んで立たせた。

 驚いた鬼姫(きき)がよろけながらもオレを見る。


「悔しいなら諦めるな。オレだって今も玄武會の連中みたいな奴らに煙たがられながらも戦っている。あんな連中を黙らせるために今、ここにいるんだ。鬼姫(きき)はそうじゃないのか?」

「そ、そう、だけどぉ……鬼姫(きき)、できない……」

「いや、鬼姫(きき)はできる。というか半分以上できているんだ」

「え……」


 鬼人族をフォローすることはできない。

 だけど、ここにいるクラスメイトをフォローすることはできる。

 オレはもう一度、鬼姫(きき)の手首を取った。


「目を閉じて集中しろ。そしたら今度は鬼姫(きき)が思った方向を指すんだ」

「場所の意識、範囲の特定、霊力の絞り込みとか……さっき言ってたのは?」

「それは忘れてくれ。とにかく集中したら鬼姫(きき)が思う方向を指してほしい」

「……わかった」


――カンッ! カンッ! カンッ!


 いよいよあいつが近くまできているな。

 今までもこうやって逃げる人間を追い詰めたんだろう。

 犠牲者に関しては、こんなところにくるような人間の自業自得とも言える。

 だからといって、それじゃしょうがないねとはならないけどな。


 一人でも犠牲者が出た時点でそれは討伐対象だ。

 野生動物だって人間を襲えば討伐対象になる。

 それとまったく同じだ。


「……あっち」

「合ってる」


 今のは偶然当てたんじゃない。

 距離が近くなっているから的中率が上がったとも思えるけど、鬼姫(きき)の動作に迷いがなかった。

 やっぱりオレが思った通りだ。

 鬼姫(きき)にはこっちのやり方のほうがいい。


「いいぞ、鬼姫(きき)。お前は……」


――ハハッ!


 今、あいつが笑った?

 その直後――


――ガァアァァァンッ!


 錆びついたドアが爆発か何かに巻き込まれたかのように吹っ飛んだ。

 静かな狩人タイプかと思ったら、とんでもないパワーを秘めてやがったな!


鬼姫(きき)、今のやり方で戦おう」

「き、鬼姫(きき)、強くなったかな?」


 オレは鬼姫(きき)の手を強く握った。


「ここに来る前より見違えるほど強くなった。鬼姫(きき)、やっぱり君は天才だ」


 オレがそう力強く言うと、泣いていた鬼姫(きき)の顔に笑顔が戻った。

 トーン、トーンとその場で軽く跳ねてインビシブルマーダーを迎え撃つ。


鬼姫(きき)、強くなった! あぁ! いかせちゃうよっ! いっちゃえっ!」


 白い八重歯を見せた鬼姫(きき)が高速で踏み込んだ。

 そして拳を突き出すと轟音と共にインビシブルマーダーが廊下の壁まで吹っ飛ぶ。


――ハ、ハハ……?


「あったりぃ!」


 鬼姫(きき)がピースサインをして元気いっぱいにポーズを取った。

 笑えなくなったな、インビシルマーダー。

 さぁ年貢の納め時だ。

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