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インビシブルマーダー 1

 ホテル、桃源の里。

 数十年前に多数のリゾートホテルが建造された時期があって、これもその一つだ。

 とにかく建てれば人が来る時代だったけど、景気が傾いてからは一転。

 不況のあおりを受けて多くの会社が倒産して、残ったのは無数の廃墟だ。


 今や所有者不明で解体すらできない状態のせいか、肝試しに来る人達が後を絶たない。

 そんな人達を次々と手にかけたのがインビシブルマーダーだ。

 行くなと言えば行く、近づくなと言っても近づく。


 人の好奇心はとどまらずに今日まで何人が殺されたかわからない。

 そのうちにわか仕込みの退魔師やら何やらで賑わいを見せてしまう。

 集まった人達をインビシブルマーダーは闇夜に紛れて殺していった。


 そう、こいつの厄介なところは昼間には姿を見せずに夜になったら活動を再開するところだ。

 だから今は深夜0時、子どもはとっくに寝ている時間だな。


「よーや、ここに呪霊がいるの?」

「そうみたいだね。今のところ、なんの呪力も感じないな」

「ふーん、出てこないなら鬼姫(きき)達にびびってんじゃない?」

「いや、慎重な呪霊は特に警戒しろと父さんが言っていた。だからこそ、今日まで祓われずにいるんだからね」


 鬼姫(きき)が力を持て余すかのようにシャドーボクシングみたいなことをしている。

 インビシブルマーダーは第四怪位と、トイレのハナコさんよりも低い。

 だけど聞いた限りじゃあっちより厄介さは上だろうな。


 トイレのハナコさんみたいにわかりやすく正面からやってくるわけじゃない。

 インビシブルマーダーはどちらかというと狩人に近い。

 オレ達がこうしてやってきても、一切呪力の片鱗すら見せないんだからな。


「なんかいっぱい落ちてるよー? あ! これ! おっぱい出してる!」

「バカ! これは邪な本だ!」


 オレはそれを狐火で跡形もなく焼却処分した。

 なんでこういう場所にこういうものが落ちているんだ。

 ここは元リゾートホテルだろ。


「なんで燃やすのぉ!」

「あれを見ると弱くなるんだ。危なかったね」

「えー! そうだったんだぁー! そーいえば堅鬼(けんき)も、見てはいけない本とかいって鬼姫(きき)が買った漫画を捨てちゃったんだぁ!」

「君は何を買ったんだよ……」

「しょーじょ漫画!」


 なるほど、最近の少女漫画の中には過激なものが多いと聞く。

 そう考えると最近の保護者もなかなか大変だ。


「なんもいないねー」

「油断しちゃダメだ。ここまでまったく気配が感じられないのも珍しい」


 オレは廃墟内で呪力感知をしているが、なかなかそれらしいのが補足できない。

 というかこういう場所には呪霊が溜まりやすいと聞いている。

 それがまったく何の感知もできないんだから、その時点で異常事態だ。


(これじゃリーエル達に偉そうに感知を教えられないよなぁ)


 などと自虐したところで何も解決しない。

 荒れ果てたフロントを通ってホテルの客室や厨房、大浴場を見て回った。

 壁には誰かが落書きしたと思われるスプレー缶による絵が描かれている。


「ねーねー! これ! 股すっごい広げてるよ!」

「あれも見たら弱くなる」

「ぎゃーー!」


 鬼姫(きき)は慌てて両目を手で覆う。

 こういう場所にああいうものを描く奴の神経がわからない。

 何が楽しくてあんなものを描いているんだ。


「なーんもいないねぇー。呪霊、鬼姫(きき)達にびびっちゃったんじゃないのぉ?」

「それだと困るけど、上の位の退魔師も倒してるような相手がオレ達にびびるかな」


――カンッ!


 廊下の奥から金属か何かで叩くような音が聞こえた。

 事前に聞いていた呪霊出現時の特徴と一致している。


「……きたな。鬼姫(きき)、オレと背中合わせで感知に集中してくれ」


 音の発生源に絞ってオレは感知を試みた。

 すると本当にぼんやりとだけど、呪力の反応がある。

 ゆったりとしていて、それでいてこちらを楽しんで追い詰めるかのような意志が感じ取れた。


(呪霊も元は人間の霊力が呪力になって変質したもの……。呪霊によってその特徴は異なる)


 今までの呪霊は殺意の中に悲しみや苦しさがかすかに感じ取れた。

 だけどこの呪霊にはそれが一切ない。

 まるで呪霊になれたことを喜んでいるかのようだ。


――カンッ! ズリ……ズリ……。


「近いな。鬼姫(きき)、背中合わせで迎撃だ」

「んもぉ……じれったいなぁ……」


 鬼姫(きき)と背中合わせになったものの、どこか落ち着きがない。

 こういう相手は焦ったら負けだ。

 音はかなり近いけど、姿がまったく見えない。


 少なくとも上の位の退魔師の感知ですら捕捉できなかった相手だ。

 もしオレ達で討伐できなかったら、もっとこいつの怪位は引き上げられるだろう。


「……ッ! しゃがめ!」


 オレと鬼姫(きき)がしゃがむと、直後に廊下の壁から衝撃音が聞こえた。

 ボロリと落ちた破片がその威力を物語っている。


「きたなぁーー! いっちゃえぇっ!」


 鬼姫(きき)が先走って反撃に出た。

 だけど鬼姫(きき)の蹴りが空を切る。

 当然だ。もうそこに呪霊はいない。


「あれぇ?」

「左だ!」


 オレが叫んだと同時に鬼姫(きき)の頭が何かに弾かれた。


「は、はれぇ~~?」

鬼姫(きき)ッ!」


 更に鬼姫(きき)の腹に二発目が入る。

 あっという間に連撃を受けた鬼姫(きき)多少くらりと頭を揺らした。


「よ、よっくもやったなぁッ!」


 鬼姫(きき)がそこら辺にパンチや蹴りを放ちまくる。

 壁が破壊されるほどの威力で、当たれば呪霊だって無事じゃすまない威力だ。

 肉弾戦なら間違いなくオレよりも鬼姫(きき)のほうが強いだろう。

 だけど、昔からこんな言葉がある。


鬼姫(きき)、落ち着け! どんな攻撃だって、当たらなければ意味がないんだよ!」


 呪霊は鬼姫(きき)の猛攻すれすれの位置に立っていた。

 鬼姫(きき)が熱くなっているのを見てせせら笑っているようにも思える。

 生前からとんでもなく性格が悪い奴だったに違いない。


「このこのこのこの! いっちゃえよぉ! いけよぉーーー!」

鬼姫(きき)! 闇雲に体力を消耗するな! 相手の思うつぼだ!」


 暴れる鬼姫(きき)を羽交い締めにしたところで、オレは気づいた。

 なんで玄武會がこの呪霊を提示したのか。

 それは単純な強さもさることながら、特に鬼姫(きき)とは相性が悪い。


 なぜなら鬼人族は霊力自体があまり高くない上に、使い方も下手だからだ。

 感知なんて繊細な芸当は、今まであまりしてこなかったんだろう。

 そんなことをしなくても、生き抜いてこられるほどのスペックがあるからな。


 鬼姫(きき)達は異常なまでに高い身体能力を少ない霊力で多少引き上げている。

 つまりやってることだけ見れば普通の人間と紙一重だ。

 霊力による身体強化は基礎中の基礎だからな。


「いだぁっ! うげっ!」


 鬼姫(きき)が更に滅多打ちされてしまう。

 いくら鬼姫(きき)がタフでも、このままじゃやられっぱなしだ。

 やられるたびに鬼姫(きき)の頭に血がのぼっていく。


「くっそぉーーーーーーー!」


 鬼姫(きき)が拳を真っ直ぐ放つと、ホテルの壁が音を立てて破壊された。

 ただでさえ老朽化がひどいのに、このままだと建物が倒壊する可能性がある。


 玄武會、本当に性格が悪いな。

 たぶんこうなることを見越していたんだろう。

 どうせお前達などその程度なんてな。


 鬼姫(きき)はバカにされた悔しさもあって、ヒートアップしている。

 やる気はあっても空回りする、それじゃダメだ。


――パァン!


「……いっちぃぃ! よ、よーや……!」


 オレは息を吐いてから鬼姫(きき)の頬に平手打ちを張った。

 インビシブルマーダーの攻撃をひょいっと回避しつつ、オレは鬼姫(きき)の両肩を掴む。


鬼姫(きき)、落ち着け。鬼姫(きき)なら冷静になれば勝てる」

「よーや……」


 オレは鬼姫(きき)の目を覚まさせた。

 そして鬼姫(きき)の暴れる様を見て一つの結論に至る。

 こいつはただ勝つだけじゃダメだ。

 生意気だけど、これは鬼姫(きき)が成長するための試練だと思う。


鬼姫(きき)、もっと強くなりたくないか?」


 インビシブルマーダーの攻撃を片手で弾きつつ、オレは鬼姫(きき)に笑顔を作った。

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