老害派
「このままでは済まさんぞ……!」
阿豪が体勢を立て直して、槍のような鋭い声を発した。
来るかと身構えたオレだが、冷風のような霊力がフロアを包み込む。
心地こそ寒冷地の吹雪に近いものの、まるでまだ温情を残しているかのような圧をヒシヒシと感じる。
「騒がしいねぇ。退魔師協会の本部に堂々と襲撃してくるはぐれ退魔師がいるってのかい?」
やってきたのは風もないのに銀髪をなびかせた美女だ。
まるで天女のような風貌で、オレはその姿にある種の神々しさを感じた。
羽衣がフワフワと浮いているのはおそらく霊力だろう。
(……強い、いや。強すぎる)
あの羽衣は霊力で浮いている。
ハッキリ言って無駄な霊力の使い方だけど、それができるほどの余裕の表れだ。
常に霊力を放出し続けられる退魔師なんて日本に何人いるんだか。
「あ、あなたは……」
「おやおや、誰かと思えば玄武會の子飼いの小僧じゃないの。ところでさっきの得体の知れない力は……お前じゃないのは確かだねぇ」
美女は阿豪なんて歯牙にもかけないといった様子で軽く鼻を鳴らす。
「……閻那さん、お久しぶりです」
「お、伍神家の男前と美人妻かい。今日も夫婦揃って仲睦まじいね」
「いえ、そんな……」
あの父さん達が恐縮しているぞ。
この美人は何者なんだ?
なんて訝しんでいると美女がオレと目線を合わせるようにして身をかがめる。
「この子が神の子かい。陽夜、さっきの謎の力の発生源はお前だろう?」
「はい。あなたは?」
「私は青龍會の會長をやっている閻那さ。そこにいる老害派の小僧と違って悪いようにしないから安心しな」
「老害派って……」
閻那がオレの頬をするりと撫でた。
余裕の態度を示したはずだけど、そんなもの見透かしているかのようだ。
青龍會の會長というと退魔師協会の四柱の一つか。
「老害派の小僧と神の子……聞かなくても何が起こったかなんて想像できる。大方、そこの阿豪が絡んできたんだろう?」
「そんなところですね」
「そこの小僧はね、老害派のトップのじいさんに育てられてるからすっかり洗脳されてるのさ。たぶん根は悪い奴じゃないから、そう嫌わないでやってくれ」
「そうなんですか。まぁもう気にしてないんで大丈夫です」
名指しされた阿豪が忌々しいとばかりに青筋を立てていた。
それにしても老害派って、要するに古くからの考えを重視しているってことか。
良く言えば保守派、悪く言えば老害派だな。
本来、それは正しいんだろうけど新しいものを受け入れようとしない連中はいつの時代でも足を引っ張る。
別にオレは受け入れなくてもいいんだけどさ。
「およ? あれって神の子?」
この緊迫した空気の中、聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。
「鬼姫?」
「あーーー! やっぱり神の子だぁーーー!」
「ちょ!」
なんと退魔師協会本部に鬼姫が現れた。
飛びついてきて危うくバランスを崩しそうになる。
「鬼姫様、そちらが神の子と呼ばれる陽夜様ですか」
「堅鬼、そーだよ! 鬼姫が結婚する男の子!」
堅鬼と呼ばれた男は一際体格がいい。
父さんよりも高い身長で、鬼姫とは違った雄々しい角が目立つ。
大木みたいな胴体なのに、身なりは蝶ネクタイのスーツというアンバランスさだ。
「日頃から鬼姫様と仲良くしていただけているようで大変感謝します。私、鬼姫様の教育係の堅鬼と申します。以後、お見知り置きを……」
「ど、どうも、名刺まで丁寧に……」
見た目と違ってかなり紳士的だ。
鬼姫と同じ鬼人族なのに、こんなにも違うものなのか。
「ねーねー! ところで神の子はなんでこんなとこにいるのぉ?」
「退魔師登録と口座を作りにきたんだよ」
「えーー!? まだやってなかったのー! 鬼姫はとっくにやってるよぉー?」
「マジか……」
「うんー! だって鬼姫、今日も呪霊討伐してきたもん!」
鬼姫は丸い八重歯を見せて笑う。
まさか鬼姫に先を越されているとは思わなかった。
そうだよな。あんなに好戦的な子が何もしてないわけないか。
「フ……。神の子に続いて鬼人族まで揃い踏みか」
阿豪が性懲りもなく絡んできやがった。
オールバックを撫でつけるその様は完全に余裕を取り戻しているように見える。
「神の子ー、このデコヒロ助、誰ー?」
「で、デコヒロ助って……。退魔師協会玄武會の副會長だよ」
「ふーん?」
デコヒロ助と聞いて、オレの両親が笑いを堪えていた。
閻那なんか遠慮なくゲラゲラと笑っている。
阿豪の手下らしき奴らすら笑いを堪えているじゃないか。
「……このガキめが、退魔術の一つも使えない劣等種の分際でこの私を愚弄するとはな」
阿豪の唸るような低音の声が怒りを際立たせた。
ナチュラルに差別発言するとは、さすが老害派といったところだな。
「今の発言は聞き捨てなりませんな、阿豪様」
「あ? 劣等種のお守りがこの私に何を口答えするつもりだ?」
「……三度目はねぇぞ、てめぇ」
堅鬼の様子が一変した。
さっきまでの紳士的な態度は鳴りを潜めて、拳を握った姿は完全に鬼そのものだ。
「フ、すぐに本性を表したな。いくら取り繕ってもしょせんは鬼そのもの……貴様らは人にはなり得ない」
堅鬼が激突する勢いで阿豪に迫った。
まるで弾丸のごとく速さ! が――
「へい、熱くなるな」
堅鬼と阿豪の間に閻那が立つ。
拳が閻那に当たる寸前だった。
「止めてくれんじゃねぇッ! てめぇも潰すぞぉッ!」
「堅鬼、ここでこの小僧を殴っちまったらますますあんたらの立場が悪くなるだけだ。その拳は私に預けてくれないか?」
閻那が堅鬼の拳に両手で優しく触れた。
堅鬼の怒りに満ちた表情が次第に和らいでいく。
「……承知しました。閻那様に託します」
なんか二重人格みたいでちょっと怖いな。
ここまで切り替えられるものなのか?
「うん、阿豪もそれでいいね?」
「仕方ありません。あなたのことだから、どうせちょうどいい妥協点を見出しておられるのでしょう」
「気持ち悪いくらいよくわかっているじゃないの。その妥協点というのは他でもない。あんた達が手を焼いている呪霊討伐を陽夜と鬼姫に託すのさ」
「ほぉ……」
阿豪が口角を吊り上げた。
確かに一番いい妥協点ではあるけど、それだと阿豪が圧倒的有利じゃないか?
いや、でもあの老害派を黙らせるにはそのくらいやらないとダメか。
あの閻那、優しそうに見えて優しくないな。
青龍會は老害派じゃないだけで味方でもない。
それぞれ派閥があるとしたら独立した思想があるはずだ。
青龍會は神の子に対してどういう考えを持っているんだろう?
「玄武會……反神の子の連中が苦戦している呪霊を陽夜が祓ったとなれば、黙るしかないだろう?」
「我々の思想はそう単純なものではないが……まぁいいでしょう。ただし彼はいわゆる仮免……退魔師の同行が必要だ」
「いや、ここは陽夜と鬼姫の二人でいかせる」
これには一同、言葉を失う。
「閻那さん、規定違反では?」
「その辺は私がどうにかしよう。それに同行者がいては、この提案に何の意味もなくなる。それはお前もそう思うだろう?」
「フン、まぁいいでしょう。ただしそこのガキども二人がどうなっても知りませんよ」
阿豪が冷たく一瞥してきた。
「保護者の二人はどう?」
「そんなもの許可できるわけが」
「いいよ、父さん。オレはやるよ」
父さんが怒る前にオレが承諾した。
どのみち、これはオレが選んだ道だ。
オレの存在を疎ましがる連中がいるのなんてわかっていたことだし、いつかはこういうこともあると覚悟していたからな。
「ただし成功した時は阿豪さんに謝ってもらいます。オレはともかく鬼姫達を侮辱したのは許せないからね?」
オレはわざとらしく阿豪に挑発的に薄ら笑いを浮かべた。
阿豪はフンと大きく鼻息を噴き出す。
その鼻っ柱をベッキベキにへし折ってやる。
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