伍神家の夜
「陽夜、合宿はどうだった? 痛くなかったか? 怖くなかったか?」
合宿から帰ってきた夜、食卓でオレは質問攻めに合っていた。
もちろん食卓の上には合宿終了記念とかいう名目でご馳走が並んでいる。
どう考えても三人家族で食べる量じゃないんだけど、ここには式神達がいるから大丈夫だ。
「ご主人ちゃまは三つのクラスのちょーてんに立ったのです!」
「えぇ、陽夜様のその風格は見ているだけで背筋が凍るほどです……あぁ寒い……」
「まぁー坊っちゃんなら当然のことですよ! ご当主様! ガハハッ!」
ワコ、雪女、火炎車が普通に馴染んでいるのがもうすごい。
最初は呼び出すつもりはなかったんだけど、ワコがどうしてもというから大所帯になった。
火炎車は人型になってもらって、今は普通のでっぷりとしたおっさんだ。
「うむ、その活躍が目に浮かぶようだ。さ、火炎車。ぐいっといけ」
「ガーッハッハッ! 恐れ入ります、ご当主様!」
「本当になぁ……その活躍ぶりが……目に浮かんで……想像もつかんほど……かっこよかっただろうなぁ……ぐすっ」
目に浮かんでねーじゃねえか。
なんか当然のように火炎車が日本酒を嗜んでいるし、妖怪屋敷になりつつある。
正直、食費だけですごいことになっているけどうちは金だけはあると言っていた。
頂の位の退魔師である父さんには、一生遊んでも使いきれないくらいの財産がある。
そのおかげで呪いで仕事ができなかった間も、お金には困らなかった。
それでも母さんはパソコンで、デザインなんかの仕事を請け負って稼いでいたみたいだけど。
「ささ! 坊っちゃんもぐいっと!」
「いや、オレは飲めないよ」
「なんと! しかし坊っちゃんほどの方ならば容易いはず! 酒のうまさを知りましょうぞ!」
「そうじゃなくて法的にまずいんだって」
この妖怪、じゃなくて火炎車。
いい奴なんだけど、人間の世界の常識を知らないから困る。
「まぁ、下品でお寒いこと……坊っちゃんはこっちの唐揚げのほうが好物ですよね……?」
「うん、そうだけど冷やさなくていいからね?」
雪女は雪女で過保護すぎるから、熱い食べ物をいちいち冷やしてくれた。
なんか冷凍唐揚げみたいになっている。
「だ、だって、熱すぎて坊っちゃんが大火傷してのたうち回ったらと思うと……寒気がします……うぅっ、考えただけでさむっ……あ、これも熱そうです」
「おっと! グラタンだけは冷やしちゃダメ!」
慌ててグラタンだけ自分のところに寄せた。
せっかく母さんが焼いてくれたのに冷凍グラタンにされちゃたまらない。
狐火とかいう陰陽術を使っているオレが、そんなものでのたうち回るか。
「ふーーっ……しかし、あのヤマガミとかいうものを撃退されたのは本当にお見事でしたぞ」
「なに! 火炎車! 陽夜がヤマガミを!?」
「それはそれは華麗で、我々なんぞ必要なかったかもしれませんな……ふぅー……」
「酔っていないでその件を語ってくれ!」
火炎車、元々赤い顔が酒のせいで更に赤くなっている。
ヒリカも崇めていたヤマガミだけど、オレから言わせれば呪霊と変わらない。
ただ一つ、呪力か妖力かの違いがあるだけだ。
「陽夜、ヤマガミに襲われたのか?」
「ノヅチっていう妖怪だよ。神様でもなんでもない」
「妖怪……? なんだそれは?」
「妖怪を知らないの?」
父さんと母さんが怪訝な顔をしている。
まさか妖怪という概念が浸透していない?
これは妙だな。
「ヤマガミは古の時代から人々に幸福と災厄を与えてきた神々だ。時に気まぐれで……昔の人々はその存在を畏れて、そして敬った」
「ヒリカも同じようなことを言っていたなぁ」
「イアヌ族はヤマガミと近しい民族だからな。人一倍、神に対する敬意は弁えているだろう」
父さんもイアヌ族も、ヤマガミが妖怪という認識を持っていない。
人知を超えたその力は紛れもない妖力なだけで、神の力でもなんでもない。
妖力というのはそれだけ未知の存在なんだと改めて認識した。
「その……ノヅチ、だったか。その名前はどこで知った?」
「ノヅチの言葉というか、そんなのが頭の中に流れ込んできた」
「か、神と交信したというのか! それでは本当に神の子ではないか……!」
「だから妖怪だって」
父さんがわなわなと震えている。
この反応で妖力というものの可能性を知ることができたのは収穫かもしれない。
神と恐れられている妖怪達が使う妖力は、それだけ人々を畏れさせる力を秘めている。
ノヅチのダンゴ虫生産能力は確かに知らなかったら、完全に神の仕業と思い込むのも無理はない。
妖力を駆使すれば、ああいうことができるんだろうな。
昔の人々はそういった未知の力を使う妖怪に抗えず、屈していたんだろう。
オレが作り出した式神達も座敷童、火炎車、雪女と見事に妖怪だ。
こいつらは実在する妖怪のレプリカということになる。
もっと言えばヤマガミの一種だ。
「……母さん、どうも我々は陽夜の力を本当の意味で理解していなかったようだ」
「そうね。陽夜の力は最低でも上の位の退魔師に届くと思うの」
「強さだけでそう判断するのは早計だが、これなら今からでも経験を積んだほうがいいかもしれん」
父さんと母さんは何の話をしているんだ?
まさかまたテストで連続で100点を取ったからって、有名大学に打診しないよな?
あれは完全に狂ってた。
「陽夜、少し早いと思っていたが呪霊討伐を本格的にやってみないか?」
「え? 今から? いいの? ていうかできるの?」
「学園の学生証はいわゆる仮免だからな。本免許を有する者が同行するのであれば、討伐の仕事を引き受けられる」
「やる! やってみたい!」
「よぉし!」
父さんが立ち上がってオレを抱き上げた。
それからなぜか肩車をしてくれる。
「陽夜! よく言った! 陽夜が生まれて嬉しいことランキングベスト4入りに入るほど嬉しいぞ!」
「でも仕事ってどうやるの?」
「まずは色々と準備がある。やることは退魔師登録、そして口座の開設だ。それを済ませれば退魔師協会、もしくは一般からの依頼を受けられるようになるぞ」
「すごい! やろう!」
「よぉし!」
父さんがオレを肩車したままスクワットした。
ぐわんぐわんと上下して少し変な感じだ。
「では今度の休みにさっそく済ませよう」
「登録はわかるけど口座って?」
「口座には討伐報酬が振り込まれる。退魔師協会は独自の金融機関を持っているのだ」
「すごいなぁ」
父さんが床に座っておちょこに口をつける。
隣では火炎車が酔いつぶれて、いびきをかいていた。
「では今度の土日に退魔師協会本部へ行こう」
退魔師協会本部、それを聞いて胸が躍らないわけがない。
実は一度行って見たかったんだ。
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