合宿最後の夜、嫁志望者達の暴走
「鬼姫、こんな時間に呼び出してどうした? もうすぐ消灯だぞ」
合宿最後の夜、宿舎裏に来いということで決闘でもするのかと身構えた。
ただ好戦的な素振りは見えず、抱き着いてもこない。
「陽夜、お前も呼び出されたのか」
「ヒリカ、あれ? リーエルに華恋も?」
オレ以外にも続々と女子達がやってきた。
なんだ、なんだ?
鬼姫の奴、まさかこの場でバトルロワイヤルをやろうってのか?
「鬼姫さん、わたくしはとても眠いのですわ。それに夜更かしは肌によくありませんの」
「へー、華恋はこんな時間に寝るんだー。お子ちゃまだねー」
「あら、この場で決着をつけたいのでしたら最初にそう言えばいいんですの」
なんか秒で一触即発になったところでオレが間に入った。
「待てよ。いくら鬼姫でも、こんなところで戦ったらおしりペンペンだってわかるだろ。だから別の用件だろう」
「おしりペンペンってなんですの!?」
「すっごく痛いやつらしいよ」
華恋が顔を赤くして鬼姫を横目と見た。
さすがの鬼姫だって学習しているはずだ。
「それで鬼姫、何か用か?」
「うん! 鬼姫はね、ヒリカとリーエルと華恋とせーせーどーどーと戦おうって思ったの!」
「正々堂々と? まさかまたケンカをするわけじゃないよな?」
「違うよー。戦うってのは誰が神の子と結婚するかってこと!」
なんだろう。耳がおかしくなったのかな?
前々から強引にキスしようとしてくるような奴だから、何を言い出してもおかしくない。
誰もが黙った中、ヒリカが鬼姫に近づく。
「詳しく説明しろ」
「そう! でもね! 鬼姫、わかったの! 神の子もヒリカもリーエルもすっごく強い! それにヒリカ、鬼姫のこと助けてくれたよね!」
「あぁ、礼には及ばない」
「ヒリカもすっごく強いってわかったから、皆がたいとーなの! だから鬼姫はケーイを持ったの!」
ケーイ、敬意のことか。
要するにオレ達のことを認めたから、改めて宣戦布告するってことね。
ただその内容というのがオレと結婚だの、まるで理解しがたいものだけど。
「ここにいる皆は神の子のこと好きだよね? しょーらい結婚したいと思ってるよね? 鬼姫もそう思うの!」
「鬼姫さん……ずいぶんと厚かましいのね。陽夜さんの結婚相手はこのわたくしと決まっていますわ」
「ダーメー! 鬼姫はもう決めちゃったもん!」
鬼姫がくるりとターンを決めた後、ニンマリと笑ってオレ達を指す。
「鬼姫は皆と勝負する! かかってこーい!」
バン、とオノマトペが表示されていそうな決めポーズだ。
リーエルは無表情で口元を真横に結び、華恋はフンと小馬鹿にして、ヒリカは冷笑する。
それぞれ胸中に何を秘めているのか知らないけど、たった一つ大切なことを忘れているぞ。
「あのさ、オレの意思は?」
「およ?」
「だからオレの意思だよ。なんでこの中の誰かと結婚するのが前提なの?」
「じゃー、神の子は誰と結婚するのぉ?」
いや、誰と結婚するとかそういう話でもないんだが。
大体、世の中には独身のまま生涯を終える人だって珍しくない。
結婚だけがすべてじゃないと言いたいけど、たぶん言っても無駄な気がしてきた。
だってそれぞれの女の子が迫ってきているから。
「ヨーヤ、結婚しよ?」
「陽夜さんは当然わたくしと結婚しますのよ」
「陽夜、君がほしい」
「神の子ー! キスしよっ!」
ジリジリとにじりよる四人の女の子。
やばいな。とって食われるわけじゃないだろうけど、何をされるのやら。
いや、鬼姫だけはキスとか明確な意思を示しているか。
「ヨーヤ」
「陽夜さん」
「陽夜」
「神の子っ!」
オレは妖力強化を足に集中させて一気に瞬発力を上げて逃げた。
おそらく戦いの時ですらここまで動いたことはない。
ひとまず人がいる場所に逃げ込もう。
そんなパニック映画の主人公みたいなことを考えていたら、足元に何かが引っかかった。
「うわぁっ!?」
これは蔓!? おい、華恋!
「陽夜さん、この際だからハッキリさせましょう」
続いてオレの体が宙に浮いて、これは水の中にいるような。
ということはリーエルか!
「ヨーヤ、結婚しよ」
こっちはこっちでマジでホラー映画みたいになっている。
さっきから同じことしか言ってないんだが。
オレが立ち上がろうとすると、地面に矢が突き刺さった。
「うぇっ!?」
「陽夜、私も華恋に同意だ。あまり長引かせるつもりはないのでな」
「長引かせるどころか、始めたつもりもないけど!? おぁっ!」
オレが再び走り出したところで鬼姫が抱き着いてきた。
終わった。普通に捕まった。
正直に言ってこの四人に本気で狙われて逃げ切るのは至難の業だ。
神の子だの言われているけど、オレだって一人の少年でしかない。
とんでもない力で押えられていて、頭突きをするにも距離が遠い。
考えてみればここにいるのは各名家の才ある令嬢達だ。
そりゃ本気になればオレ一人捕まえるくらい訳がないか。
「神の子、キス!」
「あのな! そういうことは軽々しくしたらダメなんだ! 他の皆もそうだぞ! 世の中にはオレよりいい男なんていくらでもいる! 皆は若いから何も見えてないだけなんだ!」
「鬼姫の執事みたいなこと言うねー。神の子、おっさんっぽーい」
「う……」
そりゃオレは転生している身だからな。
おっさんではないけど。
「鬼姫さん、陽夜さんの言う通りですわ。婚前のキスなんて不潔な行為は許しませんの」
「その通りだ、鬼姫。結婚とは神聖なものであり、まずは互いのことをよく知る必要がある」
その倫理観を持っていながら、なぜこの状況が生まれるのか。
これがわからない。
「んー、でもこれは勝負だしー……。早いもの勝ちでしょー?」
「いや、キスしたからって結婚には至らないからな」
「そーなの?」
「……どういう教育を受けて育ったの?」
鬼人族がどんな種族で鬼ヶ島家がどんな家かは知らないけど、かなり独特な価値観を持っているのかもしれない。
それにしてもこの力、本当に強いな。
「鬼姫、陽夜から離れろ。そのやり方には賛同できない」
「そうですわ、鬼姫さん。そんなことをしないと陽夜と結ばれないと考えているなら浅はかですわ」
などと、どの口で言ってるのかと思ったところで懐中電灯の光がオレ達を照らした。
「お前達! 何をしている!」
「ご、豪先生!?」
「宿舎の部屋にいないと思ったら、まだこんなところで遊んでいたのか! まったくけしからん!」
「いや、待ってください。オレは巻き込まれただけなんです」
オレは包み隠さず真実を語ったつもりだ。
豪先生はうんうんと納得してくれた様子だった。
だけど鬼姫がひょいっと抱えられてしまう。
「え! えー! せんせー!?」
「他の三人を呼び出したのは鬼姫だな! まずはお前からおしりペンペンだ!」
「やーーーー!」
鬼姫の絶叫と共に渇いた音が山に鳴り響く。
その壮絶な光景といったら、あれだけおしりペンペンに興味を示していたオレですら逃げ出してしまう。
ところがその後、当然捕まって見事おしりペンペンを初体験してしまった。
「痛い痛い痛い痛い! もうしませんしませんしませんていうかオレは巻き込まれただけなんだってぇ!」
「陽夜! オレはお前が神の子だからといって贔屓はせんぞ!」
その痛さといったら、下手な呪霊の攻撃よりよっぽど痛い。
この後はリーエルや華恋、ヒリカが順当に地獄を味わった。
あのヒリカが涙目で痛みを堪えて声を押し殺していたのは少し面白かったな。
華恋はですわ口調を忘れて大泣き、リーエルは普通に泣いてた。
この人と学園長だけは怒らせないようにしないと。
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