ヤマガミ 後編
「陽夜! よせ!」
ヒリカの静止なんて聞かずにオレは二人を守るようにしてダンゴ虫と対峙した。
ダンゴ虫はかすかにうねった直後に突撃。
「金剛盾ッ!」
巨大な盾とダンゴ虫が激突して、オレはかなり後退した。
手から腕にビリビリとした衝撃が伝わってくる。
つまり完全にパワー負けだ。
「陽夜さん! わたくしも……」
「よせ! 妖力がないとあいつの餌食だ!」
オレが語気を強くすると華恋は引っ込む。
あいつの肌からダンゴ虫が突き破ってくる攻撃は妖力によるものだ。
完全に意味不明で不条理な現象だけど、おそらく人はこれを神の力だとか災いなんて呼んで恐れたんだろう。
妖力は霊力と呪力の性質を併せ持つ。
その無限の可能性の一つから、あいつは選んだだけだ。
オレが知らない妖力の使い方をしているところからして、あれはその辺の呪霊とは違う。
「陽夜さんは平気ですの?」
「あぁ、なんとかね。妖力による干渉を妖力でなんとか抑えている」
「よくわからないけど、わたくし達の手には負えないということですのね……」
要するに相殺ってやつだ。
これは霊力だけじゃ網の目をかいくぐるようにして妖力に浸食されてしまう。
オレは全身を妖力でコーディングしながら戦わなきゃいけない。
「雷切ッ!」
雷切でダンゴ虫に斬り込む。
バチリとした大きな音を立ててダンゴ虫がかすかに押されるもダメージはまったくない。
「ワコ! 雪女! 火炎車!」
札を三枚、放って式神を顕現。
ワコがいれば二人への被害を押えられる可能性があるし、後は単純な手数を増やす。
「なぁにあれぇ、お坊ちゃん……虫なんか飼うならご両親に相談しないと……あぁ寒い……」
「子ども扱いしないでくれ」
「ガッハハハハッ! あんな虫ケラ、余裕ですぞ!」
雪女と火炎車が総攻撃を開始した。
火炎車が駆けまわってダンゴ虫を灼熱地獄に閉じ込める。
同時にダンゴ虫に冷気がまとわりついて、異なる二属性がバチバチとせめぎ合っていた。
一見して相性が悪い様に思えるけど、反する二つの攻撃がぶつかり合うことで対象であるダンゴ虫にも負担をかける。
「オオォ……ギャアアァァーーーーーー!」
「ひゃっ!?」
「ぬうぉ!」
ただそれでも、あのダンゴ虫には大したダメージになっていないな。
高速回転してまるで火の粉を散らすようにして振り払ってしまった。
「ば、化け物め……」
「陽夜、もういい……やはり人が抗っていい存在ではない」
「ヒリカ、何度も言うけどあれは神様なんかじゃない。神様なんてのは人が都合よく作り出した存在でしかないんだ」
「……どういうことだ?」
へたり込むヒリカを背にオレはダンゴ虫を睨む。
「人の手に負えないわからない存在を神様だなんて呼んでいるだけだ。そう呼んでおけば少しは恐怖が薄れるからね。あいつは獣と同じだよ」
「ヤマガミ様が獣……」
「自分達の領域に外敵が入ってきたから怒っているだけさ。そりゃオレ達が悪いけど、だからって殺されてやる筋合いはない」
「ではヤマガミとは何なのだ?」
その問いに対する答えとして正しいかわからないけど、オレはこう解釈する。
「妖怪」
オレの答えが不満だと思っているかのように、ダンゴ虫が地面に張り付くようにして広がった。
木々の間からおびただしい数の小さいダンゴ虫が這い寄ってくる。
「ひいいいぁあぁーーー! キモいですわぁーーーーー!」
「やはり神の力だろう! こんなもの人がどうにかできるはずがない!」
確かにキモい。オレも積極的に見たい光景じゃないな。
ただこんなもので気持ち悪がっていたら退魔師なんて務まらない。
オレの母さんなんてゴキブリを素手で掴むからな。
「お前の領域ならメチャクチャにしてもいいよな! 火炎車! 燃やし尽くせ!」
「ガーーハッハッハッハッ! お安すぎる御用!」
火炎車が回転しながらダンゴ虫達を燃え上がらせる。
その際に森が燃え上がり、オレ達を赤く照らした。
「陽夜! なんてことを!」
「ここはオレ達が知る世界じゃない」
短く答えてオレはダンゴ虫に向けて印を結ぶ。
あいつの硬い装甲を破らないとまともに戦うこともできないなら、これしかない。
「水の印……王水」
無色透明の水が波のようにダンゴ虫に迫って覆いつくす。
その途端、ダンゴ虫の殻が焼けるような音を立てて溶け始めた。
「オギャアアアアァーーーーーーー!」
ダンゴ虫が裏返ってその場でのたうち回った。
すかさず式神達の総攻撃、それプラス――
「木の印……剛雷撃ッ!」
オレが片手を振ると、ダンゴ虫に真正面から雷が衝突する。
落雷のような衝撃音と共にダンゴ虫がバウンドして地面に転がった。
ここでオレが放ったのはヒリカのクラスメイトに当てたものとは比にならない。
辺りの木々は火炎車によって燃やされて、雷によって裂かれた。
並大抵の災害ではこうはならない地獄みたいな光景だ。
ダンゴ虫は観念したように丸まって動かなくなる。
「オ、ギャア、ァ……」
「……ノヅチ、もういいだろう。無事に帰してくれるなら、これ以上は何もしない」
華恋とヒリカがハッとなってオレを見た。
その名を知ったのはついさっきだ。
そう、戦っているうちにこいつの意思みたいなものを感じ取れた。
「ノヅチ。それがお前の真名だ。もうその名前で呼ぶ人間なんかほとんどいないだろうけどね」
「オ、ギャ、ァ……」
パチパチと燃える音を背景にノヅチはまだ動かない。
オレはそれ以上は何も言わずに黙って見守った。
「さっきは呪霊みたいなものと言ったけど、あいつらと違ってちゃんと話が通じるはずだ。ノヅチ、もういいだろう?」
オレがそう訴えかけるとノヅチはのっそりと踵を返す。
――オンミョウシ……コノジダイデ……アエルトハ……
「……ノヅチ?」
――サラバ、ダ……
ノヅチは森の中に消えていった。
いつの間にか完全に鎮火していて、静かな森の風景が戻っている。
オレは背伸びをしてからようやく戦いの終わりを満喫した。
「陽夜……終わったのか?」
「たぶんね。今思えば怒っているというより、オレの力を試したかったのかもしれない」
「あのヤマガミが陽夜を……」
「さすが神の子だよなぁ。妖怪にまでもてちゃうのかぁ。アハハ……」
なんておどけてみたけど、正直に言ってご免こうむりたい。
そんなオレにヒリカがすごい顔を近づけてくる。
「な、なに?」
「陽夜、やはり私には君が必要だ」
「そ、そう」
「しかし、そこの華恋も君がほしいのだろう。だったらやることは一つしかない」
ヒリカが今度は華恋のほうへと向いた。
ぎょっとしつつも華恋は毅然としているな。
「華恋、私は正々堂々と陽夜を手に入れる。君にも負けない」
「何を言い出すかと思えば……ケンカを売るなら相手を見なさい」
こんなところでバチバチやらないでくれ。
それよりも早く元の世界に――
「陽夜君! 華恋さん! ヒリカさん!」
「いるなら返事をしてくださーい!」
「どこだぁ! どこにいるんだぁ! うおぉーーー!」
遠くから先生達の声が聞こえてきた。
オレ達を探しているみたいだし、どうやらノヅチは元の世界に帰してくれたみたいだな。
さてと、このことをどう話せばいいのやら。
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