防衛ゲーム 4
「こんなバカな……私の霊力感知は山全体を把握できるのに……」
ヒリカはショックを受けているけど、それができなかった原因は二つある。
一つはオレにばかり集中して疎かになっていたこと。
霊力感知も意図的にやらなきゃすべての霊力を感知するなんて不可能だ。
二つ目、ここは北の大地じゃない。
場所によって当然地形や気候も違うため、条件次第では感知の妨げになることもある。
だから感知の精度を高めるために常に訓練をするのは必須だ。
ヒリカはこっちに来てからそれを怠っていたのかもしれない。
「鬼姫はどうした? 倒したのか?」
「言う義理があるとでも?」
「それはそうだね」
「冗談だ。数人の犠牲でなんとか退場させたよ。駄々をこねたから豪先生に掴まって連れていかれた」
オレが思った通りだ。
鬼姫みたいな猪突猛進するタイプはヒリカと相性が悪い。
冷静に獣の動きや習性を見極めるヒリカ相手に鬼姫じゃあっという間に足元をすくわれるだろう。
「豪先生か。あの人、校内でも数少ない上の位の退魔師だからなぁ」
「そうなのか……。確かに肌がひりついたよ。もしあの人が獣なら、私はまず挑まない」
「そういう勘が働くのはすごいよ。強くなれるだろうな」
「……私をそこまで評価してくれるのか」
ヒリカが恥ずかしそうに顔を逸らした。
こんな子どもらしい仕草もできるんだな。
「私は思い上がっていた。皆を導くだとか、そんな段階ですらない。現にこのゲームでさえ勝てない始末だ。それに陽夜……君は噂に違わぬ実力者だよ」
「華恋のおかげでもあるけどね」
「華恋、初めて会った時は名前を上げなくてすまなかった」
今、そこを謝るのか。
当の華恋はフンとばかりにふてくされているけど。
「やっとわたくしの実力を理解しましたのね。まぁ、マリアナ海溝よりも深いわたくしの心で許してあげますわ」
「君の退魔術は元より、何よりその誇り高い性格も強さの秘訣なのだろうな。何事にも媚びないその精神、尊敬する」
「な、なんですって? 突然褒めても無駄でしてよ」
「それでいてあの退魔術は実に柔軟性がある。一見して敵を侮っているように見える君だが、その実態は飽くなき上昇志向の表れだろう。敵の隙をうかがい、奇襲性を高めてでも絶対に勝つ。ゴリ押し一辺倒ではない君の冷静さがよくわかる」
「あ、あ、あなた、ちょっとおかしいんじゃなくて!?」
あの華恋が一瞬でほだされたぞ。
顔がめっちゃ赤いし、まんざらでもないって様子だ。
「そして陽夜、君はすべてにおいて完成度が高い。私も体術は習っていたが、まるで太刀打ちできなかった。それにその霊力とも言い難い力はヤマガミに近いものがある」
「ヤマガミ?」
「君達の言葉でわかりやすく言うなら山の精霊……神の類だ。かつては人が持っていた力だが、いつの間にか失われたと父が言っていた」
「へぇ……?」
ヒリカの話は俄然興味がある。
イアヌ族は古くから日本に住む民族だから、もしかしたら陰陽師についての知識もあるのかもしれない。
なんて考えていたらヒリカがオレの頬を撫でてきた。
「な、なに!?」
「陽夜、私は君がほしい」
「はい!?」
「今までは父の言いつけで君を手中に収めようとしていたが今は違う。純粋に君が欲しくなった」
突然なんか言い出したぞ。
華恋が見たことない目つきになってるし、こんなところをリーエルに見られたらどうなるんだか。
そういえばリーエルは何をしてるんだろうな?
下手な動きをしないで隠れてやり過ごせって言ってあるけど。
「……ッ!?」
その時、オレは唐突に何か違和感を覚えた。
急に空気が張り詰めたというか、なんだこれは?
「なにか……くる?」
今はそうとしか言えない。
この感覚、呪霊なのか?
* * *
「フ……完璧すぎて自分が恐ろしい。誰がこの守りを崩せるというのか」
「ナクモ、オレぁ暇で暇でしょーがねぇぜ! 攻めていいかぁ!?」
私、リーエルは遠くにいる鬼姫ちゃんのクラスメイトを感知していた。
ヨーヤは隠れていろと言ったけど、そんなことしたら勝てない。
私はこの防衛ゲームに勝ってヨーヤを喜ばせたい。
それにヨーヤに霊力感知を教えてもらったおかげで、離れた位置からちゃんと把握できる。
ナクモ、ガロー、その他たくさん。
蜘蛛の糸が色んな所に張られていて、守りがすごく固い。
だけど私の心の中がぐつぐつと熱く煮えていた。
「水も滴るいい魔女」
私は退魔術を発動した。
まず一番近くにいる子に狙いを定めて水の大砲を放った。
「わああぁぁあッ!」
「何事ですか!」
勢い余って木が折れて一気に大騒ぎだ。
まず一人。ここにヨーヤがいたら褒めてくれるかな?
次、もっと褒められたいからがんばろう。
「こ、こいつ、二組の……」
「エーテルハイト家! 一人で攻めてきたのか!」
二人が大声を出した後、ふわりと体が回転した。
水の中にいるかのように二人は浮いて苦しみ始める。
「もがっ!」
「い、息が……」
二人だけじゃない。
更にもう一人、また一人と私の水も滴るいい魔女に飲み込まれた。
水の中じゃないけど水の中みたいな感覚、これが水も滴るいい魔女。
もうここは私のお庭、全員倒す。
全員倒せばヨーヤは喜ぶ。
――リーエル、よくやったな!
「えーへへぇ」
ヨーヤ、抱きしめてくれるかな?
いつも私から抱き着いてるけど、ヨーヤからそうしてくれたことはない。
ヨーヤは恥ずかしがり屋さんだから、しょうがないか。
「ひぐぁっ!」
「ぎゃあっ!」
「う、ぐっ……」
威力を高めた水鉄砲を当てて皆の光を消した。
倒れたまま苦しんで動かない皆を踏み越えて、そこにあるのは蜘蛛の巣。
ナクモの退魔術だ。
「あれはリーエル……単身で攻めてきたというのですか!」
「ナクモォ! あいつはオレが仕留める!」
「ま、待ちなさい! 何か様子がおかしいです! 顔が赤くて興奮状態です!」
「なんだ、そりゃ!」
飛びかかってくるガローに水鉄砲を放つ。
肩、足、胸、色んなところに連続で当たったせいで空中で体が揺れた。
「ゲッ! マジかよ!」
「ガ、ガロー!」
ガローの光も消えた。
ガローはナンバー3、ヨーヤは大喜びだ。
残ったのはナクモだけ、あいつを倒せばヨーヤは抱いてくれるかな?
「えへへ……ヨーヤ、ヨーヤ……」
「な、なんです! 不気味ですね!」
なんか言ったナクモをギロっと睨む。
「う……た、たった一人でどういうつもりですか!」
「ヨーヤに褒めてもらう」
「はぁ!?」
私は霊力を高めた。
心が、体が熱くなってしょうがない。
だってヨーヤ、あの柔らかい手でよしよしって、してくれるかな?
「う、うぅ……なんです、このバカげた霊力は……! 待ちなさいよ! わかりました! あの時のことは謝ります! 謝りますから!」
何か言ってるけど関係ない。
蜘蛛の巣を張って防衛しているけど、これも関係ない。
「水没」
私の周囲の蜘蛛の巣が水で洗われるようにして回転して剥がれ飛ぶ。
その際にナクモも巻き込んで木々も何もかもメチャクチャだ。
「わああぁぁ!」
「もうやめてくれぇぇーーー!」
「謝る! 謝りますぅぅーーー! すみませんでしたぁーー!」
渦に飲み込まれた全員が何か叫んでいる。
私がワールプールを止めると、辺りは静かになった。
森の木が渦上に倒れて、皆はそこら中に倒れて誰も動かない。
「……大将、倒せばよかったんだっけ」
誰も答えてくれない。
これってやりすぎた? 怒られる?
ヨーヤ、怒るかな?
どうしよう、ヨーヤが怒ったらと思うと不安になってきた。
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