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オレは退魔師になる

 オレはすくすくと成長して二歳になった。

 この年齢になれば簡単な単語なら話せるようになる。

 自立するのに霊力を使う必要がないのも嬉しい。


「母さん、おはよう」

「おはよう、あなた。ちょうど朝食ができたわ」


 父さんがあらゆる箇所をボリボリとかきながら起きてきた。

 最近になって気づいたけど父さんは家じゃめちゃくちゃだらしない。

 家族の前といえど、そこはかかんだろってところを躊躇なくかいている。

 どことは言わないけど。


「毎度頭が下がるよ。これで一週間連続で私が起きたタイミングで食事ができた記録を更新してるじゃないか」

「陽夜の分も抜かりないわ」


 訳の分からない記録が更新されているがオレの分も例外じゃない。

 オレは割とバラバラの時間に起きるのだが、いつ起きても母さんは朝食を用意してくれている。

 できたてのトーストとスクランブルエッグ、コーンスープからは湯気が立っていた。


「陽夜、今日もかわいいな。父さんのスクランブルエッグ食べるか?」

「んーん」

「じゃあトーストをやろう」

「んーん」

「わかった! スクランブルエッグか! 一週間連続陽夜の食べたいものを当てる記録を更新したぞ!」

「んーん」


 オレが何をどう言っても更新されるから最近じゃ諦めている。

 こうしてオレの皿にはごっそりとスクランブルエッグが乗せられた。

 昨日の夜は唐揚げが倍になるところだったから、適度なところでやめてほしい。


「あなた、今日は朝からお仕事だったわね。調子はどう?」

「全盛期のようにはいかんが少しずつ勘を取り戻しているよ。タイミングを見て会合にも顔を出さんとな」

「匠の位の退魔師も避けて通る『戦鬼』が復帰したと知って皆驚いてるんじゃない?」

「どうだろうな。煙たい連中はハンカチで鼻を押えているだろう」


 かつて伍神家は退魔師の名家と呼ばれていた。

 当主である父さんは退魔師界隈じゃ五本の指に入る実力者だったとつい最近知る。

 そんな父さんに呪いをかけた相手が気になるところだ。


「陽夜、今日は帰ったら映画でも見にいくか? 『血桜戦争 容赦なき男達の絆・ファイナル』が面白いぞ」

「んーん」


 どう聞いても子どもと一緒に見る映画じゃない。

 しかもいきなりファイナルとか言われてもたぶんわからない。

 父さんは見た目の人相の悪さも相まって血生臭い映画が好きみたいだ。

 アクション映画なら一緒に観たいな。


「あなた、それじゃ陽夜は退屈するでしょ。陽夜、『あなたに尽くしたかった 湖に散った恋の花道』なんかがいいわよねー?」

「んーん」


 タイトルからネタバレ臭とバッドエンド臭が漂う。

 母さんは恋愛作品が好きだ。オレはあまり興味ないかな。

 恋愛なんて前世から無縁だったし、それより退魔師について学びたい。

 

 ずっと独学で学んで訓練しているだけでオレは幸せだ。

 努力の結果が出るのがこんなにも気持ちいいなんて誰も教えてくれなかった。

 でもそんなオレを悩ませているものが一つだけある。

 だけどそれはオレの気のせいかもしれないからなんとも言えない。


「母さん、陽夜に恋愛映画はまだ早いだろう」

「あら、陽夜が私達みたいな素敵な恋愛ができるように今からでも教えておくのもいいんじゃない?」

「ふふっ、こいつぅ」


 うん、色々とお腹いっぱいだ。

 結局話し合いの結果、子ども向けアニメの映画を見に行くことになった。


* * *


「陽夜、退魔師は危険な仕事なんだ」


 三歳になった時、オレの中にある悩みが決定的なものになった。

 前からそうだったけど父さんはオレを退魔師から遠ざけている。

 家じゃ仕事の話はほとんどしないし、自分の部屋にも入らないように言いつけてきた。


「どうして?」

「退魔師はとても痛かったり怖い思いをするんだ。陽夜、お前にはもっと相応しい仕事がある。父さんは応援するぞ」


 今回、オレは父さんに退魔師になりたいと告げた。

 父さんなら喜んでくれるかなと思ったけど浅はかだった。

 父さんは呪霊との戦いで呪いを受けて命を落としかけている。


 そんな危険な目にあうような仕事を子どもに勧めないということだ。

 父さんはオレが自分の呪いを祓った件についても決して言及してこなかった。


 これは困った。

 オレとしては絶対に退魔師になりたいというのに。

 オレはめげずに食事の時も退魔師になりたいとお願いし続けた。


 そのたびに父さんはのらりくらりとかわし続けたけど、少しずつ変化が訪れる。

 それはオレが夜中にトイレに行こうとして起きた時のことだ。

 二人はまだ起きていて居間で何か話し合っていた。


「やはり陽夜は退魔師に興味を持っている。私としてはあんな危険な仕事をさせたくないのだが……」

「でもあの子の素質はあなたも知っているでしょう? あなたの呪いだってあの子が祓ったのよ」

「それについてなんだが……あの子が使っていた力はかつて陰陽師が使っていたものだ」

「陰陽師……!」


 母さんの顔が強張ったのを見た。

 オレが調べた通りで忌子、呪力、妖力、これらは禁忌として誰も触れていなかったみたいだ。


「かつて存在した陰陽師がなぜ今はいないのか。それは一重に危険だからだ。呪力を操り、時には人をも呪い殺す。それは呪霊の力と遜色ない」

「陽夜が呪霊と同じ力を……」

「……おそらくな。あれは呪力だろう」


 父さんの口から意外な言葉が出た。

 陰陽師について知っているものの、妖力については知らないみたいだ。

 父さんはオレが使っていた妖力を呪力だと思っている。


 オレが調べた妖力というのは既知のものじゃないのか?

 あの蔵にあった書物は?


「陽夜はどこでそんなものを……」

「前に陽夜が蔵で寝ていたことがあっただろう」

「えぇ、あの時は本当に探し回ったわ。あ、まさか……」

「あの蔵にはかつて陰陽師をやっていたご先祖様が残したものがたくさんある。だがしかし……あの蔵には厳重な封印を施されていたはずなんだが……」


 え? 意外にあっさり開いたけど封印されていた?

 だとしたらオレは無意識のうちに封印を解いたのか。


「陽夜が封印を?」

「あの子は私を救った。それだけで根拠としては十分だろう」

「あの頃の陽夜は今よりも幼かったのに……」

「陽夜は不思議な子だ。ひょっとしたら我々の想像もつかないような存在かもしれない」


 父さんがビールを飲みほしてジョッキをテーブルに置く。

 ふぅ、と気を吐いた後で母さんの目を見た。


「詠歌は陽夜が退魔師になるのに賛成するか?」

「あの子が選んだ道なら応援するわ。あなたは危険な仕事というけど、逆に言えばそれだけ多くの命が救われるということよ」

「そうか……」

「あの子は将来必ずたくさんの命を救う。親としてこんなに嬉しいことはない。そうなったらもう誰にもあの子を忌子なんて呼ばせないわ」


 壁に背を預けながらオレは目頭が熱くなった。

 親というのはこんなにも自分を応援してくれるものなのか。

 これが当たり前のことなのか、それともオレが選ばれただけなのか。


 いや、たぶんこれはすごく特別なことなんだ。

 オレは今、恵まれている。


「わかった。だったら私も腹を決めた。陽夜が退魔師の道へ進むなら全力で応援しよう」

「私もよなべしてあの子の陰陽服を作るわ! 蔵にある資料を元に張り切っちゃう!」

「それはいいが無理はするなよ。せめて三なべくらいにしておけ」

「あの子のためなら七なべはいけるわ!」


 母さんがよなべ力を発揮してくれるとなってオレはいよいよ涙が溢れた。

 三なべとか七なべとか、実は未だに謎なんだけどとにかく泣いた。

 母さん、嬉しいけどちゃんと寝てほしい。

 オレも無理をせずにがんばるからさ。

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