初等部の争い
ヒリカと鬼姫が一触即発状態になった時からどうも校内が殺伐としている気がした。
といっても初等部でしかも下級生が利用する校舎内に限るけど。
鬼姫が三年生を殴り飛ばして以来、やたらと三年生がうろうろしているのを見かけた。
ただしオレが姿を見せた時は――
「あ! 神の子だ!」
「あ、握手してください!」
「サ、サイン! サインいいですか!」
いかにも目つきからして悪そうな男子達が急にこれだからね。
握手くらいはいいけど、サインはさすがに断った。
オレはアイドルでも何でもないかな。
というわけでオレの日常が何か変わったかとなるとまったくそんなことはない。
うろうろしていた三年生もオレと握手したら満足して帰っていく。
そんな平和な日々を過ごしつつ、今日もリーエルや華恋と一緒に修行のために裏山へ向かった。
「あ、ヒリカ」
裏山へ向かう途中、リーエルが指した方向にヒリカが歩いていた。
下校ルートが同じなのかと思いきや男子達も一緒だ。
あの男子達、確かヒリカのクラスメイトじゃなかったはず。
「あら、あれだけ陽夜さんに熱を上げておきながら手が早いんですこと。ねぇ、陽夜さん」
「いやいや、あれはどう見てもそんな雰囲気じゃないよ」
「しかも複数人だなんて……いやらしいことこの上ありませんわ。あんな醜態を晒しておきながら陽夜さんにアプローチしただなんて、恥を知るべきですの」
「だからたぶん違うって……」
華恋はどうあってもそういう方向だと決めつけたいみたいだ。
一方でリーエルがコソコソとついていこうとしている。
「おい、リーエル。まさか尾行する気か?」
「ヒリカ、怖い顔してた」
見るとヒリカが男子達に囲まれて歩いている。
その表情は確かにいかにもこれから殺る気満々ってくらい険しい。
「こっちはもしかして裏山じゃないか? オレ達と目的地が一緒かもしれない」
「陽夜さん、あんなのほうっておけばよくてよ」
「あんな穏やかじゃない雰囲気な所を見せつけられてほうっておけない。華恋が嫌なら後で合流しよう」
「だ、誰も嫌だなんて言ってませんことよ!」
ヒリカ達が裏山に入っていってオレ達もついていく。
どこまで行くかと思ったら思ったより進まずに止まった。
ヒリカは男子達四人を前にして怯む様子がない。
オレ達はこっそり遠くから見守ることにした。
もし物騒なことにならないなら、覗く意味はないからな。
「ここなら余計な邪魔が入らないだろう。これで満足か?」
「わざわざこんなとこまで歩かせて、よっぽど恥をかきたくないんだろうなぁ」
男子達が明らかに霊力強化をして対峙している。
やっぱり物騒なことになっているな。
「言っておくが先にそちらのクラスの奴らが私のクラスメイトを傷つけたのだ。私はそれを守った。十分正当性がある」
「あれだけ徹底的に痛めつけておいてふざけるなよ!」
「私はきちんと口で警告した。手を出すなら私が相手になるとな。それを無視して挑んできたのはそちらのクラスの奴らだろう。それに……」
ヒリカは木を背にして何らかの構えを取る。
その手に現れたのは青白い炎をまとった何か。
それがかすかに揺らめいた後、明確な形を成す。
「そちらのお山の大将がケンカしたくてしょうがないのだろう? 何せ力で統一などというバカげた思想を持っているくらいだからな」
ヒリカは白い霊力を帯びた弓矢を男子達に向けた。
男子達はたじろぐも、負けじとして頑なに引こうとしない。
「き、鬼姫さんのことか! てめぇ……!」
「フッ……鬼姫さん、か。力で制圧されて抵抗する気力もなくしてただ従う。まるでこの国の縮図だな」
「たった一人で粋がってんじゃねーぞ!」
あのヒリカ、言うことがいちいち大人びているな。
度々オレも人のことは言えないけど、一体どんな環境で育ったんだろう。
そんなヒリカは男子達に矢を向けて威嚇している。
「そのたった一人相手にお前達は何もできない。私に近づくことはおろか、攻撃すらできない」
「そ、そんな弓がどうしたって」
男子の一人が前へ踏み出そうとした時、その足から血が出た。
「う、う、うあぁぁ! い、痛い! なんで!」
男子が足を押えて傷口を手で押さえている。
他の仲間達はただ茫然としてその様子を見ているだけだ。
「な、なんですの! ヒリカさん、何かしましたの!」
「ものすごい早さで矢を打った。矢は消えてない」
「リーエルさん、何を……」
リーエルの言う通りだ。
ヒリカは確かにあの霊力で形成された矢を放った。
ただし矢は弓にかかったままだ。
「厳格なる狩猟の神、私はお前達のあらゆる箇所を撃ち抜く。今は足をかすめただけだが、分断することもできた」
ヒリカが脅しとばかりに男子達の背後にある木を撃った。
ボン、とまるで風穴が空いたように木がくり抜かれる。
そして矢は依然としてイリカの弓にかかったままだった。
「ど、どうなってんだよ!」
「クソッ! やられっぱなしじゃ」
今度は反撃を試みた男子達の腕を矢がかすめたみたいだ。
「いでぇぇ! うううあうあぁぁ!」
「ひいいぃ!」
ヒリカは構えを崩さず、ただ冷静に男子達から視線を離さない。
まるで得物を捉えた鷹のような目をしている。
そう、あの男子達はもう何もできない。
一度に数発、それも正確無比。
異常なまでの命中精度、何よりあの集中力。
北の大地の狩人は狙った獲物を決して逃さない。
「お前達が傷つけた私のクラスメイトは泣いていた。あの涙を見て冷静になれるほど私は優しくない」
「悪かった! 謝る! 降参する!」
「だからもうやめてく……」
男子達の降参も空しく、今度は矢が足首をかすった。
さすがにこれ以上黙って見ているわけにはいかないな。
「いてぇぇよ……」
「もうやめてぇ……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにした男子達に対してヒリカは一切表情を変えない。
次の矢が放たれる直前、オレは印を結ぶ。
「金の印……金剛盾ッ!」
ヒリカの矢が金剛盾に激突して消滅した。
頭を抱えて震える男子達をよそにオレは金剛盾の横に立つ。
「陽夜……」
「さすがにやりすぎだ。もういいだろ」
「それが噂の陽夜の退魔術か。私の矢で傷一つつかんとはな……」
金剛盾を前にしてもヒリカは怯まない。
目を細めて物珍しそうに眺めている。
「おい、今のうちに逃げろ」
「か、神の子……神の子が助けてくれた……」
「いいから逃げろ」
「はい!」
男子達が金剛盾に安心したのか、腰を抜かしそうになりながらも逃げていった。
ヒリカに追撃の意思がないのはなんとなくわかる。
オレが真剣に男子達を守るとなれば、それなりの争いを覚悟しなきゃいけない。
それに加えてさっきの男子達はもう十分に怯えた。
そんなオレの勘の正しさを肯定するかのように、ヒリカが手元から弓矢を消す。
「……神の子はずいぶんとお人好しなのだな」
「鬼姫のクラスと争っているのか?」
「そのつもりはないのだがな」
ヒリカがオレ達に背を向けた。
「今日のところはお前に免じて身を引こう。ただし陽夜、私は必ず皆を導いて見せる。お前も含めてな」
そんな不穏な言葉を残してヒリカは山を下りていった。
ヒリカと鬼姫、二人の激突は避けられないのか。
争いはやめてだとか綺麗ごとを言うつもりはない。
ただオレにとってはせっかく転生して手に入れた学校生活だ。
同級生同士で仲良しこよししろとは言わないけど、殺伐とした戦国時代みたいなのはやめてほしい。
オレが本当に神の子なら、こんな争いなんて簡単に止められるはずなんだがな。
はてさて、どうしたもんか。
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