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ヒリカのお誘い

「陽夜はいるか!」


 昼休み、教室の入り口から叫んだのはヒリカだ。

 その声量がものすごくて、近くにいたクラスメイトは耳を押えている。

 あまりいい予感がしないけどオレは重い腰を上げて名乗り出ることにした。


「なんか用?」

「用がなければ来ることはない。当たり前だな」

「そうだね」

「陽夜、私達と共に歩まないか?」


 強引な子だとは思ったけど、言うことも突拍子もない。

 それを聞いて、はいそうですかと答える奴はたぶんいないと思う。

 だけど華恋と違って何かを企んでいるようには見えないな。


「どういうこと?」

「陽夜、君はあの花条家の当主を打ち破っていたな。あちらのリーエルはあのエーテルハイト家……このクラスには興味が尽きない。そこでまずは私の話を聞いてほしい」

「う、うん」


 ヒリカが突然顔を近づけてきた。

 やけに馴れ馴れしいというか、距離を詰めてくるな。


「この話には、すでに私のクラスメイト達は賛同してくれた。後は陽夜、君達だけだ。まぁ私個人としては君への興味が尽きないのだがな」


 頬を撫でられたせいで、妙にくすぐったくてオレは思わず離れてしまった。

 冗談で言ってるようには見えず、ヒリカはハツラツとした表情で真っ直ぐと見つめてくる。

 その時、オレの背後から異様な気配を感じた。


「ヒリカさん、お話がありますわ」

「ヒリカ、ヨーヤとお友達になりたい?」


 ほら、二人の女の子がそれぞれの思惑を抱えて登場した。

 リーエルはかわいいものだけど、問題は華恋だ。

 花一の件以来、少しは丸くなったと思ったけど本質はそう変わるものじゃない。


「おや、エーテルハイト家のリーエル……それと花条家の華恋。どうした?」

「このクラスにいるのはエーテルハイト家のリーエルさんだけではありませんわ。花条家の華恋を忘れるなんて、少し甘い見識をお持ちのようね」

「いや、きちんと認識しているぞ。どうかしたのか?」

「ではなぜリーエルさんのエーテルハイト家に続いて、花条家の名前を出さなかったのかしら?」


 なんかすごい細かいところに拘るな。

 ヒリカはどう出る?


「なぜと言われてもな。うん、わかった。これからは気をつけよう」

「……あなた、このわたくしにケンカを売っているのなら買いますわ」

「ケンカなど売ってない。共に歩む者にそんなことをして何になる」

「共に歩むとは、どういうことかしら?」


 訝しむ華恋をよそにヒリカは待ってましたと言わんばかりに勝手に教壇に立った。


「北の大地はかつてイアヌ族だけが暮らしていた豊かな土地だった。ところが長い歴史の中、外からやってきた者達によって次第に作り変えられてしまう。それで人々の暮らしは劇的に変わった。高度な文明によって築かれた街並みを見れば一目瞭然だろう。しかし本当にすべてがうまくいっているのか?」


 いきなり演説を始めたヒリカに誰一人異を唱える生徒はいない。

 あの空呂ですら聞き入っているように見える。


「外からやってきた者達は豊かな文明をもたらしたが、同時にイアヌ族の尊厳や文化を破壊した。改革という大義名分の下にイアヌ族に不平等な交渉を押し付ける。結果、イアヌ族の文化も人も死んだ。逆らえば殺されたのだからな。今、君達が甘受しているものはすべて血塗られた歴史の上で成り立っている」


 ヒリカの声には抑揚があった。

 学園長の長話とも違う絶妙な魅力というか、こちらにまでヒリカの感情が伝播してくるようだ。


「……まぁ恨み言を言うつもりはない。しかし、これは他人事ではない。君達だって明日は我が身だ。いつ余所者が侵略してきて日常や文化を破壊されるかわからない。いや、すでにそうなっている」

「そうなっている? まさか外国が戦争を仕掛けてくるとでも?」

「空呂、君にしては鈍いな。そうではない。誰が、とは言わないが我が国を我が物顔で闊歩して好き放題している連中がいるだろう。北の大地とて同じだ。外部からやってきた余所者が秩序を乱す。これは次第に国全体を蝕むだろう。気が付いた時にはすでに遅い。我々の国や暮らしはもう元に戻らない。その時にはすでに我々に馴染みのない支配者が立っているだろう」

「……言わんとしていることはわかるけどさ」


 空呂はこれ以上の追及を諦めたみたいだ。

 オレも好きに喋らせておくのがいいと思う。


「だからこそ我々は自分達の身を守らなければいけないのだ。奪われる前に気づいて団結する。そのためには私達でいがみ合っている場合ではない。共に歩むべきなのだ」


 ヒリカは演説が終わったのか、教壇から離れた。

 そしてまたオレのところへやってきて片手を差し出す。


「陽夜、改めてよろしく頼む」


 はてさて、この差し出された手を握って握手をしていいものか?

 ヒリカは悪い奴じゃない。オレだって仲良くしたいと思っている。


 だけどな、何か違和感があるんだよな。

 ヒリカの話は一見してまともだけど、何かが引っかかる。


「どうした?」

「ヒリカ、悪いけど保留にさせてほしい。オレの中できっちりと意思を固めておかないと君にも失礼だと思う」

「……そうか」


 ヒリカが手を引っ込めた。

 その際にほんの一瞬だけ氷のような冷たい眼差しを向けてきたのを見逃さない。


「返答は急がないが、よく考えてほしい。君達は平和ボケした連中とは違うと信じているのでな」


 ヒリカが踵を返して教室を出ると、廊下にはあっちのクラスメイトが待っていた。

 相変わらずすごい慕われっぷりだな。


「……まったくとんだ高飛車な女ですわね。陽夜さん、あんなのと結婚してもろくなことになりませんわ」

「いや、縁談の話まで飛躍してない」


 華恋がプンスカとばかりに怒っている。

 それとまた盛大なブーメランが華恋にぶっ刺さったな。


「陽夜、あの子の話をどう思う?」

「空呂は納得してなさそうだね」

「当然だよ。反論しても面倒なことになりそうだから黙っていたけど、あの子は結局自分のことしか考えていない。自分達の願望や問題を都合よく日本全体の問題にすり替えているだけだよ」

「やっぱりなぁ。オレが感じていた違和感は当たっていたか」


 確かに反論していたら不毛な言い争いになっていたな。

 その点、空呂は賢い。

 あのヒリカ、悪い奴じゃないけど色々と危ういな。

 オレだってケンカがしたいわけじゃないけど、このままだとまずい気がする。

 何かいい手は――


「もういっぺん言ってみやがれッ!」


 今度は廊下から怒号が響いた。

 なんだ? まさかヒリカが誰かとケンカをしているのか?

 何気なく覗いてみると、そこには意外な光景があった。

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