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狩代ヒリカという少女

 長い黒髪でやや色白、丸い目つきでバンダナを被った女の子が仁王立ちしていた。

 独特な柄が入った長袖の民族衣装に黒い皮のブーツと、どこか歴史を感じる闘衣(アルマ)だ。

 何より驚くのはその後ろに並ぶ隣の組の生徒達。

 どうもヒリカを慕っているように見える。


 そして添え物のように横にちょこんと立っている先生が担任の倉敷 (まもる)

 温厚でいかにも好々爺といったベテラン教師だ。


「あら、ヒリカさん……と、担任の倉敷先生。そちらも実習ですか?」

「えぇ、不破先生。こちらも討伐実習を行っていたのですが……どうもやんちゃが過ぎたようで……。うちのクラスの生徒がここら辺の呪霊を祓ってしまったのですよ」

「まぁー! それはそれは……まぁ……」


 オレも不和利先生もこれにはさすがに驚く。

 見くびっていたわけじゃないけど、隣のクラスってそんなに優秀だったのか。

 いや、その原因はあのヒリカだろうな。


「君達の尽力のおかげで今日も学園の平和と秩序を守ることができた! 礼を言う!」

「ヒリカさん! 私も嬉しいです!」

「オレもヒリカちゃんにすっげぇ感謝してるよ!」


 あっちのクラスメイト達がヒリカを大絶賛している。

 すごい人望だな。


 確か北の大地からやってきた狩代家の令嬢だ。

 狩代家は劣悪な環境の中で生き抜いてきた北の真の開拓者一族。

 その強さの神髄は極寒の地を切り開いた精神、そして荒くれの開拓者達をまとめあげた圧倒的統率力にある。


 そんな人間ならクラスをまとめ上げるくらい簡単なことだ。

 生徒達がヒリカへの敬愛を示すのようにして綺麗に並んでいる。


「倉敷先生の言う通りだ。君は陽夜といったな」

「な、なんでオレ?」

「君がそちらのクラスのリーダーなのだろう?」

「いや、そういうわけじゃないけど」


 オレがそう答えると、すごい首をかしげて訝しんでくる。

 何がそんなに不思議なんだ。


「……ならば、そちらのクラスのリーダーは他にいるのか?」

「リーダーかわからないけど、あそこの空呂君が学級委員だよ」

「ほう、なるほど」


 ヒリカが今度は空呂君を頭から足先まで観察を始めた。

 そんなヒリカを空呂君が冷ややかな目で見ている。


「……そんなにジロジロと見られると困るんだけど?」

「一見して平凡、霊力も特筆すべき点はない。ただしそれが逆に恐ろしい」

「……は?」

「体幹、視線、すべてにおいて隙がないのだ。おそらく君は腕っぷしを信じて戦うタイプではないだろう」


 ヒリカがすごい感心して空呂君の観察を続けた。

 空呂君はオレとしても今一掴みどころがないというか、只者じゃない気はしている。

 霊力はヒリカが言う通り平均的なものだけど、それが逆に怖い。

 奇しくもオレの空呂君に対する考察がヒリカと一致していた。


「光栄だけど買いかぶりすぎだよ。僕には君みたいな血筋や才能はない」

「フフ、わかっている。おそらくその殊勝な心掛けも君の強さなのだろう」

「フ、フン……もう好きに言え」


 あの空呂君が恥ずかしそうに顔を逸らした!?

 オレの前じゃいつもクール一直線なのに。

 あのヒリカ、他人に対する観察眼が半端じゃない。


 荒くれた開拓者達をまとめあげた狩代家。

 その本質が少しだけ見えた気がした。

 そんな二人の横で不和利先生がヒリカと空呂君にきょろきょろと視線を移している。


「えーと……倉敷先生、本当にヒリカちゃん達が呪霊を祓ったんですか?」

「はい、それはもう凄まじかったですよ。なんのために私がいるのかわからないほどです。元気な子ども達ですなぁ」

「元気なのはいいことですが……」


 不和利先生も腑に落ちない様子だった。

 ヒリカはともかくとして、他のクラスメイト達は言い方は悪いけど霊力を含めて平凡で横並びだ。

 それなのに第一怪位とはいえ、呪霊をここまで一掃するなんて一年生のスペックとは思えない。

 そんなオレの胸中を見透かしたかのようにヒリカが薄く笑う。


「フフ……何か納得がいかないことでもあるみたいだな。よもや自分だけが特別とでも思っていたのか?」

「いや、そういうわけじゃないけどさ。どうやってそこまでの成果を上げたのか教えてほしい」

「ほう、てっきり不快感を示すかと思ったが……」


 こんなことで怒るオレじゃない。

 神の子なんて煽てられているけど、一番そんなわけがないと思っているのはオレだ。


「プライドなど持たず、相手に敬意を示して教えを乞う。君の強さを裏付けているのは才能だけではないようだ。勤勉でどん欲、それこそが強さの幹線なのだろう」

「……それほどでもないかな」


 まただ。またこの見透かすかのような考察。

 なんとなくだけど、あのクラスメイト達がヒリカを信頼している理由がわかった。

 このヒリカ、他人の長所を見抜くのが抜群にうまい。


 褒めて伸ばすなんて言うけど、それを地でいっている。

 普通、初見でそこまで言えるか?


「話が逸れたな。コツを話したいところだが今は授業中だった。倉敷先生、不破先生。すまなかった」

「いえ、いいんですけど……」


 ヒリカが素直に謝った。失礼だけど意外だな。


「ねぇ不破先生、面白い子でしょう?」

「えぇ……」


 倉敷守先生が朗らかな笑顔を作った。

 この人も霊力からして何気に只者じゃないんだよな。

 中の位の退魔師らしいけど、ヒリカの言葉を借りれば底知れない何かを感じる。


「では不破先生、皆さん。ごきげんよう」


 守先生がクラスを率いてゾロゾロと帰っていった。

 ただやっぱり守先生が引率しているというより、ヒリカが一際目立ってクラスを率いているように見える。

 北の開拓者一族、狩代ヒリカ。


 あいつ風に観察するなら、相手の強さを認めている奴ほど怖いものはない。

 敵に回した時が怖いな。そんなことはないと願いたいけど。


「まぁ、なんて厚かましいんでしょ。あんなのに陽夜さんの何がわかるのかしら」

「仲良くしたいな」

「リーエルさん、あんなのと仲良くなる必要なんてありませんわ。北の開拓者だか知りませんが、あんなの知った風な口を利いて悦に浸っているだけですの」


 華恋に盛大なブーメランが飛んでいった気がするな。

 あんな大口を叩いているが、ヒリカがいる時は呆気に取られていただろう。

 それだけあいつの存在の大きさというか、カリスマ性に圧倒されてたということだ。


 現に各クラスが神の子一色な中、あいつは自力でリーダーシップをとったんだからな。

 それは認めざるを得ない。


「はいはーい、ちょっとしたハプニングはありましたけど実習はまた今度にしましょう。皆さん、教室に戻りますよー」


 不和利先生が日本人形と一緒に手を叩いてオレ達に教室に戻るよう促した。

 中途半端な感じになっちゃったけど、今日はあのヒリカの実態が知れただけでも良しとしよう。

 何も警戒する必要はない。

 オレ達は退魔師になるという同じ目標を持つ仲間なんだからな。

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