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解呪

「う、ぐぅぅ……うあぁぁ……ぐぁ……!」


 私、伍神宗司はついに限界が訪れていた。

 深夜、全身を強い痛みが襲う。


「あなた!」

「ううぅ……ぐぅッ……!」


 私は寝床で脂汗をかきながらこれまでのことを振り返った。

 陽夜が生まれる前、凶悪な呪霊と戦ったことにより呪いを受けてしまう。

 最初こそ取るに足らないと思っていたものの、この呪いは深刻だった。


 性質が悪いのはこの呪いは呪いだと気づかせない。

 呪いは少しずつ体を蝕んでいく。

 現に最初は軽い眩暈や頭痛程度だったのだ。


 疲れが出ているのかと思って最初は無視したものの、それが次第に軽い痛みへと変わっていく。

 食事中、入浴中、就寝時。軽く足や肩がズキンと痛む。

 思えば歩行中に腕に鋭い痛みが走った辺りで気づくべきだった。


 痛みといってもそれは一瞬で時間が経てば忘れてしまうほどのものだ。

 忘れられない痛みが走ったのはそれから二ヵ月後のことだったか。

 呪霊討伐中に腕に激痛が走ったせいで不覚を取って負傷してしまう。


 その討伐はなんとか成功させたものの怪我の程度は浅くない。

 病院へ行ってみても原因が特定できず、深夜に数秒程度の強い痛みを感じてからいよいよおかしいと感じたのだ。

 それから知り合いの呪い専門の呪癒師に見てもらった時にすべてが発覚する。


「手に負えない」


 いつもは片手間で呪いを祓う人物が私を見るなりそう告げた。

 菓子をつまみながら呪いを祓うような人物が、だ。

 つまんでいた菓子をほろりと落としたのが今でも印象に残っている。


 それで諦める私ではない。

 何度も頭を下げてようやく協力してもらえるようになった。

 しかしできることは限りなく少ない。


 その人物によればこの呪いは体内で呪力を無限に増大させるものだという。

 最初は微量だが少しずつ呪力が肥大化していって全身を蝕む。

 呪力に取り込まれた人間が楽に死ねる確率は宝くじで一等を当てるのと大して変わらない。


 なぜなら呪力は決して人が触れてはいけない力だからだ。

 人が持つべきではない忌むべき力、呪力。

 人が死ねば霊力が呪力へと変換されて呪霊と化す。

 呪霊は生前宿主が抱いていた負の感情を取り込む。


 今の私は呪力に取り込まれつつある状況だ。

 生きている人間が呪力に取り込まれたらどうなるか、まったく予想できない。

 考えられるのは私も呪霊のような存在となって人々に仇成す存在となるか。


「詠歌……わ、私は、そろそろ……げ、限界、うぐあぁぁッ!」

「ダメ! 私が霊力を注ぐから! 負けないでッ!」

「ダ、ダメだ、それ以上に呪力が、ご、ごぼぉッ!」


 大量の血を吐き出した私はいよいよ死を悟った。

 醜い呪霊になるくらいなら、いっそ自分の手で終わらせるしかない。

 私が恐れているのはこの手で愛する家族を手にかけてしまうことだ。


「あなた、な、なにをするの?」

「え、詠歌……陽夜を、たの、む……」

「ダメェェェーーーー! いやよ! 苦しいなら私と一緒に乗り越えるのよ!」

「私が、呪霊に、な、たら……み、ん、なを……」


 視界がぼやけて意識が途絶えつつある。

 もはや激痛すら感じない。

 私の体が私のものでなくなっていっている証拠だろう。


「あと、は、たの、む……」


 私は最後の力を振り絞って片手に力を込めて自らの首に――


「あうあぁいーーー!!」


 私は何かに弾かれた。

 ふわりとした感覚を味わった後、視界だけが天井を向いている。


「な、に……」


 違う。私は弾かれていない。

 私の喉や鼻から体内に新鮮な酸素が舞い込んでくる。

 次に指先から腕、肩と順に痛みが引いていく。


「なんだ、何が……」

「あなた! 腕! 腕!」


 詠歌に促されて私は自分の腕を見ると、呪いの痕跡が消えていく。

 節操なく伸びた枝のような黒の筋が端からフェードアウトしていった。


* * *


 オレが起きると隣で父さんが苦しんでいた。

 母さんが必死に霊力を送り込んでいるけど焼け石に水だ。

 何が起きているのか一瞬で理解したオレはすぐに行動に移す。


「あうあぁいーーー!(危ない!)」


 小さい手の平を父さんに向けて先日覚えた妖力を注ぎ込む。

 妖力は父さんを蝕んでいる大量の呪力を取り込むようにして一体化した。

 まるで煙を吸い込む換気扇のごとく凄まじい速度だ。


 呪力は妖力に取り込まれてやがて消えていく。

 更に妖力は役割を終えたかのように父さんの体に浸透していった。

 それから少しずつ父さんの呼吸が安定していく。


「なに、何が、起こったの……?」


 オレに答える術はない。

 ただ父さんが救われたという事実のみ知ってもらえれば十分だ。

 その父さんがうっすらと目を開けて手を動かした。


「う……急に……楽になったぞ……」

「あなた! 平気なの!?」

「詠歌……よくわからんが痛みも何もない……」

「どうして……」


 妖力は霊力と呪力の性質を併せ持つ力だ。

 平たく言えば二つの良い所どりとも言い換えられる。

 そう、妖力は霊力や呪力を中和する働きがあった。


 もちろん霊力も一緒に中和しているわけだから一時的に霊力不足に陥るわけだけど心配ない。

 父さんに浸透した妖力は霊力として変換される。

 この複雑怪奇な性質の力を理解するのになかなか苦労した。


 霊力と呪力の良い所どりとは言うけど一歩間違えれば呪力にもなる。

 つまり父さんに浸透した際に呪力へと変換されてしまえば終わりだ。

 そうならないようにオレは常に陰と陽の均衡を維持していた。


 妖力のコントロールさえ間違わなければ妖力が人の体に害をもたらすことはない。

 妖力というのはそれだけ凄まじいものらしい。


「体が、動く……」


 父さんが半身を起こして両手を動かす。

 そしてお座りしているオレを見て両脇を抱えた。


「陽夜、まさかお前が……? 今の力は?」

「あうあぅー(妖力)」


 聞いたところでわかるわけがないと父さんも気づいたみたいだ。

 早く発音できる年齢まで成長したい。

 早く父さんや母さんとたくさん話をしたい。

 父さんはオレを下ろして布団の一点を見つめた。


「一般的に解呪は呪いを消すのではなく退ける。西洋の悪魔祓いと同じだ。解呪された呪いはまた現世をさ迷うのだ。だが私を蝕んでいた呪いは……」

「あなた、難しいことはいいの。この子があなたを救った。今はそれだけで十分なのよ……ううぅっ、あなた!」

「そうだな……詠歌!」


 二人はオレの前で抱き合った。

 教育によくないのでは、と思うところだけど固いことは言いっこなしだ。

 オレも今更ながらに家族を救えた喜びが心の底から沸き上がる。


「ふぇ……ふぇえぇぇぇぇん!」

「よ、陽夜! どうした!」

「陽夜はよくやったのよ! あなたががんばったのよ!」


 夜泣きなんてしないオレだが今日ばかりは泣いてしまう。

 自分の成果を出せたからじゃない。

 父さんを救えたことが嬉しいんだ。


 努力が報われることがこんなにも嬉しいとは思わなかった。

 そしてオレは初めて親の役に立てたのか。

 生まれた甲斐があったな。

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