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北の開拓者

 陽夜の退魔師養成学園入学より二年前、北の大地にて一人の少女と父親が奮闘していた。

 雪深い山の中で防寒具に身を包んでいるのは狩代 ヒリカ。

 北の開拓者一族と言われている狩代家の次期当主で、雪国のイメージに違わない白っぽい肌に切り揃えた黒い前髪が特徴的だ。

 父親も同じ服装で極寒に備えており、少女の一歩先を歩いている。


「父上、はぐれ退魔師はこの辺りに逃げ込んだようだ」

「うむ、近いな」


 ヒリカは現当主である寒武(かんむ)と共に強盗殺人を働いたはぐれ退魔師を捜索している。

 狩代家は本土からやってきた開拓者よりも前から、この地に根付いて暮らしている民族の末裔だ。

 冬は零下を下回り、積雪によって大地が完全に覆われて、猛吹雪で視界もままならない。

 作物など育つ余地もなかったこの大地で彼らは数百年以上も前から独自の文化を築いてきた。

 

 かつては度重なる本土からの侵略によって数を減らしたものの、その血は耐えることなく脈々と受け継がれている。

 そんな自分達を彼らは誇りとしていた。

 北の大地を開拓して築き上げてきたのは自分達であり、決して外部から入ってきた者達ではない、と。


「退魔師協会も情けないものだな。はぐれ退魔師一人すらどうにかできんとはな」

「これ以上、この北の大地を汚されてなるものか」


 ヒリカは真剣な眼差しで雪がちらつく風景を見据えた。

 この北の大地は本土とは勝手が違う。

 ここに住む上で困難となる壁は環境だけではない。


「……父上、この山にもヤマガミが多くいる」

「素晴らしいな。今やお前の感知能力はこの山全域に渡るというのか」

「刺激せずにはぐれ退魔師のみを追い込もう」


 ヤマガミ。

 本土と違って長い間、開拓の手が入らなかった北の大地の自然には多くの神が住まう。

 彼ら一族はヤマガミを畏れ、時には敬った。


 狩猟の成功、災害による被害、病の蔓延など。

 ありとあらゆる事象はヤマガミによって左右されてきた。

 ヤマガミは呪霊とは違う。


 人が誕生する以前から山に住まう神の類であり、それを汚すことは何人たりとも許されない。

 そんな恐れ多い存在だが、彼ら一族は敬うことで繁栄を続けられてきた。

 たった今、ヒリカの視界の端に白く輝いた鹿が映る。


「父上、ヤマガミ様も穏やかではない様子だ」

「これだから本土の人間は……」


 彼らにとって本土からやってきた人間は余所者でしかない。

 長い歴史の中で、そんな余所者と争ったこともあった。

 しかし時は現代、紛争などという時代ではなくなった。


 彼ら一族も時代に合わせて思想を変えようと努めてはいたものの、簡単に割り切れるものではない。

 寒武は山に逃げ込んだはぐれ退魔師に対して怒りが収まらなかった。


(いつまでも北の大地を汚す余所者が……)


 寒武は今でも民族の繁栄を心から願っている。

 それは彼の祖父から脈々と受け継がれてきた思想だ。

 かつて彼らは本土からの開拓者によって支配されていた。


 開拓者がやって来る前に行っていた罠による狩猟の禁止など、文化そのものが駆逐されてしまう。

 更に不平等な交易の押し付けによって一族は隅に追いやられてしまった。

 ある時、我慢がならなかったと一族のある男が若い衆を引き連れて開拓者に挑む。


 ところが善戦はしたものの、次第に追い込まれた上に最後は男もろとも処刑されてしまった。

 それ以来、彼ら一族は抑圧されて過ごしてきたのだ。

 

「ヒリカ、北の大地を守るのは我々だ。決して余所者ではない」

「承知している」


 ヒリカは勇んで雪を踏みしめた。

 ヤマガミに対する畏敬の念も抱けず、北の大地に巣くう者達への憎悪の炎が揺らめく。

 その対象が潜んでいた山小屋の扉を勢いよく開けた。


「なっ! なんだぁ!?」

「逃げ切れるとでも思ったか」


 男は寒武に見つかるなり、山小屋の壁を拳で破壊した。

 その膨張した右腕は芋虫のように歪だ。

 

「オレの退魔術は肉体を鋼のように強化できる! やれるもんならやってみなぁ!」


 男は体を膨らませながらも背中を見せて逃げていく。


「肉体を限界以上に強化しているな。だがあれでは長く持つまい」

「父上、私がやる」


 男の背中にヒリカが矢を向けた。


厳格なる狩猟の神(ハシナクカムル)


 硬質化した男の背中を矢が貫通して、前のめりに倒れた。


「あ、あ、が……ご、ごふぉッ……」


 血を吐く男をヒリカは追撃しない。

 彼女なら一撃で絶命させることもできた。

 なぜヒリカはあえて男が悶えるように貫いたのか。

 それは男の横に白く輝く鹿が立っていたからだ。


「な、なん、だ……」


 白い鹿に見つめられた男の体が次第に変質していく。

 体が木へと変質した直後に指先から燃え盛り、一瞬で火達磨になった。


「だ、だ、だず、げぇッ……!」


 男が満足に断末魔をあげることなく燃え散っていく。

 男が焼かれた跡もやがて消えていった。

 ヒリカと寒武が白い鹿に対して目を閉じて静かに頭を下げる。


「お許しいただけたようだ。よかったな」


 寒武が頭を上げると、そこに白い鹿の姿がなかった。

 それから下山の間、寒武はずっとはぐれ退魔師のことを考えている。

 かつてこの大地に根付いていた一族は今や狩代家のみ、それ以外の人間はすべて余所者だ。

 元々この北の大地に住んでいなかった余所者の末裔に寒武は苦々しい表情のまま下唇を舐める。


(おのれ……)


 このままでは血が絶えるばかりか、北の大地が汚されてしまう。

 現状を打破する方法として考えてないわけでもない。

 それこそ彼なりに時代に合わせて思想を変えていた。

 屋敷に帰った後、寒武はヒリカに決断を下す。


「お前には本土にある退魔師養成学園に入学してもらう。そこを統一せよ」


 そう、寒武なりに思想を変えたのだ。

 数少ない狩代家だけでは繁栄を維持できない。

 それではどうするか?


 才能ある人間を集めて新たな北の開拓者に加える。

 寒武としては苦渋の決断だったが、一族の滅亡と天秤にかければ選択肢はそれしかなかった。

 しかもそれだけではない。


「神の子と呼ばれる少年……伍神陽夜を手中に収めろ。優秀な血が混ざれば、我らの血筋をより濃くできるはずだ」


 呪いのDVDを陽夜が祓った話は北の大地にも届いていた。

 父親と向き合ったヒリカは少しの間、言葉を発さない。


「私が神の子と……」

「不満か?」


 寒武の問いにヒリカは無言で笑った。


「そう見えるか?」


 見知らぬ少年と結ばれるなど、そんな恥じらいや葛藤などヒリカにはない。

 一族繁栄、北の大地を守る。

 それどころかヒリカは自分こそが上に立つ存在だと考えていた。


「頼もしい」


 寒武もまた笑って答えた。 

 敬意を持った者達は狩代家をこう呼ぶ。

 真の北の開拓者一族、と。

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