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陽夜の明日

「さて、職員会議に私が参加するのも何だが気にしないでくれ」


 私、不和利は職員会議に出席していた。

 いつもと違うのは学園長が出席している点だ。

 この時点で先生達に緊張が走る。


 まさかこの場で教員の査定をしようなんてことは?

 そんなことを考えると嫌でも身が引き締まる。

 新任の私なんかは特に。


「珍しいですね、学園長。初等部の職員会議に参加されるなんて……」

「いや、なに。一つ確認したいことがあってね。まぁそれは後でいい」


 後でいいという言葉通り、職員会議は通常通り進行した。

 校内における様々な問題を取り上げて解決に向けて話し合う。

 この学園での問題なんて大半は呪霊関連だ。


「……以上、プール開きに向けて巣くっていた呪霊を祓いました。第一怪位程度ですが水場は危険ですからね」

「しかしこの学園は本当に呪霊が多いねぇ」

「そういう場所ですからな。この前も理科室の標本に呪霊が憑依して大変でしたよ。ハハハッ!」


 先生達は中の位の退魔師だから学園に出没する呪霊程度なら造作なく祓える。

 私もそうだけど、この仕事は教員と退魔師の両方の収入があるからやりたがる人は意外と多い。

 きちんと討伐報告をすれば退魔師協会から報酬が貰える仕組みだ。


「そういえば花壇に落ちる呪霊はどうした? この前の入学試験の時に生徒が被害にあっただろう?」

「あれは生徒が祓いましたよ。確か例の神の子とエーテルハイト家の令嬢ですね」

「ほぉー! さすがなものですな! 神の子とエーテルハイト家の令嬢が共に! これは頼もしい!」


 陽夜君とリーエルさんはいつも一緒にいる。

 あのリーエルさんは人とのコミュニケーション面に不安があったけど、陽夜君がフォローしてくれて助かっていた。


「一年生で呪霊を討伐できる子などまずいませんからな! いやぁ、不和利先生! いい生徒を受け持ちましたな!」

「え? えぇ、まぁ……」

「うちのクラスの問題児なんか手に負えませんよ! なんたってあの鬼ヶ島家の子ですからな! 入学初日にクラスメイト全員とケンカをして勝っちまうんですから!」

「そ、それはすごいですねぇ……」


 鬼ヶ島家。

 鬼の末裔と言われている東北の名家だ。

 特別な退魔術は一切使わず、フィジカルのみで代々退魔師の仕事をこなしてきた。

 うちのクラスの子達とトラブルがなければいいんだけど。


「私のクラスの狩代家の子もすっかりリーダーですよ。北の開拓者の一族と言われているだけあってリーダーシップの取り方がうまいんです。将来が楽しみですよ」

「いやぁ、今年は豊作ですな。鬼ヶ島家、北の開拓者、エーテルハイト家、花条家、そして神の子。卒業後の活躍が楽しみですな。ガハハハ!」


 狩代家は北の大地を切り開いた開拓者を率いた一族だ。

 自然環境だけじゃなくて、現地に巣くっていた呪霊を祓って人が住める土地にしたのだから並大抵の家柄じゃない。

 ただ私が本当に心配しているのはその二つじゃなかった。


「……花条家といえば、当主が神の子に負けましたな」

「え、えぇ。私も見ておりましたよ。あれはなんというか……規格外でしょう」

「で、で、でも、さすがに花一さんも油断していたのでは?」

「子ども相手に研ぎ澄まされた血桜(レッドスレイヤー)まで使ったんですよ。言い訳が利かないでしょう」


 職員会議の場が静まった。

 やっぱり神の子の話題となるとこうなる。

 鬼ヶ島家や狩代家はまだ優等生で済むけど神の子、陽夜君はそんな次元じゃない。


 私が華恋さんを病院に連れて行っている間にそんなことになっていたなんて。

 それに勝てたからよかったものの、一歩間違えれば私は陽夜君を――


「そう、今日はその陽夜君について話し合いたい」


 学園長が口を開いた。


「学園長、神の子について話すと?」

「率直に聞こう。あなた達は神の子……陽夜君を退魔師にするべきだと思うか?」

「い、今更なにを。そもそも入学を許可したのは学園長でしょう」

「その判断が正しかったのか、今になって考えるようになってな」


 学園長の神妙な顔つきに諸君全員が凍り付く。

 五大退魔師、日本に10人といない極の位の退魔師ともあろう人の弱音だ。

 私でなくとも不安を覚える。


「正しいに決まっているでしょう! あの神の子ですよ!?」

「聞くがこの中で七歳の時、あの花一と戦ったとして勝てる者は?」


 挙手する人は誰もいない。


「無理に決まってるでしょう。血桜事件……はぐれ退魔師五十人規模の組織を壊滅させた花一さんですよ」

「その花一さんを戦闘不能に追い込んだのが神の子だ。さて、問題はこの神の子が本当に善の存在かどうかだ」

「当たり前でしょう! 神の子ですよ! 学園長、さっきから何を仰りたいのですか!」

「先生、神とは必ずしも人間にとって都合がいい存在ではない。それこそ気まぐれで天災を起こすような神もいるのだ」


 学園長の語りがよほど恐ろしかったのか、先生は黙り込んだ。

 あの陽夜君がそんなことをするとは思えない。

 あの学園長は何が言いたいの?


「このまま彼が何事もなく成長すればいい。しかし人生とは必ずしも順風満帆とは限らない。もし陽夜君が心に闇を落とすようなことがあれば……彼は悪魔になるかもしれん」

「……神の子が我々に仇成す存在になると?」

「可能性はゼロじゃない。現にはぐれ退魔師なんてのがいるくらいだ。彼らが何度悪事を働いてきたか……」


 あの陽夜君が?

 確かにちょっと大人びた子だけど素直でいい子だ。

 友達とも仲がいいし、とても悪魔になるとは思えない。


「もし彼が成長すれば退魔師の等級なんて枠組みじゃ計れない存在になるだろう。それが善か悪か……。今一度問おう。伍神陽夜君は退魔師になるべきか?」

「……なるべきですッ!」


 私は手を上げて答えた。

 いくら学園長だろうとさすがに我慢できない。


「陽夜君は私の生徒です! 仮に間違った道へ進もうとしたら必ず私が正します! それが私達、大人の務めではありませんか!」

「……そうだ! 不破先生の言う通りだ!」

「神か悪魔になるなら私達が神にすればいい! もちろん善の神だ!」

「学園長! 愚問ですな!」


 先生達が賛同してきれた。

 学園長は少しだけ目を閉じてから手を叩く。


「……素晴らしい。合格だ」


 学園長の拍手が会議室に響いた。

 あれ、このパターンってまさか?


「が、学園長?」

「教員達の意識を確かめるために少し試させてもらった。すまなかった」

「またそうやって! 試したがりというやつですね!」

「不和利先生、そう興奮しなさんな。現に先生達が陽夜君を神の子と崇め称えていたのは事実だろう? それではいかんと言いたかったのだ」

「た、確かに……」


 先生達を見ると視線を机に落として居心地が悪そうだ。

 学園長は最近の教員達の浮かれ具合を見抜いていた。


「陽夜君は確かに類まれなる力と才を持つが学園の生徒であることには変わりない。そのことを忘れないでほしい。さて、邪魔したね。失礼する」


 学園長が締めの一言を言った後で会議室から出ていった。

 残された私達は今一度気を引き締める必要がある。

 陽夜君が並外れた存在だからこそきちんと導いてあげなければ。

 心機一転、明日からまたがんばろう。

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