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トイレのハナコさん 2

「う……ここは……」


 わたくしが目覚めた場所は暗い女子トイレの中、どうやら気を失っていたようですわ。

 起きて立ち上がり、歩き出そうにもあまりに暗すぎますの。

 確か壁に明かりをつけるスイッチがあったはず、手探りで探してみるとありました。


「な、なんでつきませんの?」


 スイッチを何度押しても蛍光灯に明かりがつきません。

 壊れているのかしら?

 というかわたくしは一体どうしてしまったの?


 ここは夜の学校、トイレのハナコさんを討伐するためにこの女子トイレのドアをノックしたはず。

 三回のノックと共にハナコさん、遊びましょと言った後でわたくしはどうしてしまったの?

 どうして女子トイレで倒れていたの?


「ハナコさんはいませんし……帰りませんと……」


 お父様やお母様が心配するといけませんの。

 一階の玄関からじゃ確か出られなかったはず。

 さすがに夜は鍵がかかってますので、わたくしは退魔術で窓のカギを外したのですわ。


(……暗すぎますわ)


 確かに夜なので暗いのは当たり前なのですが、なんといいましょうか。

 すごくシンとして虫の一匹の気配すらも感じられませんの。

 わたくし、深夜におトイレに行くときも怖がったことはありませんがこれは少し不気味ですわ。


 慎重に階段を下りて一階にある入ってきた窓を探しました。

 玄関のすぐ近くにある廊下の窓、ここの窓のロックを外したのですわ。

 そう、ここの――


「な、なんでロックがかかってますの?」


 すぐ帰れるようにロックはしないで入ったはず。

 それなのになぜかガッチリと窓のロックがかかっています。

 しかも力を入れてもビクともしませんの。


「壊れたのかしら……美しい雪月花(ディアアプロディ)


 蔓を生成してロックを外しにかかりますがまったく動きません。

 壊れているどころではありませんわ。

 試しに他の窓のロックも外そうとしましたが同じですの。


(これはおかしいですわ……)


 異変を感じたわたくしは玄関に走りました。

 入り口は当然施錠されていて開いてません。

 仕方ありません。壊すしかありませんわ。


「蔓鞭!」


 蔓を束にして窓を打ちました。

 ところが窓は亀裂一つ入りませんの。

 大岩の岩肌すら削る蔓鞭でこんなこと、あり得ませんわ。


「何がどうなってますの!」


――アソビマショ


 校舎の奥から聞き覚えのある声が聞こえてきました。

 その瞬間、わたくしはすべて思い出しましたわ。

 そう、わたくしは――


――アソビマショ


「あ、あ、あ……」


 女子トイレのドアをノックしたわたくしは何かに腕を掴まれました。

 最後に見たのはあまりにおぞましい顔。


――アソビマショ


「に、逃げないと……!」


 わたくしは校舎内を駆けました。

 静まり返った校舎内でわたくしの足音、そして追いかけてくる音。

 廊下の床に当たる爪音。あれが、あれが。


「アソビマショ」


 わたくしの前に立ちはだかった怪物。

 人間の髪をおかっぱのように生やして瞳はドス黒い赤、干からびたおばあさんのような顔。

 爬虫類のような鱗に覆われた体で腰が異常なまでに細くてひどくアンバランス。

 その姿は教科書に載っていた土偶のようですわ。


「吸養花ッ! 吸いつくしてしまいなさいッ!」


 わたくしは三つの吸養花を生成してそれに攻撃開始。

 吸養花は触れてしまえばたちまち体中の養分を奪われてしまいますわ。

 わたくしに絡んだバカな子達のように。

 呪霊とて例外ではありませんの。


「アソビッ……マッ……!?」

「もう逃げられませんわ!」


 呪霊の場合、呪力を吸いつくしますの。

 呪霊を形成するのは呪力、それを奪い去るわたくしの吸養花は対呪霊戦においても隙がありませんわ。

 汎用性だけならお父様の退魔術よりもあると花条家の親戚の方々も評しますの。


「アゾ、ビ、マショッ……! アゾビマソオォォ!」

「……ッ!」


 なんてこと!

 吸養花が力ずくで引きちぎられましたわ!


「アソビマショォォーーーーッ!」


 呪霊が片手を伸ばすとわたくしの体がグンと引き寄せられましたの!

 触れてもないのにどうして!

 あっという間にわたくしは呪霊に腕を握られ――


「痺れ花粉!」


 千切れた吸養花から花粉が噴出、呪霊に直撃しました。


「ガッ……グショッ! グショッ!」


 独特なくしゃみと共に呪霊は倒れてもがき始めました。

 あの花粉を受けてしまえば人であれば二ヵ月は起き上がれませんの。

 呪霊ならせいぜい数分といったところかもしれません。

 今のうちに反撃するしかありませんわ。


「ア、アアアァァァーーーーーッ」

「……ッ!」

 

 まさか動けるなんて!

 またわたくしの体がグンと引き寄せられますわ!


「ぎゃッ……!」


 そのまま呪霊に腕を掴まれた後、廊下の壁に叩きつけられてしまいました。

 あまりの痛みですぐには立ち上がれませんの。

 早く逃げないと。


「……アソビマショ」


 呪霊がゆっくりとこちらに向かってきますの。

 だけどその異形な姿を改めて目で捉えた時、わたくしの中で何かが腑に落ちました。

 あの手はダメ、この手もダメ。

 頭の中で手段を想定してもそれが通じないと直感してしまいます。


――勝てませんわ


 その瞬間、背筋を冷たいものが走りました。


「ひっ……!」


 捕まったら次こそ殺される。

 わたくしは霊力強化で体を奮い立たせて逃げました。


(む、無理ですわ……)


 痛みと恐怖で頭がおかしくなりそうですわ。

 階段を駆け上がって廊下の角を曲がり、辿りついたのは職員室。

 もちろん先生なんて誰もいません。


 わたくしは机の下に隠れました。

 あの化け物に見つかったら今度こそ殺される。

 膝を抱えているとどんどん震えが止まらなくなりました。


(なんでこんなことに……)


 花条家は由緒正しき家柄、数百年の歴史を持つ名家。

 お父様は元より、親戚の前では常に気丈に振る舞ってました。

 親戚の子にも心を許すなと教えられて、冷たく突き放しました。


 花条家に相応しい婿を見定めろ。

 友達がほしければ私が選んでやる。

 お父様にそう言い聞かされてきました。


(わたくし、ちゃんと言うことを聞きましたのに……)


 いい子にしてましたのに。

 ちゃんと退魔術だって使えますのに。

 言葉使いだって言われた通りにしましたのに。


 わたくし、わたしはいい子じゃなかった?

 わたし、悪い子だった?


「なんで……なんでぇ……ぐすっ……ひぐっ……」


 花条家に相応しい退魔師になるために毎日修行した。

 お父さんだって褒めてくれた。

 お母さんだって笑いかけてくれた。


「もう、やだぁ……お父さん……おうちに帰りたいよぉ……」


 でも、こんなところ見られたら叱られちゃう。

 またビンタされちゃう。

 華恋、いい子じゃなかった。

 

「おがぁぁさぁぁん……おどぉぉさぁぁん……」


――アソビマショ


 職員室の入り口から呪霊が入ってきた。

 学園からは出られないし、どこに逃げてもあいつに捕まる。

 そしてわたしは殺されるんだ。


 わたしがいい子にしてなかったから。

 ちゃんとがんばって修行しなかったから。


「アソビマショ」


 机の下に隠れているわたしの前に皺だらけの顔がある。

 三日月みたいに口を歪めた顔。


「ころさ、ころさないでぇ……やだぁ!」

「アソビマショ」


 机が放り投げられて職員室に轟音を立てて落ちた。

 しゃがむわたしを呪霊が見下ろして、また笑う。


「シニマショ」


 呪霊が笑う。笑う。笑う。


「だれか、だれか助けてよぉぉーーーーー!」


「雷切」


 職員室内が光った。

 思わず目を閉じた後、ものすごい音が二つ同時に響く。

 職員室の壁に大きなものが衝突した音。

 もう一つは空を切り裂くような甲高い音。


「見つかってよかった」


 わたしがおそるおそる目を開けて見上げるとそこには。


「よく戦ったみたいだね」


 黒髪に精悍な横顔。

 独特な退魔服に身を包んだ男の子。

 ここにいるはずのないその子。


「陽夜……さん?」


 わたしがよく知る男の子が前だけを見据えている。

 その表情はクラスで見せたことがないほど険しい顔だった。 

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