トイレのハナコさん 1
わたくしは陽夜さんと結婚しなければいけない。
でも陽夜さんは最近いつもリーエルさんと一緒にいる。
陽夜さんはリーエルさんと結婚する気はないと言っていましたのに。
(このままだとお父様の言いつけを守れない……どうしたらいいんですの?)
悩んでも仕方ありませんわ。
わたくしは陽夜さんを尾行することにしましたの。
陽夜さんが好きなもの、嫌いなもの、どんな子が好みなのか。
そんなことを考えながらわたくしは毎日のように悶々としてましたの。
(これって恋してるみたいですの!?)
そう気づいた時、わたくしはベッドの上でバタバタと暴れてしまいましたわ。
このわたくしがあの陽夜さんに恋なんてするはずありませんの。
あんなのちょっと顔がよくて皆さんからも慕われて授業で当てられても必ず正解する。
おまけに退魔術だってわたくしの完敗ですわ。
(なぜいいところばかり思いつきますの!?)
気を取り直してわたくしは今一度考えなおしましたわ。
あの陽夜さんがどんな子を好きになるのか、ずっと考えましたの。
すると思い浮かぶのがあのリーエルさん。
(リーエルさんはエーテルハイト家の令嬢……なるほど、ですわ)
答えなんて簡単でしたの。
決断したわたくしは第一回クラス呪霊討伐戦を考案しました。
それでわたくしが一位になれば陽夜さんもリーエルさんからわたくしに心変わりするはず。
そのためにわたくしは徹底して作戦を立てましたわ。
学園内で強い呪霊はいないか、お父様に聞いてみましたの。
「トイレのハナコさんだな」
トイレのハナコさん。
お父様が在学していた際に噂になっていたとのことですわ。
初等部二階の女子トイレの奥から二番目のドアを夜中に三回ノックする。
その際にハナコさん、遊びましょと言う。
するとハナコさんが出現するといいますわ。
お父様は見たことがないらしいのですがその昔、お父様のお父様が学園に通っていた頃の話。
学園内で祓おうとした教師数名を死傷させたようですの。
学園内で大きな事故は一度も起こっていないなんて大ウソですわ。
実際にはトイレのハナコさんは第六怪位に指定されたまま忘れ去られた。
(これですわ!)
話を聞いただけなら恐ろしい呪霊ですが、それも60年以上前のこと。
退魔師の退魔術は日々進化して精錬されてますの。
お父様が言ってたことなので間違いありませんわ。
(陽夜さん、あなたは強い子に惹かれる。それならすぐにわたくしに惹かれますわ)
わたくしは夜中の学園に行くことにしましたわ。
第一回呪霊討伐戦の優勝はわたくしで決まりですの。
* * *
「皆さん、残念がお知らせがあります。花条華恋さんはしばらくお休みするようです」
朝のホームルームで不和利先生がとんでもないことを言った。
昨日あれだけ討伐戦をやるとか息巻いて元気だったのに?
あんなに余裕があったのに?
「不和利先生、華恋は病気ですか?」
「それが先生も聞いてないんですよ……。今朝、お母様から華恋はしばらく休むと連絡が入ったんです」
あまりに突然のことで頭の中で整理が追いつかない。
病気の可能性もあるけど、オレはどこかキナ臭さを感じた。
事情を知ってるとしたらまず花条家だ。
本当に華恋が病気なのか、オレは疑った。
華恋の最後の様子を思い出せ。
討伐戦でオレは勝利を確信したけど華恋は余裕の態度だった。
あれはもっと強い呪霊を討伐できる自信の表れだと思っている。
じゃあ、華恋がその呪霊と戦ったとしたら?
どこで?
華恋の討伐戦のルールはあくまで学園内だ。
つまり学園の外にいる呪霊と戦いにいった可能性は低い。
帰りに未知の呪霊に襲われた可能性はあるが、そんなものを考慮してもしょうがない。
華恋が学園内にいる強力な呪霊と戦いにいって行方不明になったと考えるのが自然だ。
それはいつだ?
放課後から今日の朝にかけて、オレの見立てでは深夜だ。
ただ仮説ばかり立てても仕方ないな。
「不和利先生、授業をやってる場合じゃないです。華恋は呪霊の被害にあってます」
「えっと、どういうことですか?」
オレは不和利先生や全体に向けて考察をすべて話した。
話している最中、ふといつも華恋と一緒にいる二人を見る。
明らかに青ざめた顔をして俯いているな。
「まぁ……華恋さんは深夜に学園に忍び込んだと?」
「断定はできませんがそうかなと思います。そこの二人にも詳しく聞いたほうがいいんじゃないかな?」
オレが指した二人はビクリと体を震わせて顔を逸らす。
「あなた達、華恋さんについてなにか知ってるのですか?」
「し、知りません……」
「教えてください。華恋さんは大切な生徒であなた達のクラスメイトです」
「……華恋さん、昔からいる強い呪霊を討伐するって言ってた。でもそれが何か聞いても教えてくれなくて……」
呪霊討伐戦で情報が漏れていいことはないからな。
ただ問題は華恋がどこでそれを知ったのか。
しかもこの様子だと最初から自分だけ有利な状況で戦うという、いわゆる出来レースをするつもりだったのか。
なんでそんなことをしようと思ったんだろう。
思えば家族ぐるみの付き合いとはいってもあいつのこと何も知らない。
そもそも自分のことを話したがらないからな。
「……トイレのハナコさんだったりして」
教室の一角でメガネをくいっと上げる空呂君。
「と、トイレのハナコさん? 空呂君、それはなんですか?」
「不和利先生は知らないんですか。まぁ僕もそこまで詳しいわけじゃないけど……。親の手に負えない悪童達の霊力が呪力に転じた集合呪霊だったかな」
「始めて聞きましたねぇ……」
「不和利先生は若いから知らなくてもしょうがないですよ。だいぶ昔に確認された呪霊らしいですからね」
いや、七歳の子どもがそれを言うか。
オレも人のことは言えないけど、どいつもこいつもませてるなぁ。
この空呂君、何者だ?
「ただトイレのハナコさんは普段は姿を見せないんです。そのせいで今日にいたるまで討伐されてないんだと思いますよ」
「じゃあ、どこにいるんですか?」
「さぁ……。ただ姿を見せないということは裏を返せばどこかここじゃない場所にいるということ。華恋さんもそこにいる可能性があるかもしれない」
「それは一刻を争いますねぇ! さっそく先生達に知らせて学園中を捜索します!」
不和利先生がバタバタと教室を出ていった。
まだ確証もないのに早計だなと思う。
それよりも――
「空呂君、トイレのハナコさんについて詳しく教えてくれる?」
「君は確か陽夜君……神の子とか言われている……」
「今の話を聞いて少しピンときたんだ。頼む」
「だから僕もそこまで詳しいことはわからないんだけどなぁ。まぁいいよ」
オレは空呂君から更に詳しい話を聞き出した。
やっぱりオレの思ってた通りだ。
華恋を救い出せるとしたらたぶんオレしかいない。
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