陰と陽
ひたすら父さんの部屋の文献を読み漁る日々を送ってオレは一歳になった。
肝心な内容が書かれている本はほとんどない。
退魔師や退魔術、霊力、呪力。どれも調べたけど何かが抜け落ちている気がしてならなかった。
ここでオレは一つの仮説を立てた。
多くの呪力を宿したのが忌子なら当然呪力そのものが忌み嫌われる。
おそらくどこかの段階で呪力に関する情報そのものが一部だけ葬られたんじゃないか?
(……もうここにある本でダメならあそこしかない)
現在のオレはなんとか自立できるようになった。
まだおぼつかないが霊力で補強すれば問題ない。
その足でオレは家の離れにある蔵に向かった。
厳重に閉じられていたらどうしようかと思ったけど、なぜかあっさり開いた。
この中には古い文献がたくさんあるかもしれない。
オレは片っ端から書物を引っ張り出して読んだ。
(これは……陰陽術?)
かなり古い本にそんな記述がある。
陰陽術とはその名の通りで陰と陽の調和を取って力を操る者のことだ。
何のことかさっぱりわからないけど気合いと根性なら任せろ。
めげずにオレは読み続けた。
すると次第にわかってきたことがある。
陰と陽、これは光と影であり表と裏だ。
じゃあ力とはなんなのか?
この本にはそこまで詳しいことは書かれていないけど、またオレは仮説を立てた。
この陰と陽、実は霊力と呪力のことなんじゃ?
(なんだか閃いたぞ!)
オレは試しに霊力を引き出した。
この心地いい感覚にさせてくれるのが霊力だけど呪力はどこにある?
オレは左手の甲に刻まれている邪傑紋を撫でた。
これが大量の呪力を保有することの証なら必ずオレの中のどこかにあるはずだ。
なんとしてでも見つけろ。呪力、どこにいる。
オレは絶対に父さんを救うんだ。
それに引き換え前世の薄情な親のことを考えると胸糞が悪くなる。
優秀な兄には誕生日プレゼントから学費まで金をかけて、受験に失敗したオレを家から追い出した。
出来損ない、落ちこぼれ。散々言われたな。
(クソッ……!)
その時、オレの中を何かが浸食してきた。
息が詰まりそうになって呼吸が苦しい。
体が痺れて思うように動かせない。
(まさか、これが……)
オレの左手の甲の邪傑紋が虫みたいに蠢く。
それが少しずつ拡大していって触手のごとく左腕に広がった。
これは父さんの呪いと同じだ。
呪いは呪力そのもの。
つまり父さんは呪力に蝕まれている。
普通の人間の場合、呪力なんてものはない。
普通の人間が保有するのは霊力のみだ。
(霊力しかない普通の人間に呪力が宿ったら蝕まれる)
オレは邪傑紋が刻まれた忌子。
オレの中には呪力がある。
だけど今は蝕まれた。
オレは更に書物を読み漁った。
すると気になる項目が目を引く。
(霊力に相対する呪力……霊力をもって呪力を制する? そういうことか)
霊力が呪力を制するなら、オレの中には膨大な呪力を制する霊力が眠っている。
オレが呪いに蝕まれたのは呪力が霊力を上回ったからだ。
たぶん父さんも同じ状態だろう。
呪力が父さんの霊力を上回っている。
オレの場合はなぜ上回った?
(前世の父親への憎しみ……)
呪力は人の負の感情に左右される。
もしくは負の感情そのもの、あるいはエネルギー。
そうだとしたら呪力というのはとんでもない化け物だ。
取り扱いを間違えれば大変なことになる。
昔の人達は扱え切れずに呪力や陰陽師に関する情報を葬ったのか?
そうだとてもオレは諦めない。
(オレの中に膨大な霊力があるなら!)
オレは霊力を全力で引き出した。
蔵の中が光で満たされて明るくなる。
(邪傑紋が縮んでいく……けど)
呪力が抑えられることによって体が楽になりつつあるけど、本当にこれでいいのかな?
確かに呪力は人を蝕む恐ろしい力だけど、凄まじい力には変わりない。
何がしたいかというと――
(これ、ものにできないか?)
そう閃いた瞬間、オレは自分の中にある呪力を操ろうと意識した。
ところがなかなかうまくいかない。
呪力を意識しすぎると呪いに蝕まれて、霊力を意識しすぎると呪いが消える。
その繰り返しだ。
霊力が勝って呪力が負けて、呪力が勝って霊力が負けて。
何度も何度も何度も繰り返した。
(あと少し、あと少しで何かを掴めそうなんだ!)
呪力が勝つたびに苦しくなってもうやめたくなる。
でもオレは父さんを救うと決意したんだ。
そのためなら何でもする。
そのためなら呪力を飼い慣らして見せる。
これを極めた先に何かがあるとオレの勘がそう言っている。
霊力が呪力を抑え込み、呪力が霊力を飲み込む。
そんな構図がハッキリと頭に浮かぶ。
グルグルと互いを追いかけるように巡り、一つのシンボルを彷彿とさせた。
(これは陰陽のシンボル……!)
突如、オレの中でカチッと何かがはまった。
拙い仕草だが必死に印を結ぶ。
これで正しいかどうかはわからない。
今はこれをするべきだと自分の中で何かが訴える。
呪力と霊力、陰と陽。
二つの相反する力が混ざり合って完全に調和が取れた時、生まれるのは呪力でも霊力でもない何か。
「いいぃああぁーー!(きったぁーー!)」
異常なまでの高揚感、全身を巡る全能感。
得体のしれない新たな力がオレをスッと立ち上がらせた。
更に蔵の中を縦横無尽に飛び回り、まるでアスレチックのように遊べる。
これは霊力による補強でも到達できない境地だ。
やばい、すごく楽しい。
(これはすごいなんてもんじゃない!)
自分の体がここまで自由なものとは思わなかったな。
オレの体を覆うこの紫がかったオーラのようなもの、これは霊力でも呪力でもない。
一体なんだろうな?
とにかくもう一度動いて――
「あぇ?(あれ?)」
オレはこてんと転んでしまった。
どうやら調子に乗りすぎてしまったみたいでこれも霊力と同じだ。
一歳のオレが酷使していい力じゃない。
(でもまぁここまで来たんだ。あと少し……)
オレは蔵の中で急激に眠気がきた。
この霊力とも呪力ともつかない力はなんでこんなにも心地いいんだろう?
考えてみたけど明確な答えが見つからない。
オレの仮説としてはこれが人が本来到達する地点なんじゃないかと思う。
これが何らかの理由で歴史の闇に葬り去られてしまったせいで霊力や呪力のみが認知されてしまった。
そうだとしてもこの力はなんていうんだろう?
オレじゃまったく思いつかないな。
(ねむ……ここで寝たら父さんと母さんに……)
迷惑がかかると思いつつもオレは睡魔に勝てなかった。
その際に散らかした書物のページが視界に入る。
眠りに落ちる直前に見たのはそこに書かれていた単語だ。
――妖力
オレは妙に納得して眠りについた。
面白そうと思っていただけたら
広告下にある★★★★★による応援とブックマーク登録をお願いします!