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リーエルと華恋

「ヨーヤはなんでそんなに好かれてるの?」


 登校時、リーエルが突然こんなことを言い出した。

 いきなりこんなことを聞かれても、そもそもオレは好かれているのか?

 なんて考えたけど、もしかして神の子とか持ち上げられているから?


「好かれているのかなぁ……」

「たくさんの子に好かれてる」

「あれはオレが皆を助けたからだよ。だから感謝しているだけじゃないかな」

「感謝……?」


 リーエルがよくわからないところでハテナマークを浮かべる。

 どうも世間離れしているとは思ったけど、そういう人の心の機敏な動きがわからないのか。

 退魔師の才能はあっても天は二物を与えずとはいうから仕方ないのかもしれない。


「そう、人から喜ばれることをしたら感謝される。ただそれだけだよ」

「そしたら友達たくさんできる?」

「できるよ。リーエルはすごいからあっという間に友達100人できるんじゃないかな」

「ひゃくにん……」


 すごい無責任でとんでもないことを言ってしまってやや後悔した。

 リーエルは真剣に指を折って数えている。


「友達……ほしい」


 リーエルがぼそりと呟いた。


* * *


 翌日の昼休み、リーエルと一緒に花壇までやってきた。

 オレはもうここに用はないんだけど、リーエルがどうしても付き合ってほしいという。

 なんとなく上を確認してみたけどもうあのヘドロ呪霊が落ちてくることはない。


 ただいずれまたあの類の呪霊を引き寄せてしまうのかと考えると少し酷だな。

 試練の場とはいえ、花壇の世話くらい落ち着いてさせてやれないものか。


「リーエル、ここで何を?」

「ヨーヤ、結界張れる?」

「いや、そういうことはまだできないかな」


 リーエルが意外なことを言い出した。

 結界というのは退魔術の中でも高位のもので、少なくとも子どもができるものじゃない。

 オレの家の蔵に張られていたのも、あれはご先祖様の誰かが張ったものだ。


 ただどのご先祖様かわからないし父さんの父さん、つまりおじいちゃんもわからないとのこと。

 そのおじいちゃんは遠くで仕事をしているらしくて、まだ孫であるオレの顔を直接見ていない。

 スマホでやり取りはしているみたいだけど。


「その結界がどうかしたの?」

「花壇、守る」

「花壇に結界!? 急にどうして?」

「喜ばれることをしたい」


 リーエル、もしかして朝のやり取りで何か思うところがあったのかな?

 まさかそこまで真剣に考えていたとは思わなかった。

 だけど結界なんていくらリーエルでも張れるのか?


 結界は退魔術とはまた別の才能がいるらしくて結界師という職業もあるくらいだ。

 医者にも様々な専門があるように、退魔師と一口にいっても色々と細分化されている。


「やってみる」


 リーエルが両手を花壇に向けて目を閉じた。

 すると空中に大小のシャボン玉が浮かぶ。

 昨日も思ったけどリーエルの退魔術は綺麗だ。


「水の結界……?」


 シャボン玉と共にオーロラが花壇にかかって本当に美しい。

 空気がどこかおいしく感じられて、花壇の花もどこか潤いを含んだ気がした。

 花びらにつく水滴が瑞々しさを演出している。


「……んっ!」


 リーエルが声を出すとシャボン玉がパンと破裂した。

 その瞬間、花壇に虹がかかる。

 オレは霊力感知を試みて結界が張られているかどうか確認した。


 花壇の周囲に小さいけど確かに霊力の膜のようなものを感じる。

 それは巨大なシャボン玉が包み込むような弱々しさで、たぶん結界としては未熟だと思う。

 でもこの歳で結界を張れる人間なんて世界に何人いるだろう?


「幻想的だなぁ」

「ヨーヤ、すごい?」

「すごい、すごいよ。オレも俄然やる気になった」

「ヨーヤ、好……」


 いつものごとくリーエルが抱き着いてこようとした時、後ろに気配がした。

 振り向くとそこにいたのは入学試験の時に気絶して運ばれた女の子だ。


「だ、誰? 今、何したの?」


 女の子が不安そうにオレ達の顔色をうかがう。

 リーエルは少しだけ緊張した顔を見せたけど、唾を飲み込んで女の子の前に立った。


「……花壇の周りに結界張った」

「結界!? あなたが?」

「弱い呪霊なら近づけない」


 女の子が周囲を確認している。

 この子の感知で把握できるかわからないけど、やがてリーエルに微笑みかけた。


「……ありがと。お花、守ってくれたんだね」

「あり、がと……?」


 リーエルの眠そうな目が開いた。


「あなた、どこの組?」

「1年3組……」

「私、2年A組の舞。あんな目にあってすごく怖かったけど、今はなんかすごく涼しくて気持ちいい」

「それは……たぶん結界のせい」


 確かに言われてみればこの一角だけいつまでもいたいような心地よさを感じる。

 これを機にオレも少し研究してみるかな。


「リーエルちゃん。よかったら今度一緒にお花にお水をあげない?」

「一緒に?」

「嫌?」

「……ううん」


 そういって首を振るリーエルの目に涙が浮かんでいる。

 それを隠すように俯いてしまった。

 これはひとまず友達第一号ってことでいいのかな?

 100人は遠いけど大きな一歩なのかもしれない。


* * *


 わたくし、華恋は見てしまいましたわ。

 あのリーエルが陽夜さんと一緒にいて、しかも花壇に結界まで張った。

 思わず引き返してしまいましたけど、まぁそれはいいですわ。


 問題は陽夜さんがずっとリーエルと一緒にいることですの。

 陽夜さんは否定してましたが、やはりリーエルさんと結婚するのでは?

 昨日はつい怒って帰ってしまいましたが、わたくしもご一緒すればよかったですわ。


「あの、華恋さん。隣の組の子達がきてる……」


 わたくしの友人の一人が指したほうを見るとちょうど三人、女子達がやってきましたわ。

 あれは隣の組の女子達、名前は忘れましたの。

 このわたくしに何の用かしら?


「あなた、花条華恋さんね」

「だったらなんですの?」

「噂によるとあの伍神陽夜さんと親しいと触れ回っているそうね。そこの二人もそう言って連れて歩いているの?」

「あなたに関係ありませんわ。ごきげんよう」


 こんな名前も知らない三下に用はありませんわ。

 ところが三人がわたくし達の進路を塞いできましたの。


「あまり調子に乗らないほうがいいよ? 私だって名家の娘だし、花条家なんかには負けないもの」

「……なんですって?」

「花条家の当主……あなたのお父さん、日本五大退魔師にも入ってないもの。だったら私達と変わらないわ」

「その言葉、飲み込めませんわよ」


 三人の足元から蔓を生やして絡みつかせて縛り上げましたわ。

 更に蔓から小さな花が咲きますの。


「ぎゃっ! な、なに、よ……」

「三下の無名のくせによくも花条家を侮辱しましたわね。その花はあなた達の栄養を吸い取って咲かせますの」

「ひ、ひっ……」

「そのまま干からびてしまいなさい」


 三人はわたくしの言葉通り、少しずつやせ細っていきますわ。

 いい気味ですの。


「た、助け、てぇ……」

「おい! そこで何をやっている!」


 男の先生が走ってやってきましたわ。

 わたくしは三人を解放して地面に落とした後、とっととこの場を離れました。

 ふと見ると干からびかけたくせに涙は流れますのね。

 先生なんて無視してわたくしは教室に戻りました。

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