エーテルハイト家令嬢の実力
花壇は校舎の脇にひっそりとある。
長方形の花壇には季節の花らしきものが植えられているけど、オレは花のことはよくわからない。
あの華恋なら詳しそうなんだけどな。
というかあんな退魔術を使うくせに花壇は気にならないのか?
「ここで女の子が倒れたらしい。用務員さんが発見したそうだよ」
「何もない」
リーエルの言う通り、見たところ何の変哲もない花壇だ。
花は見事に咲いているし、とても呪霊がいるようには見えない。
と、ここで諦めるのは凡人だ。
「感知してみよう」
オレは呪力感知を試みた。
花壇、その周辺、近くにある用具を収納する倉庫。
入学式の時の呪霊みたいな正直な相手ならやりやすいんだけどな。
何せ呪霊の怖いところは必ずしも等級=強さじゃないところだ。
第一怪位だのこういった等級はあくまで被害実績でしかない。
ペアレントは強い呪霊だけどあいつ実は小さい子どもしか襲わないと教えられた。
大人を狙わないながらも第三怪位なのは異常とも言えるけど。
だけど強さ的には第四怪位はあるという。
クララさんもペアレントは第四怪位に引き上げられると言っていた。
こんな風に調査結果次第で変動することが多々ある。
ちなみに呪いのDVDも第三怪位らしい。
ただ超越呪霊自体の強さを考えれば最低でも第五怪位以上とのこと。
オレよく勝てたな。
「……見つからない」
「リーエルもダメか。なんか見落としてる気がするんだよなぁ」
呪力感知は退魔師の七割を決めると言われているほど重要なスキルだ。
単に呪霊の存在を感知するだけじゃなくて、呪霊から繰り出される攻撃にも呪力がある。
それをいかに察知するかが回避に繋がると父さんに教えられた。
ただ呪力感知自体は母さんのほうがうまいとも言ってたな。
「やっぱり気絶した女の子に話を聞いてみるしかないかな」
「どこの女の子?」
「あ……」
オレとしたことが、あの女の子がどこの教室にいるのかもわからない。
しかも今は放課後だからとっくに帰った可能性さえある。
うまい具合に花壇の世話のために来てくれたらいいけど、もう怖がってこないかもしれない。
「うーん……やらかしたなぁ」
「ヨーヤ悪くない」
リーエルがオレの頭を撫でてくれた。
オレより背が低いのに背伸びしてまで。
「ひとまず範囲を更に広げよう。花壇の下、とか……」
改めて感知を再開して今度は地面の下まで探った。
ただ障害物があると途端に難しくなるのがこの感知だ。
ましてや地面の下なんてベテランでも難しいんじゃないか。
「……ダメだ」
「ヨーヤ悪くない」
また背伸びなでなでしてくれた。
気持ちはありがたいけど、あ――
「上は?」
オレは感知を上に広げることにした。
下がダメなら上はどうだ?
すると――
「リーエル! よけてッ!」
――ドンッ!
オレはリーエルに体当たりをするようにしてその場から逃れた。
間一髪、オレが元いた場所に何かがいる。
ヘドロのようなドス黒い塊が蠢いていた。
「なんだこいつ……」
ヘドロの中からもぞもぞと目玉がぎょろりと出てくる。
花壇の世話をしていた女の子はこいつを見たのか?
もしくは上から覆いかぶさられたか、どちらか。
ただこいつからは大した呪力は感じられない。
「先立ツ不幸ヲオ許シクダサイ……」
また呪霊がわけのわからないことを呻いている。
こんなものはとっとと祓うに限るな。
「火の印……狐火」
火球を直撃させると黒いヘドロの呪霊は蒸発したかのごとく祓われた。
これで一安心――
「……じゃない!」
――ドンッ!
――ドンッ!
――ドンッ!
立て続けに落ちてきたのはやっぱり黒いヘドロ呪霊だ。
複数の眼玉がヘドロ内を泳いでいるけど視線はオレ達に向けられている。
こいつ、どんな呪霊だ?
「コンナヒドイ人生終ワラセテヤル」
「クソミタイナ世ノ中デ生キル価値ナンカナイ」
「オオォッ! オオオォウォォー!」
ヘドロ呪霊がゆっくりとオレ達に近づいてきた。
クソほど弱いけどあまり視界に入れたくないビジュアルだな。
まるで肉と血が混じった死体の成れの果てだ。
呪霊は悪人ほど生まれやすいけどそうとも限らない。
負の感情を強く残した人間からも生まれる。
これらもたぶんその類だと思う。
なんでそんなものがこの学園にいるのかはわからないけど。
「まぁいいか。すぐに」
「ヨーヤ、見て」
リーエルがヘドロ呪霊に指先を向けた。
指先に水滴のような水球が出現して、それが大人ほどの大きさになる。
シャボン玉を彷彿とさせる弾力性、そして無垢なまでの透明感。
「水も滴るいい魔女」
リーエルが呟くと水球がヘドロ呪霊に命中した。
ヘドロ呪霊は水球と混ざり合って、更に洗濯機みたいに荒々しい流れが発生する。
「な、なんだこれ?」
「洗ってる」
ヘドロ呪霊が入り混じった水球は黒く変色していくけど次第に中にいる呪霊の姿がなくなっていく。
「水も滴るいい魔女は呪力を洗い流す。ヨーヤ、見てて」
変色した水球が再び透明感を取り戻していくとヘドロ呪霊の姿が完全にない。
この間、わずか数秒程度だ。
「……終わり」
水球が完全に消えた。
オレは驚きのあまり言葉もない。
呪力を浄化して呪霊をあるべき姿に戻したというのか?
ペアレントの時は力押しだったけどこれが本来の特性か?
呪力そのものを洗い流す、呪力そのものを無効化するのか?
これがエーテルハイト家の力、世界に名を轟かせる退魔師一族の力。
途方もないな。
オレの妖力に似た性質を持つとは。
そう考えると武者震いがした。
「ヨーヤ、すごい?」
言葉の意味がわからなかったけど要するに自分がすごいかどうかってことか。
だけどなぜかオレの機嫌をうかがうように表情が悲しげだ。
「リーエルはすごいよ。オレも負けてられないな」
「負けて……られない?」
「リーエルはオレのライバルだよ。お互いがんばろうな」
「お互い、がんば、る……」
リーエルがオレの言葉を確かめるように反芻した。
なんかまずいことでも言っちゃったかな?
「ヨーヤが、私とがんばる……」
「ど、どうしたの?」
今度はオレが不安になっているとおもむろに抱き着いてきた。
突然のことでどうしていいかわからないでいると頬にキスされる。
「ヨーヤ、好き」
「な、なんで?」
「ヨーヤとがんばる。一緒にがんばる」
リーエルがパッと離れて踊る様にクルクルと回った。
よくわからないけどなぜか喜んでもらえたみたいだ。
「ヨーヤ」
「わっ!」
急にリーエルに手を取られて驚いた。
まるで社交ダンスみたいにリーエルが動いて、オレも釣られて動く。
ダンスなんてやったことないんだけどな。
「リ、リーエル?」
「ヨーヤ、ずっと、ずっと一緒にいよう」
リーエルによって踊らされたダンスでオレは不器用に回った。
なぜかご機嫌のリーエルについていけない。
でもあまりに嬉しそうだから今は少しの間だけ付き合おう。
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