入学式
「おぉ……これが学生証かぁ」
学園長が言った通り、我が家に合格通知が届いた。
更に付属されていたのは学生証だ。
これは退魔師免許の仮免許に相当するもので、条件付きであれば討伐などの仕事ができる。
無免許での仕事は当然法律で罰せられる。
退魔法違反で禁固50年以下の懲役、罰金3000万円以下、またはその両方だったかな。
オレが知ってる日本の法律よりえぐい。
「陽夜ッ! 笑顔で頼む!」
「う、うん」
「学生証をこう片手で掲げて!」
「こう?」
父さんのカメラによるフラッシュが止まらない。
しかもポーズの注文までつけてくるんだからなかなか大変だよ。
ランドセルを背負って写真を撮って学生証を天井に向けて掲げた。
「あぁ……ここに天使がおる……」
「お道具袋を4なべして作った甲斐があったわ……」
二人が泣き崩れた。
かれこれ30分くらい経ってるし早く夕食を食べたいんだけどな。
先日の高級ディナーに続いて今日はお寿司らしい。
「うむ! シャリがほどよく口の中でほどけるのです!」
「ワコ、勝手に食べちゃダメだよ」
「い、いくらはまだ食べてないのです!」
「そうじゃなくてね」
口の周りに米粒をつけたワコがよくわからない弁解をした。
この式神、よく食べるなぁ。
式神といえばそろそろ新しいものを作りたい。
別にワコが不満ってわけじゃないけど今後何かあった時のために手数はほしいところだ。
「さぁ食べよう。なんだかシャリがしょっぱいなぁ……」
「本当ね……あそこのお寿司屋さん、腕が落ちたのかしら……」
「二人とも、涙拭いて」
涙を流しながら寿司を食べてるんだからそりゃ味も変わる。
泣くほどオレの入学を祝福してくれる人達がいるんだから幸せものだよ。
これからは退魔師養成学園初等部一年生、がんばるぞ!
* * *
入学式当日。校門に多くの新入生と保護者が吸い込まれていく。
このおどろおどろしい校舎も今日ばかりは晴れやかに見えるな。
それでオレも校舎に入りたいんだけど――
「よし! 決まった!」
「あなた! 目指せ100枚よ!」
「もういいから中に入ろうよ!?」
案の定、オレは校門の前で写真を撮られていた。
しかも時々ワコが入ってくるからバリエーションが凄まじい。
父さんと母さん、見たことない綺麗なスーツまで新調して気合いが半端ないな。
さすがに切りがないから必死に説得して校舎の中に入った。
実はオレ、学園長から新入生代表の挨拶を頼まれている。
最初は断ったんだけど忌子兼神の子であるオレがやることに意味があるという。
ここで尻込みしていたらこれからの学園生活も先が思いやられるというもの。
快く引き受けた。
そして檀上、すごい数の人達が注目してさすがに緊張する。
「新入生代表の伍神 陽夜です。皆さんも知っての通り、オレは忌子と呼ばれています」
開幕からスタートダッシュを決めすぎだとは思った。
予想通り体育館の中がどよめきで満たされる。
「皆さんがオレを怖がるのも無理はありません。忌子は高い呪力を持った忌むべき存在……皆さんがオレを嫌ったりするのは仕方ないと思っています。オレもそれを咎めることはしません。その意思表明としてオレは今日、ここに立っています」
オレを見る奇異な目の視線が一斉に突き刺さる感覚を覚えた。
ほんのかすかに呪力が生まれているな。
中にはやっぱりオレを歓迎していない人間もちらほらいるということか。
「父さんと母さんは今日までオレを育ててくれました。今日、ここにいられるのも二人がいてくれたおかげです。オレを愛してくれたおかげです。だからオレは堂々と自分を誇れます。オレは堂々と学園生活を送ります。そんなオレを受け入れてくれなくても構いません」
オレはカンペの類を持っていない。
それどころかまったく今日話す内容を考えてきていない。
今、オレがここで喋っていることはすべてこの場で出た本心だ。
すでに意思が固まっている以上、カンペを用意して取り繕う必要がないからだ。
ここにいる皆にはオレの本心を知った上で嫌うなりしてほしい。
オレは忌子でも神の子でもない一人の人間として話している。
「ただ一つ、もしこんなオレをわずかにでも見直すようなことがあれば……その時こそ皆さんと楽しい学園生活を送れると思います。以上、新入生代表、伍神陽夜でした」
――バツン!
オレがぺこりとお辞儀をした直後、照明がすべて落ちた。
まさか学園側が嫌がらせを?
なんてことを考えたけど、教師達も動揺している様子だ。
「なんだ……?」
「おい、機材を見直せ!」
教師達の慌てる声が聞こえる。
これは間違いないな。
オレは感知のアンテナを広げた。
(さて、どこにいる?)
その反応はすぐに判明した。
薄暗くなった体育館を見渡すと天井に何かがいる。
「ゴ入学オメデトウゴザイマス……」
灰色の肌をして蛇のように細い胴体に人の手足が生えている。
頭は落ち武者みたいな容姿で黄ばんだ目をオレに向けていた。
「ゴ入学……オメデトウゴザイマス……ツキマシテハ……人生カラノゴ卒業……オ悔ヤミ申シ上ゲマス……」
なるほど、これは確かに呪霊学園だ。
入学式にすら呪霊が現れるなんて安全管理はどうなってるんだか。
生前がどんな奴だったのかわからないし興味もない。
何であろうとオレの、いや。オレ達の晴れの舞台を汚すなら覚悟してもらおう。
「金の印……貫け、昏冥槍」
試験の時は気が回らなかったけど、ここは室内だ。
火なんて使っちゃいけない。
紫がかった金属の一本鎗が数本、それらが一直線に呪霊へと放たれた。
頭部、手足、胴体。それぞれ的確に貫いたと同時に呪霊から呪力が溢れ始める。
「オ、オ、オ悔ヤミ……申シ上ゲ……マ、ア、ァァァ……!」
呪力が霧散した。
呪霊の消滅と同時に室内が明るくなっていく。
「おぉ……何事もなかったかのように……」
「あの子、すごいぞ! 呪霊を瞬殺したぞ!」
体育館中から安堵の声が聞こえる。
教師達が何かの構えを取っていたところを見ると討伐は試みようとしたらしい。
面目を潰して申し訳ないけど、オレの挨拶があいつにぶった切られたからな。
オレは改めてお辞儀をした。
「……以上、新入生代表、伍神陽夜でした」
体育館中から拍手が沸き起こった。
保護者達や新入生、教師達がスタンディングオベーションだ。
「やっぱり神の子だよ! あの子は神の子だ!」
「忌子なんかじゃなかったんだな!」
「先生達より早くやっつけちゃったの!?」
オレは拍手の中、呆然としていた。
こんなにも多くの人達に感謝されるなんて思ってもなかった。
オレはここにいていいのか?
「み、皆さん……ご清聴……ありがとうございましたっ!」
段々と恥ずかしくなってきたオレは壇上から歩き去ることにした。
父さんと母さんのところに戻ると涙と鼻水ですごい顔になっている。
「陽夜ッ! 父さんはッ! 父さんは今日ほどお前がいてくれてよかったと思ったことはない!」
「あ、ありがとう。でもオレが初めて喋った時も言ったような……」
「母さんもあなたを生んでよかったと思った瞬間ベスト5にランクインしたわ!」
「家事を手伝おうとした時もランクインしたよね……」
父さんがオレを持ち上げてくれて肩車をしてくれた。
この高さから見る皆の顔は笑顔で満ちている。
「神の子! 入学おめでとう!」
「我が子を神の子と同じ学園に通わせられるなんて光栄だ!」
「お父さん! 陽夜君と握手をさせてください!」
呪霊を討伐しただけでこの神格化はやっぱりおかしい。
この前から考えていたけどこの妖力、他の人達からはどう見えているんだろう?
学園長は霊力のようでそうでもないなんて言ってたな。
どうもそこに鍵がある気がする。
「ご主人ちゃまはぷらいべーとなのです! サインは承らないのです!」
「この子かわいい! 誰!?」
「一人ずつ並ぶのです!」
いや、承らないからね。
このマネージャー、本当にちょろすぎる。
結局元の流れに戻るまで時間がかかったせいで本来の終了予定より遅れたらしい。
こうして入学式はてんやわんやで幕を下ろした。
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