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オレが父さんを救う

「あなた、この子すごくたくさん飲むわ」

「あぁ、飲むな」


 オレが無事に生まれてからちょうど半年、母さんの乳を飲んでいた。

 それはいいんだけど、なぜか父さんが一緒になって見てくる。

 何がそんなに面白いのかわからないけど見てくる。


「母さん、このベビー服は素晴らしいな。さすがよなべして作っただけはある」

「うふふ……かわいいこの子のためなら何なべだってするわ」


 何なべってなに? よなべって単位だっけ?

 父さんも父さんで仕事がない日はずっとオレを凝視して一日を終えていた。

 父さんは退魔師をやっていたけど呪霊との戦いで呪いを受けてしまったみたいだ。


 呪霊。

 死後、生物が持つ霊力は呪力へと変換される。

 その呪力が形を成したものが呪霊だ。


 この世界では呪霊による被害が後を絶たない。

 呪霊を討伐する専門職である退魔師、それが父さんの職業だ。


 元々この家は退魔師の名家として栄えていたらしい。

 それが呪いのせいで今は新人退魔師と大差ない仕事しかこなせない。

 その呪いが何なのかは今のオレじゃ詳しいことはわからなかった。


 だからオレはそれがどんな呪いなのか知りたい。

 霊力とは、呪力とは。

 とにかく知りたかったオレはひたすらあの時のことを思い出した。


 そう、オレが生まれた時に立ち上がれたのも霊力のおかげだ。

 あれから必死に霊力を引き出す訓練を行っていた。

 母さんはオレを寝かしつけている間、うたた寝することがある。

 更に父さんがトイレにいった今がチャンスだ。


 その隙にオレは霊力を引き出してハイハイをした。

 歩くのは負担がかかるから出来ることから始めている。

 あれ以来、霊力の使い方を感覚で掴みつつあった。


(ハイハイならいけるな!)


 寝室を高速でハイハイしてひたすら感覚を養う。

 この霊力、使えば使うほど面白い。

 オレの中にこんなものが眠っていたとはね。

 おしゃぶりをくわながらオレはガッツポーズをした。


「あ! 陽夜ッ!」


 オレはビクリと体を震わせる。

 トイレから戻ってきた父さんがオレの高速ハイハイを目撃してしまった。


「お、お前……!」

「あうあぅあーーー!」


 なんか弁解しようと思ったけどそもそも喋れない。

 あまり勝手なことをしたら怒られるか?


「やはりその歳で霊力を扱うのか……ううむ……」


 なんだか難しい顔をしているな。

 オレとしては霊力についてもっと知りたいんだが。

 試しにもう少し高速ハイハイしてみるか?


「あうああぅあーーー!」

「速いッ!」

「あら、すごい高速ハイハイねぇ!」


 うたた寝していた母さんが起きた。

 高速ハイハイというワードをすんなり生み出すとはさすがオレの母親だ。

 血は争えないな。


 こんな感じで日常がのどかに過ぎていく。

 父さんは家庭を支えるために仕事にいくんだけど、呪いのせいでうまくいかないらしい。

 そのせいで浮かない顔をして帰ってくる日が多かった。


「あなた、お帰り。今日はどうだった?」

「第一怪位の低級呪霊すら取り逃した。名家と称えられた伍神(ごじん)家が落ちたものだな」

「……つらかったら無理しなくてもいいのよ。私だってよなべして頑張ってるんだから。3なべくらいならなんてことないわ」

「3なべは無理しすぎだ。お前こそ育児で疲れているんだから休め。金のことは心配しなくていい」


 3なべってなんだ。

 何を頑張ってるのかは謎だけど、オレ達のことを思ってくれているのはわかる。

 でもオレの今の状態じゃ父さんの具体的な仕事内容もわからない。


 だからオレは出来る限りこうやって寝たふりをしながら聞き耳を立てて確認するしかない。

 二人がオレに家のことを話してくれるわけがないからね。

 父さんが仕事に出かけて母さんがうたた寝している間、もしくは皆が寝静まった時にオレは動く。


 元々赤ちゃんは数時間ごとに寝て起きてと繰り返すから都合がいい。

 家中にある書物を読み漁ってとにかく知識をつけた。

 0歳児で文字が読めるのは強い。


 特に父さんの部屋に入って退魔師関連の本を重点的に読んだ。

 退魔師の歴史や退魔師そのものについてなど、読めば読むほど手が止まらない。


(なんだこれ! 退魔師って面白そう!)


 オレは父さんがやっている退魔師について思いを馳せるようになった。

 勉強なんて苦じゃない。

 こんな小さい時から勉強ができるなんて夢のような環境だ。


 そんな風に胸を躍らせながら月日は過ぎていく。

 ある日、夜中に父さんが帰ってきた。

 オレは母さんに寝かしつけられていたので寝たふりをしていたのだけど。


「うぅッ……」

「あなた!」


 オレがこっそり遠くから見ると父さんが玄関で胸元を押さえて苦しんだ。

 呼吸も荒いし何より父さんの体に模様のようなものが浮かんでいる。

 その模様が蛇みたいに蠢く度に父さんがもがいた。


「う、ぐうぅ……だ、大丈夫、だ……」

「もう無理しないで。退魔師の仕事はやめましょう。私だってネットでお仕事をもらって稼いでるんだから……」

「この呪いでは他の仕事もままならんだろう。それならば退魔師として生きたほうが我が誉れというもの……」


 以前から呪いが父さんを蝕んでいるみたいだ。

 詳しい状態はわからないけど、見る限りでは少しずつ父さんが苦しむ頻度が増えていた。

 オレはこんな体ながら思うところがある。


 忌子と呼ばれたオレを父さんと母さんは育ててくれている。

 食事だって与えられたしベビー服だって作ってくれた。

 母さんはなるべくオレから目を離さないように常に気を使っていた。


 それなのにオレは何もできていない。

 父さんが苦しんでいるのにオレは何をやっているんだろう?


「本当に……本当に解呪できないの?」

「呪癒師によれば解呪は不可能だそうだ。それほどまでにこの呪いは根深い」

「でも、でも……私、なんとか探してみる! 他にいるはずよ! あなたを救ってくれる人物が!」


 解呪と聞いてオレは自分の体を確認した。

 オレの左手の甲に刻まれている邪傑紋、これは呪いじゃないのか?

 父さんによればオレの中には霊力の他に呪力が眠っているという。

 オレはまだ呪力というものを知らない。


「なに、あの子が大きくなるまでは問題ないさ」

「あ、あなた……」


 母さんが泣き崩れている様を後目にオレは気づかれないように寝床に戻った。

 せっかくオレを愛してくれる人の下に生まれたんだ。

 そんな人を失ってたまるか。


 オレはどんなことをしても父さんを救ってやる。

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