三人の子ども達
「強い血筋が繁栄をもたらす。華恋、お前の役目はあの伍神陽夜と結ばれることだ」
わたくし、花条華恋はお父様にそう言いつけられましたわ。
会合の時からお父様の様子がおかしいと思いましたけど、まさかあの陽夜と結ばれろだなんて。
でもわたくしは昔からお父様の言うことはなんでも聞きました。
花条家は日本三大呪霊の一つである御岩様を封印した血族であること。
それは今も続いていて、お父様とお母様とお兄様達が定期的に封印を維持していること。
もし封印が解かれてしまえば日本人口の半数は命を落とす。
三大呪霊を封印する際にも多くの命が失われて呪霊と化したと聞きましたわ。
その時の呪霊が未だに祓われきれていない事実が御岩様の凄まじさを物語っています。
もう500年以上も前のことだというのに。
そんな花条家は高貴な血を持った一族であり、相応の振る舞いをしろと教えられました。
遊ぶ友達を選ぶなんて当然、向こうから寄ってきても簡単には心を許すなと言いつけられましたの。
だから会合の時もわたくしはお父様の言いつけを守りました。
会合では花条家と関係を持とうとして多くの方々が言い寄ってくる。
だけどそこで心を許してはいけない。
相手の霊力に見るべきものがなければ突き放せ、と。
――あなたと結婚したらわたくしの美しい肌が皺だらけになりますわ
――ブサイクね。あなたにそっくりですわ。
本当はわたくしだってお友達と遊びたいのに。
あんなひどいこと言いたくなかったのに。
「華恋、聞いているのか?」
「は、はい! 聞いておりますわ!」
「あの陽夜を花条家の婿として迎える。伍神家は気に入らんがあの陽夜の才能は本物だ。なんとしてでも手に入れろ」
「で、でも伍神家の当主の宗司様は一筋縄ではいきませんわ」
「なに、親族となってしまえばこちらで主導権を握る手段はある。あの男は強いが頭のほうはさっぱりだからな」
そう言ってお父様がハハハと一人で機嫌よく笑いました。
お母様は一言も喋らずにお父様に晩酌のお手伝いをしています。
お母様は昔からお父様の言いなりでわたくしはまともに話したこともありませんわ。
「こちらで伍神家と関わる機会を設ける。お前はあの陽夜を惚れさせろ」
「わたくしにそんなことが……」
「力比べで負けたことを叱責してほしいのか?」
「い、いえ……」
お父様はやっぱり怒っていますわ。
陽夜さんに完膚なきまでに負けた時、お父様は見ていました。
――わ、わたくしが、ま、負け……うっ、ふぇっ……お父様ぁ……
そのお父様の目があまりにも怖くてつい泣いてしまって。
「陽夜の血をもってすればさぞかし強い子孫を残せる。花条家の地位は盤石たるものとなるだろう! ハハハハハッ!」
わたくしは知ってますの。
お父様がなぜここまで血筋に拘るのか。
それは代を重ねることによって御岩様の封印が弱まってきたからです。
強い血筋が繁栄をもたらす。
その通りで、血が濃くなれば強力な霊力と才能を宿した人間が生まれる。
現代の花条家の血は薄まっていて、お父様もそれは理解している。
だから焦っているのですわ。
でもわたくしは惚れさせるとかそんなのわかりませんの。
一体どうしたらいいんですの?
* * *
私、リーエルは日本に来て三年になる。
フランスにいる時は退屈だった。
皆によれば私はなんでもできるみたい。
家庭教師をつけてお勉強をしても小学校で習う問題なんてすぐに解けちゃった。
「リーエルお嬢様は優秀ですよ!」
クララはそう褒めてくれるけど、なんだか嬉しくなかった。
私はエーテルハイト家の娘でクララはお金で雇われている。
雇われているクララが私を褒めるのは当たり前だ。
だってこんなに簡単な問題を解いただけで褒めるなんてあり得ない。
退魔術だってクララに教えてもらったけど同じだ。
「さすがリーエル様! 霊力の意識が完璧です!」
退魔術の三大基礎の霊力の意識なんてすぐにできた。
なにがすごいのかわからなくて、なんで褒められるのかな。
それはクララがお父さんに雇われているからだ。
クララのことは好きだけど、わざと褒めるのはやめてほしい。
そう思ったけどやめてと言えなかった。
だってクララも一生懸命なのはわかっているから。
「おぉ! リーエル! 霊力の操作も様になってきたな! さすが私の娘だ!」
「バドワイド様、リーエル様は天才ですよ!」
「うむ! この分だと婿探しも苦労せずにすむ! 何せ他の貴族とは折り合いがつかんのだからな!」
お婿さん、か。
どうせ結婚しても私はずっと褒められ続けるんだろうな。
誰と結婚すれば褒められなくなるのかな。
私より強い人がいいのかな。
「リーエル様はなんでもこなす天才ですよ!」
「うむ! エーテルハイト家の血もまだまだ濃いぞ!」
難しいと思ったことなんてなかった。
パパとクララは私がかわいくて褒めているだけ。
そう思うとなんだか悲しくなる。
このまま私は誰のお嫁さんになるのかな?
――リーエルちゃんってなんでもできるよね
――リーエルちゃんと遊んでもつまんない
外でお友達なんて全然できなかった。
遊んでいても私はなんでもできちゃって、すぐお友達に勝っちゃう。
ボール遊びだって私が入ったチームが勝っちゃう。
――リーエルとはもう遊ばないようにしようぜ
――おれたちのことバカにしてるもんな
そんなつもりはないのに友達は誰も話しかけてこなくなった。
私から話しかけても無視される。
どうしたらいいのかわからなくてある日、こんなことを言った。
「手加減するから……」
――は? やっぱりバカにしてんだろ
――お金持ちでゆーしゅーだからな
――イライラするぜ
そのうち私もどうでもよくなった。
(じゃあ、私は一人でいい)
日本に来た後も私はずっと一人でいたい。
こんな家なんか飛び出してやる。
・
・
・
「リーエル、最近はご機嫌だな」
「ごきげん?」
「ほら、嫌いなニンジンだって皿から消えている」
「あ」
今は夕食時、私はニンジンが大嫌いだったはず。
それなのにいつの間にか食べていた。
「日本に来てからずっとご機嫌だ。やはりあのヨウヤがよっぽど気に入ったみたいだな」
「パパ、ヨーヤといつ結婚できる?」
「それはリーエルが大きくなってからだ。なに、あの宗司とは旧知の仲だ。あとはお前達次第だな」
「……うん」
日本に来てから私はずっと楽しい。
あの陽夜を見た時からずっと楽しい。
二年後には私は退魔師養成学園に入学する。
陽夜も入学するはず。
(ヨーヤ……会いたい、会いたい、会いたい)
ヨーヤと結婚したい。
だってヨーヤを見た時、すごく楽しい気分になった。
なぜかはわからないけど、すごくヨーヤに会いたい。
(ヨーヤ、おやすみ)
私はベッドで布団を被った。
眠れば夢の中でヨーヤに会える。
* * *
「退魔師養成学園?」
夕食の時、オレは父さんに聞き返した。
小中高と一貫するエスカレータ式の巨大学園は退魔師達の卵が集う学園らしい。
退魔師になる方法は一つしかない。
それは退魔師国家試験を受験して合格することだ。
受験資格は16歳以上であれば誰でもOK、これに合格すれば晴れて退魔師になれる。
ただし普通に受験しても合格する可能性はない。
なぜなら合格するのは退魔師養成学園の高等部以上だからだ。
なんでそんなことになっているのか?
「あまり大きい声では言えないのだがな。退魔師協会の利権というか……」
「あなた、陽夜にそんな薄汚い話をしてもわかるわけないわ。あ……でも陽夜は天才だから理解できちゃうかも!」
「しまった! 陽夜! こんな汚い話は忘れてくれ! な!」
要するに退魔師協会としては退魔師養成学園に一人でも多く入れたいわけだ。
退魔師養成学園は退魔師協会が運営している。
あとはわかるな、というやつだ。
だったら最初から学園の学生以外に受験資格を与えるなと思う。
でも受験料が三万円と聞いて納得した。うん、汚いな。
「いや、まぁ色々とひどい話ではあるが理にかなった面もあるのだ。現に卒業して退魔師となった者達の多くが活躍している。はぐれ退魔師などとは比較にならん」
「はぐれ退魔師?」
「資格を持たない退魔師のことだ。もちろんバリバリ違法だから陽夜はちゃんと資格を取るんだぞ」
「わかった。オレ、退魔師養成学園に入りたい」
「ちゃんと言うことを聞いて偉すぎるぞぉッ!」
また父さんがテーブルの向こうから跳んできた。
父さんは好きだけど、チューの口をして飛びかかってくる姿はだいぶ怖い。
オレはいつも通りしゃがんでかわした。
「ぶげらばぁッ!」
「まぁあなた、陽夜は恥ずかしがり屋さんなのよ」
床に落ちた父さんがシクシクと泣いている。
それをツンツンとつっつくワコ。
「ご主人ちゃま、まいそーするのです?」
「生きてるからダメだよ」
退魔師養成学園か。なんだかよくわからないけどワクワクしてきたな。
そこで何を学べるのか、今からでも期待が高まる。
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