呪われた会合
「うっ、うぅっ……陽夜……!」
「陽夜、あんなにもたくさんの子達と仲良くなって……」
子ども達に囲まれているオレに気づいた父さんと母さんが涙ぐんでいる。
人目も憚らずにカメラを取り出して激写の嵐だ。
子ども達はピースサインをしてノリノリだけどオレはぎこちない。
「よし! いい笑顔だ! 陽夜の青春の一ページだな!」
「陽夜! もっと笑って!」
そうは言うけどめちゃくちゃ注目されている中で笑えるわけがない。
たぶんオレの笑顔は引きつっている。
そんなオレとは違ってリーエルが無表情でピースしていた。
さすがにそろそろ腕を離してほしい。
「あの……そろそろ会合を再開します」
この惨状を見かねた久里間さんが申し訳なさそうにやってきた。
「あと一枚! あと一枚だから!」
「はぁ……」
その一枚が二枚になって三枚になる。
オレは久里間さんにぺこりと頭を下げた。
「もう始めても大丈夫です」
「陽夜ァァァァーーーー!」
これじゃ何のために来たのかわからない。
父さんの悲痛な叫びを聞いた周囲の人達はぶちギレていた時との温度差で風邪を引くだろうな。
* * *
「それでは会合を再開します」
久里間さんが改まって会合開始を宣言した。
「突然ですが皆さんに見ていただきたいものがあります。これから流す映像はとある呪霊に関するものです」
久里間さんの前にはすでにプロジェクターが用意してある。
こんなの予定にあったかな?
前半の会合では日本三大呪霊の封印状況や呪霊発生が多発している地域への対処とかそんな話をしていたはずだ。
誰もが訝しんでいる中、準備は終わった。
「久里間、一体何の話だ。まだるっこしいものはいらんぞ」
「花条様、これはとても重要なことなのです。どうかご理解ください」
華恋の父親の花一が不遜な態度を隠さずに発言する。
どうやら誰も何も把握してないみたいだな。
「では映像をご覧ください」
久里間さんがプロジェクターの再生ボタンを押した。
映像が始まると少しの間、真っ暗で動きがない。
その暗闇に小さな白い円が出現して少しずつ大きくなる。
円の中に写っているのは見知らぬ女性だ。
その女性が突然画面からフェードアウトした。
「わっ……!」
「ひどい!」
次の瞬間、女性は誰かに髪を引っ張られている。
更に殴る蹴るの暴行を加えられていて、子ども達の中には泣き出す子もいた。
オレも憤りを感じていたがまた画面が切り替わって今度はさっきの女性が三味線を弾いていた。
ただし音は聞こえない。
そう、ここまでの間ずっと無音の映像だ。
三味線を弾いていた女性が手を止めて机に向かう。
何かを書き始めて、それが段々と速度を上げていく。
女性の表情に笑みが浮かぶ。
口元や目鼻から黒い液体が垂れ始めた。
「おい! なんだこれは! これのどこが呪霊の情報なんだ!」
「花条様、こちらの女性は生前とても高い霊力を保有していたそうです」
「それが何だというのだ!」
「ところがこの女性は忌み嫌われて嫁ぎ先でもひどい仕打ちを受けた。最終的には線路に身を投げて命を絶ったそうです」
そう語る久里間さんが胸を押さえた。
「この女性には高い霊力があるのに周囲はそれを気味悪がった。あまりに惨すぎて理不尽で……そこで気づいたのです。悪いのは誰か? この女性ではない」
プロジェクターの映像に写っている女性がこちらを見た。
黒に塗りつぶされた目鼻のままゆっくりとこちらに向かってくる。
これはまさか――
「久里間ァッ! これは呪いのDVDだろうッ!」
「悪いのは無知蒙昧な人々ですッ! 我々はこの女性……いや! 女性のような方々を救済しなければならないッ!」
花一が久里間さんを殴り飛ばした。
プロジェクターが床に落ちて場が騒然となり、一気に悲鳴が上がる。
だけど画面から出てきた女性、いや。
呪霊は止まらない。
「顕現せよ! 座敷童子ッ!」
「ご主人ちゃま?」
役に立つかわからないがワコを召喚した。
ワコは戦力としては数えられないけど、いわゆるフィールド効果をもたらす。
少しでも事態を好転する何かが起きてくれると信じよう。
「花条様! 花条家のような優れた霊力をお持ちの方々ならわかるはずです! 優れた人間が思考を放棄した輩に虐げられる! ふざけるな! 我慢など必要ないッ!」
「久里間! 今すぐに殺してやる!」
「おっと! 私などよりご家族の心配をされてはいかがか! 特に華恋ちゃんを見なさい!」
華恋がひきつけを起こして痙攣していた。
華恋だけじゃない。子ども達やその親も同じようにほぼ全員が倒れていた。
「く、くる、し、い……!」
「あ、がが、が……」
見ただけで死ぬDVD。どうやら寸分の違いなく本当みたいだ。
あのDVDには呪霊がとりついていて、映像が始まると呪いを振りまく。
一般人なら見ただけで即死だろうけど、ここにいる人達は退魔師とその子ども。
高い霊力で抵抗できているけどかなり危ない状態だ。
「パ、パパ……」
「リーエル……!」
エーテルハイト家ですらリーエルやクララさんが苦しんでいてその両親も息絶え絶えだ。
そうなるとオレの両親も――
「お、おのれ……! 抜かっ……た……」
「陽夜! 近くにいらっしゃい! 私の……母なる知神……で……」
父さん達ですら胸を押さえて倒れてしまった。
ウソだろ? おい、そんなことがあるのか?
「バ、バカ、な……」
花一もついに倒れてしまった。
それを見た久里間がニンマリと気色悪く笑う。
オレは久里間を睨んだ。
「抵抗は難しいでしょう。何せこの呪霊はいわゆる超越呪霊、生前高い霊力を持っていた人間が呪霊化するとものすごい力を持ちます」
「超越呪霊……」
「さすがの五大退魔師や名家の方々といえど油断したようですね。備えが足りてなければこんなものでしょう」
「……じゃあなんでお前は平気なんだ?」
久里間がクククと笑って呪霊の横に立つ。
「それはこの私の体がすでに呪力で満たされているからです。呪力……存外心地いいものですねぇ。えへっ、げへへへっ!」
「お前も呪霊に片足を突っ込んでるってことか」
「さて、私の本命は伍神陽夜さん、あなたですよ。この状況で平然としているあなたこそが必要なのです」
「あ……?」
久里間が呪霊と仲良しなのもそういうことか?
いや、その辺は今のオレの知識じゃ結論が出せないな。
それより父さんと母さん、他の皆も心配だ。
運よく母さんの母なる知神が早く発動したおかげで呪いの進行が遅れている。
これもワコのおかげかもしれない。
「あなたを迎えにきました。私はあなたの出生を待ち望んでいたのです」
「人と話す時は順序を立てろって教わらなかったのか? つまり意味不明なんだよ」
「あなたもこちらの呪霊と化した女性と同じです。人よりも優れた力を持ちながら忌子などと蔑まれる。今日の会合でも味わったでしょう」
オレはちらりと花条家の面々を見た。
確かにこの家族みたいなのが大半なんだろうな。
「あなたは忌子などと呼ばれていますが、私はそうは思いません。あなたのその力は日本……いや、世界を変えられます。それなのにこんなところでくすぶっている」
「ふっ飛べ」
久里間を吹っ飛ばして壁に叩きつけた。
「がはッ……!」
何を言い出すかと思えば実に聞くに値しない。
「な、何を……」
「オレの大切な家族を傷つけておいて何を頼んでいるんだよ」
「し、しかし悔しくないのですか! あなたはこの先、ずっと忌子などと蔑まれる! それでいいのd」
「ふっ飛べ」
二度目の吹っ飛ばしで久里間はまた壁に叩きつけられた。
「ぐぉぇッ……!」
さて、そこの呪霊共々どうしてやろうか。
「忌み嫌われるべきは誇りを失って自分さえも呪ったお前だよ、久里間」
オレはよろけながらも立ち上がる久里間、そして呪霊と対峙した。
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