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華恋の退魔術

「やっぱり伍神家くらいじゃないと相手にされないのか……」

「結局は血筋だな。生まれながらに持っている者が勝つ世界だ」


 大部屋の至るところから恨み言が聞こえる。

 そんなにエーテルハイト家に取り入りたかったのか。

 オレとしては愛されて生まれてきたならそれだけで幸せだろうと思うけどな。


「ほう、こちらがお前が話していた少年か」


 この紳士服で身を包んだジェントルマン風の人がエーテルハイト家当主のバドワイドさんか。

 リーエルと同じ髪色に瞳は薄いイエローと、いかにも外国人といった風貌だな。


「パパ、この子がヨーヤ。第三怪位を討伐した」

「しかしこの子からはあまり霊力を感じないが……ふむ」


 バドワイドさんがオレの左手の甲をちらりと見た。

 頼むから変なことを言って両親を怒らせないでくれよ。


「面白いことは間違いないな。さすがソウジの息子だ」

「バドワイド、日本は慣れたか?」


 父さんがバドワイドさんに気さくに話しかけた。

 互いに握手をかわして抱き合う。これが国際交流か。


「ソウジ、君が半ば引退状態になってからは生活に張りがなくてね。力になれなくて申し訳なかった」

「いや、君達で手に負えない呪いなら世界中どこへいっても同じだ」

「そう言ってもらえると気が休まる。ところでヨーヤ……だったか。すごく面白い子だな」

「邪傑紋を見てそう言ってくれるのはお前だけさ」


 すごい和気藹々と会話する二人だけどオレは気づいている。

 まず他の人達の恐怖と屈辱が入り混じった感情が渦巻いているのを。

 人が負の感情を露にすると呪力を放出するけど、その量は微々たるものだ。

 ある三人を除いて。すごい睨んでくるんだけど。


「ねぇ、あなた」


 例の生意気な女の子こと華恋(かれん)が声をかけてきた。

 嫌な予感がするな。


「は? オレ?」

「そう、陽夜さん……でいいのね」

「そうだけど?」

「あなた、誰にも求婚をしていないようだけどお相手はそこのリーエルさんですの?」

「いや、違うよ」

「はぁ?」


 華恋の眉間に皺が寄る。

 リーエルが変なことを言ったものだから勘違いしているのか。

 それはわかるけど、なんでそこまで怒る?


「リーエルが勝手に言ってるだけで結婚の予定はないよ」

「あ、あなた! エーテルハイト家の令嬢に好意を寄せられているのに断ると言うのかしら!?」

「子ども同士の好きなんて普通は真に受けないでしょ」

「ずいぶんと大人びたことを言いますわね!」


 お前に言われたくないと喉の奥から出そうになるが堪えた。

 要するにこの子は何が言いたいんだ?

 オレに相手がいようがいまいが関係ないだろう。

 というか五歳の会話じゃない。


「ハッハッハッ! 華恋! その辺にしておけ!」

「お、お父様……でも」

「しょせん忌子の思考など我々には理解が及ばんさ」


 おい、バカ。やめろ。

 さっきそれでとんでもないことになったんだぞ。

 というかこのオヤジもやけに絡んでくるな。


「おい、花条家」


 ほら見ろ。後ろからドスが利いた声が聞こえたぞ。


「私の息子を忌子呼ばわりしたな?」

「フン、伍神家にはずいぶんと辛酸を舐めさせられたからな。忌子が生まれたと聞いた時は心の底からスッキリしたよ」

「表へ出ろ。私のかわいい息子を忌子呼ばわりするなら覚悟してもらおう」


 父さんの額に血管が浮き出ていよいよ一触即発だ。


「それでは会合のほうを始めます……のですが、ええと?」


 とんでもない雰囲気になったところで久里間さんが入ってきた。

 いいタイミングだったな。


* * *


 会合の間の休憩時間、オレ達は自由に過ごしている。

 大人達はタバコを吸ったりエーテルハイト家や花条家に相変わらず取り入ろうとしているようだ。

 子ども達はさすがに開放されたみたいで、即仲良くなって走り回っているグループもある。


 そうだよな。これが本来の姿だよ。

 大人の都合で結婚させられるとか、あるべき光景じゃない。

 で、そんな中で一部は非常にギスギスしているというか。


「ヨーヤ、会合終わったらパパに退魔術を見せて」

「それはいいんだけど離れてくれる?」


 リーエルがオレの腕を抱き込んでいるし、それを睨みつける華恋という居心地の悪さ。

 しかも見かねてつかつかとオレのところにやってきたんだけど。


「あなたはなぜ私に求婚しなかったのかしら?」

「オレは別に君に興味ないし結婚なんて考えてない」

「ではなぜそちらのリーエルさんと仲がよさそうなのかしら?」

「それはリーエルに聞いてよ」


 華恋が歯軋りをしながら納得がいかない様子でオレの前から離れない。

 何が気に入らないのかと考えたけど、オレが言い寄らなかったからってだけだ。

 いや、もっと言えば自分に言い寄らない奴がいるってこと。


「リーエルさん。そちらの陽夜さんの何が気に入ったのかしら?」

「普通じゃないところ」

「普通じゃない?」

「ヨーヤはその辺の退魔師と違う」


 おい、バカ。本当にやめろ。

 この子は物怖じしないというか、相手に合わせるなんて器用なことはしないタイプだな。

 おかげですっかり青筋を立てた華恋がいよいよオレに敵意を向けてくる。

 いや、それを向けるなら普通じゃない呼ばわりしたほうだろう。


「それは素敵なことですわ。ところで陽夜さん、その普通じゃないところをお見せしていただきたいのですけどよろしいかしら?」

「よろしくない。今は休憩時間だし安々と見せるものじゃないよ」

「安々と……なるほど、ですわ。ではわたくし達、その辺の退魔師と違うというのは本当のようですわね」

「違う。それにあまり手の内を見せるのはどうかなって最近思ったんだ」


 オレは弁解したけど、すでにプライドモンスターの華恋には通じない。

 霊力を高めると周囲の子ども達が悲鳴を上げて離れていった。

 おいおい、正気か?


「それはずいぶんと臆病なことですわ。真に強い退魔術は手の内を知られても尚も美しく輝く……わたくしの美しい雪月花(ディアアプロディ)のように……」


 華恋の周囲からピンク色や紫色の毒々しい花が生えてきた。

 それらが大きく伸びて生物のようにうねりつつオレへの攻撃姿勢を取っているように見えるな。

 決して自分の手を汚さず、それでいて綺麗な花で彩る。

 それは彼女の性格そのものだ。こんな退魔術もあるのか。


「陽夜さん、少しだけ脅かしてあげますわ。その前に地面に手をついて謝るのなら考え直してあげてもよろしくってよ」

「なんでオレが君に謝るんだよ。オレが何かしたか?」

「そこですっかり怯えている子達も、わたくしにすべてひれ伏していますわ。でもあなたはそうじゃない……それでは花条家としてのプライドが許しませんの」

「めちゃくちゃだな。世の中、なんでも自分の思い通りになると思うなよ」


 そう、世の中には誰にも愛されずに突然死する奴だっている。

 それに比べたらこの華恋のプライドなんて吹いて飛ぶ埃だ。誇りじゃない。

 オレは段々とイラついてきた。


「お黙りなさい! 花条家は数百年に渡って日本に根付いてきた格式ある一族! 上に立つものとしての振る舞いがあるのですわ!」

「そうかなぁ。上に立つってそういうことじゃない気がするけどな」

「だったら見せてさしあげますわ! わたくしの退魔術……美しい雪月花(ディアアプロディ)をッ!」


 毒々しい花がうねってついに攻撃に移るようだ。

 こいつ、本気か。ここをどこだと思っている。

 そこにいる子ども達の怯えた顔が見えないのか?


「何が上に立つ、だ……」


 オレは妖力を一気に高めた。

 妖力は呪力の性質も併せ持つ。


「枯れろッ!」

「……ッ!?」


 オレの言霊と共に花が花びらを散らせていく。

 葉から水分が失われて萎びて茎が段々と折れ曲がる。

 青々しかった緑の植物がみるみるうちに茶色へと変質していった。


「な、なん、なんですのッ! どうしてわたくしの退魔術が!」

「君のプライドなんてその程度ってことさ」


 しおれてへたれた花々はやがて地面に浸透するようにして消えていった。

 華恋は現実を受け入れられないのか、その場でへたり込んでしまう。


「わ、わ、わたくしの……美しい雪月花(ディアアプロディ)が……」


 目から光が消えたように華恋はブツブツと何かを呟いている。

 一方で子ども達がワッとオレに押し寄せてきた。


「すごい! 陽夜君って強いんだね!」

「どんな退魔術なの?」

「そんな退魔術、見たことないよ! 今度、オレにも教えてほしい!」

「父ちゃんがイミゴだから関わるなって言ってたけど関係ないや!」


 オレのところにドドドと押し寄せた子ども達。

 急に好かれ始めてオレも困惑してどうしていいのかわからない。


「わ、わたくしが、ま、負け……うっ、ふぇっ……お父様ぁ……」


 そこでシクシクと泣き始める華恋を後目にオレは縁側に座った。

 とりあえずリーエルだけはずっと離れてくれない。

面白そうと思っていただけたら

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