退魔師としてもっとも大切なもの、それは
「今度の会合に出ようと思う」
夕食時、父さんが突然こんなことを言い始めた。
オレは目の前で山盛りになっている唐揚げとエビフライを平らげるのに必死だ。
今日の修行で複数の霊力を感知できるようになった記念でこんなことになった。
修行をしていると異様に腹が減るからありがたいけどな。
もちろん野菜も積極的に食べていく。
「まぁ! 陽夜! 野菜もこんなに食べるなんて! 小さいのに栄養学に精通している証拠ね!」
「偉いッ! 退魔師の将来以外にも栄養士の道もあるとはな!」
「会合ってなに?」
これが下手するとずっと終わらないからオレは最近こんな感じで本題に戻す。
そのうちオレが呼吸してるだけで褒め称えるんじゃないかな。
野菜を食べてるだけでこんなに褒められるなんて夢にも思わなかった。
「そうだったな。会合とはこの辺りで名の知れた退魔師の名家が揃う集まりのことだ。これは定期的に行われているのだが、呪いの件でずっと不参加だった」
「あなたには言わなかったけど伍神家がずっと不参加なものだから、色々な噂が飛び交っていたのよ」
「ほう、それはネットか?」
「えぇ、退魔師本スレPart3446でこんなことが書かれていたわ。『伍神家ってもう退魔師やめたん?』『強すぎて闇の圧力がかかったって聞いたが』ですって」
母さんはデジタルに精通しているからネットでの情報収集もかかさない。
匿名掲示板らしきものがこの日本にもあるとは思わなかった。
「しかしもう私の呪いが解呪されたことは知れ渡っているだろう。そろそろ調子も取り戻してきたところだし、来週の会合に出る。母さんはどう思う?」
「いいんじゃないかしら? 陽夜も連れていけば勉強になると思うわ」
退魔師達の会合か。
つまりそこに行けば父さん以外の退魔師と会える。
なんだかワクワクしてきたぞ。
「ねぇねぇ、会合ってどんなお話をするの? どんな退魔師がいるの?」
「この地域における呪いや呪霊の問題解決の話し合いだな。10年ほど前は呪いのDVDの解決に向けて何度も会合をしたものだ」
「呪いのDVD?」
「呪いのDVDを見ると呪い殺されてしまうというものだ。全国的に犠牲者を出したみたいだがようやく回収された」
なんだか聞き覚えのあるものだなぁ。
その昔は呪いのビデオだったらしい。
呪霊も時代に合わせて進化するみたいだけどDVD止まりとは。
父さんの話を聞いていると呪いや呪霊も様々だ。
先日オレが戦ったペアレントみたいなわかりやすい呪霊もいれば狡猾なものもいる。
退魔師はそういった脅威に立ち向かわなきゃいけないわけだ。
「そういった問題を解決するのが我々退魔師だ。特に伍神家は退魔師の中でも名が知れた名家……だったが、私が不甲斐無いばかりにその名を貶めてしまった」
「そんなことないわ。今は少しずつ仕事もできているじゃない」
「うむ……最近、大型の討伐依頼が舞い込んでな。先週に続いてかなり調子がいい」
「まぁ、きっとワコちゃんのおかげね」
そのワコはずっとご飯を貪るように食べている。
式神に食事はいらないんだけど、ワコが一緒に食べたがるから食卓で同席させた。
座敷童子の力は本当にすごいもので、母さんもフリーランスとして仕事がかなり舞い込んできたみたいだ。
「ワコはちょー偉いのです!」
「そうだな! さすがは陽夜の式神だ!」
「えっへんなのです!」
ワコは得意げに唐揚げをモリモリ食べる。
式神ってこんなに食べるもの?
この小さな体のどこに入るのかまったくわからない。
「伍神家が復活したとなれば穏やかではいられない者達もいるだろうがな」
「五大名家の一角にして最強と謳われたあなたですものね。あなたの友人のあの人も首を長くして待っているわ」
「あの男とは昔からのライバルだ。確か娘が生まれたと聞いたがまったく顔を出せていないな……」
「お互い忙しい身だもの。仕方ないわ」
父さんが最強? そりゃ願ってもない話だ。
オレは最強の退魔師に鍛えられているのか。
もう一つの最強というのも気になる。会合の日が待ち遠しいな。
「陽夜、明日は模擬戦をしてみるか!」
「模擬戦?」
「霊力強化で戦うんだ。私は絶対にお前に当てない条件で戦おう」
「うん! 楽しみ!」
「愛しいッ!」
テーブルの向こうから飛びついてきてオレはとっさにかわした。
後ろの床に顔面から落ちてシクシクと泣いている。
いや、いくら父さんでも今のはかわすでしょ。
* * *
霊力強化。単純に身体を霊力で強化することを指す。
父さんはこれが退魔師の基本にしてすべてと語る。
もっともシンプルにして対応力が広い肉弾戦は実のところかなり脅威とのこと。
「陽夜、呪霊でも一番怖いのはフィジカルでゴリ押しをしてくるタイプだ」
「どうして?」
「単純に速くて強くて防御面も高い。結局のところいくら退魔術や駆け引きが優れていようと、攻撃そのものが通じないなら意味がない」
「確かにそうかも……」
だから父さんは霊力による身体強化を怠ってはいけないという。
下手に小細工や退魔術ばかり極めていると、そういった相手にゴリ押しされる。
だから身体強化と肉弾戦を極めることは生存率を飛躍的に高めると教えてくれた。
「フィジカルがすごい呪霊ってどんなの?」
「最近だと第三怪位のペアレントという呪霊だな。最近になって祓われたらしいが、こいつはベテランの退魔師を二人殺害している。殺害された二人は第五怪位討伐の実績もあるというのにな」
「へ、へぇ……」
「まったく腕のいい退魔師がいたものだ。私も負けていられん」
そういって父さんが構える。
その途端、周囲の空気が冷えた気がした。
「陽夜、遠慮なくこい」
オレは意を決して妖力で身体強化をした。
更に――
「オレは強い」
言霊でバフをかけることで効果の底上げをした。
いわゆる自己暗示というのは自分の言霊による霊力で強化をしている。
よく思い込みで死ねるというけど、あれは自分に対して呪力を放ってしまった結果だと思っている。
「いくぞっ!」
オレは父さんに挑んだ。
パンチ、蹴り、ありとあらゆる箇所に打ち込んだけど――
「いいパンチだ」
すべて見切られて最後には受け止められてしまった。
わかってはいたけどここまで差があるなんて。
だったら――
「オレは父さんを倒せる!」
更に言霊でバフをかけて再戦を挑む。
さっきよりも速度やパワーが上がってはいるけど、やっぱり結果は同じだ。
パンチは寸前のところでかわされて、蹴りは脇に抱えられてしまう。
「ハッハッハッ! 陽夜はやっぱり天才だ! その歳で私に受け止めさせるとはなぁ!」
「え、えぇ? 全然歯が立たないんだけど……」
「いくら息子といえど、ここで負けたらベテランの立つ瀬がないぞ。というわけで勝ちは譲らんっ!」
「確かになぁ……」
父さんとオレの実力差は絶望的だ。
ただしここで一つわかったことがある。
言霊はやっぱり感情に左右されるということだ。
オレは父さんに勝つ気で言霊で強化したけど、たぶんそこまでの上乗せ効果はない。
なぜならオレは父さんを倒したいと思ってないからだ。
いくら訓練とはいえ、大好き父さんを倒すなんてできるわけがない。
もちろんそんなことを言ってられる立場じゃないんだけどさ。
「陽夜、父さんが少しコツを教えてやろう。お前には無駄な動きが多すぎる」
「技術的なこと?」
「そうだ。おそらく霊力……いや、妖力か。それだけで言えばお前のほうが遥かに上だ。ただしあらゆる無駄が台無しにしている。動きもその一つだな」
「なるほど……!」
父さんの助言通り、オレはテクニックから修正することにした。
幸い相手はフィジカル界最強と言われたらしい父さんだ。
これ以上の師匠はいないだろう。
オレは今日から毎日体術の訓練を行うことにした。
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